| 神奈川県高等学校教育会館 |
小田原と風船爆弾 |
| 戦時下の小田原地方を記録する会 矢野慎一(六ツ川高校) |
戦時下の小田原地方を記録する会は1979年に発足し、神奈川県西部の二市八町を活動範囲として地域の戦争を記録し、それを地域に発信する活動に取り組んでいる。会のメンバーのうち会代表のみが戦争体験世代であり、他は戦後世代である。会員数は6名、全て現役の教員か教員経験者であり、本会での研究及び活動の成果を教育現場に還元することに主眼をおき活動している。 本会の活動は、具体的には地域に住む人々の戦争体験の聞き取りや地域に残る戦争遺跡の調査などを行い、その成果を年2回発行の会誌「戦争と民衆」に掲載することである。そして、「戦争と民衆」に掲載された証言を再編集・再構成し、改めて単行本として出版している。今まで本会から出版した書籍は、『焦げたはし箱』(1992年)、『撃ちぬかれた本』(1995年)、『市民が語る小田原地方の戦争』(2000年)、戦争と民衆ブックレット1『総合で地域の戦争を調べよう』(2003年)、ブックレット2『小田原地方の戦争遺跡』(2005年)の5冊である。『市民が語る小田原地方の戦争』は、20年に及ぶ本会の活動のひとつの区切りとして出版した。しかし、出版事業は経済的にも時間的にも多大な負担を会員に強いるものであり、以後、比較的負担の軽いブックレットの形式で本会の活動を地域に発信している。そうして出版した2冊のブックレットは、『市民が語る小田原地方の戦争』とともに貴会館の研究助成を受けて出版することができた。 さて本会にとって6冊目の書籍となる、ブックレット3『小田原地方と風船爆弾』の内容を簡単に紹介しよう。 今回のブックレットの最大の特徴は、海軍の風船爆弾開発計画の存在を明らかにしたことである。従来風船爆弾といえば陸軍が開発・生産し、1944年秋から45年春にかけて茨城県・福島県の太平洋岸からアメリカ本土に向けて放流されたということが知られていたのに対し、実は初期段階には海軍による開発計画もあり、陸海軍がそれぞれ別個に研究を行っていたのである。当時神奈川県平塚市にあった相模海軍工廠に勤務されていた方から、海軍の風船爆弾開発についての記録を提供して頂いたことが本ブックレット出版の発端となった。その中で海軍の風船爆弾の特徴が判明したと同時に、小田原海岸で二度にわたって実験が行われていたこともわかった。一方、本会の研究により小田原地方では陸軍の風船爆弾に使用された和紙の製造を女学生が行っていたことが既に明らかとなっており、本ブックレットでは陸軍と海軍双方の風船爆弾と小田原地方との関わりを示すことができたのである。 |
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