ご存知ですか?
神奈川労働相談ネットワーク
    ー学校と労働現場の接続を考える一
                横山 滋(神奈川労働相談ネットワーク事務局次長)

 

   

1、ばじめに
 5月6日(金〕、連休の谷間でも定時制は午後9時45分までの勤務(この4月から!)である。週20時間の再任用の短時間雇用で、連休と重なり久しぶりの授業だった。教室の電気もぼつぼつと消え始めた勤務終了の間際、教頭のデスクにある外線電話が鳴った。電話に出た教頭が、「えっ、解雇?」と言って声を詰まらせた。しばらく黙って話を聞いていた教頭が、受話器を押さえながら「横山さん、チョット話しを聞いてくれる?卒業生の母親からなんだけど、元担任は転勤していないから…」と受話器を渡された。電話を替わって出ると、この3月卒業したK君の母親からだった。少し興奮気味の声で、「今日、息子が会社の帰りに、総務課長に呼ばれ「明日、これに署名と捺印をして持ってくるように」と退職届を渡された」という。「理由は、「職場で咳がでて、仕事にならない」からというが、喘息の持病があるわけではないし、今までも家で咳込むことなど無かった。この2ケ月あまりも、遅刻や欠勤する事もなかった」と怒りの声だった。私は、母親の話が一段落したところで、課長に退職を言われた状況とその時のK君の対応について質問をした。曖昧さはあったが、「折角就職したところだからまだ働きたい。家族と相談する」と答えたことを確認できた。「就業規則」のことを聞いたがよく分からない。解雇に同意していないことがほぼ確認できたので、明日(土曜日だが勤務日)は普通通りに出勤すること、総務課長が出勤する8時頃(勤務開始は8時30分)に、「即時解雇は不当であり、私が出向いて話しをしたい」旨を電話すること、8日(日)にK君と面談する約束をした。
 昨年3月、36年間の教員生活を定年退職した。神奈川高教組の地域労働運動推進委員会から「かながわ交流」の企画委員になっていたことも縁で、再任用の定時制勤務の傍ら、6月から「神奈川電話相談ネットワーク」の仲間に入れてもらった。高校生が、就職や進学(進学してもいずれ就職するのだが)など「人生の選択」に寄り添い、関わってきたが、学校卒業後の「職場でぶつかる問題」に関わることはなかなか出来なかった。近年とみに増えているフリーターやニート問題から、「学校と職場の接続」について関心が強まっている。そんな状況の中で、卒業生K君の解雇問題であった。
このK君解雇問題も含め、神奈川労働相談ネットに関わって考えたことや「学校と労働の場」との接続について考えていることを報告したい。

2、K君の解雇問題とその顛末
 昨年4年生に在学していたK君とは面識はあったが、工業高校で学科が異なっているため直接会話する機会は無かった。5月8日(日)、K君・母親と職員室の隅にある「会議コーナー」で対面した。昨日(7日)朝、電話で総務課長に「退職届を渡したのは、即日解雇なのか、解雇であればその理由と就業規則上の根拠」などかなりシビやなやりとりを数十分間行っていた。確認できたことは、「即日解雇の意志はない。職場で激しく咳込み、就労が難しいので『転職の提案』である」ことを確認し、11日(水)に面会することにしてあった。K君は、少し気弱な感じがするが穏和で優しそうな青年だった。在学中4年間の欠席は数日で、4学年次はゼロだ。気管支が少し弱く風邪を引くと咳が出やすいことがあるが、喘息の既往症があるわけではない。入社以来の勤務や退職届を渡されたときの状況、職場の人間関係(卒業生が何人か在籍している)、昨日の課長の対応と勤務など細かく聞いた。私が、「神奈川労働相談ネットワーク」で労働相談をやっていることを話し、会社の「試用期間」が就業規則では2ヶ月となっているが、労働基準法では2週間であり、試用期間中とはいえ一方的な解雇は不法・不当であること。不当な解雇を強制された場合、労働基準監督署や労働センターに相談するか、一人でも入れる「ユニオン」に相談するなど説明し、資料をわたした。土曜日は、課長から何の話しもなく仕事に就いたが、午前中から咳が止まらず外のベンチで休んでいた、ということだった。
 K君の勤める(株)T工機は、段ボール箱を作るとき、段ボールを加工する「抜き型」を製作しているメーカーである。川崎市の本社工場の他、仙台、札幌、熊本、福岡に支社・工場を持ち、従業員は本社工場に55名、全体で125名である。一般的に、型材は特殊金属(ダイス鋼など)で作るが、加工材が段ボールなのでベニヤ板を半円形に加工し、その表面に打ち抜き用の刃を取り付ける。上下2つの「半円形ベニヤ製抜き型」の間を段ボールが通ると段ボール箱の素材が出来る仕組みになる。
 11日、「川崎でもこんな緑豊かなところがあるのか」と思われる、霊園脇にあるT工機を訪問し、総務課長に面会した。課長は、「異常な咳で仕事が出来ない。仕事が出来るようなら解雇するつもりはない。K君に渡した退職届は撤回する。」とのことだった。T君の咳込みについて、総務課長は就職に当たって学校が発行した「調査書・健康の記録」や本人・母親の証言に疑義を持っている様子が読みとれた。私は、「発作の原因物質が工場内にあるのでないか」と問い、工場見学とK君の職場見学を申し入れた。抜き型になるベニヤ材の加工は、コンピュータで制御されるレーザー加工機で行わる。切断時にわずかに煙が発生するが、密閉された容器内で真空ポンプによって吸引されて屋外に排出されている。工場内の粉塵や接着材の有機溶剤、ホルムアルデヒドなど特殊化学物質も考えられたが、工場内の粉塵は少なく、接着剤は市販のものでありその量も多くはなく、特化物も容易に定めきれない。
 K君は、出勤はするが出勤するとすぐ咳が出始め、停まらない状態が続き、屋外や休憩室で休む状態であった。K君とお母さんには、専門医に相談して「発作の原因」について診察を受けることを進める一方で、川崎労働センターにAさんを訪ね、今までの経過を報告すると同時に、「喘息発作の原因物質」の調査をする方法などについて助言を求めた。
 K君は、結局その週も次の週も出勤しても、発作のため仕事はほとんど出来ない状態が続いた。医師の診断書は、自宅では症状が出ないこと、ステロイド剤を内服していても症状が改善しないのは、「職場で発生する特異物質に対する過敏症」と思われる、と記載されていた。「特異物質」が何であるか、工場内のどこに発生源があるのか、を調査するためには、産業医(Tクリニック)を初め会社の全面的な協力とかなりの時間・費用がかかる。現在の段階では、その調査を会社に求めることはかなり難しい(粉塵則・特化物則など労働安全衛生法から迫ること)、というAさんの話しだった。
K君は、職場での喘息発作への不安を抱えたまま出勤する苦痛も重なって精神的に参っている様子だった。「一方的な解雇通告」への怒りは無くなったわけではないが、実質的に「解雇は撤回したこと」もあって、結局5月末日で退職することになった。退職後は、咳き込む発作は出ていない。目下、好きだったイラストの仕事(ほとんど無給のようだが)をしながら、求職中だ。

3、神奈川労働相談ネットワークについて
 K君の事例は、学校の卒業生の母親が担任を頼って電話してきたことが発端であった。「学校・担任が、卒業後も相談できる関係である」ことが必要であり、それに応えられる準備とネットワークが必要だと感じた。
 神奈川労働相談ネットワークは、リストラの嵐が荒れすさぶ1999年12月、当時日本労働弁護団副会長を担っていた鵜飼良昭弁護士、よこはま勤労者ユニオンの梅沢栄子会長を共同代表に、神奈川労働弁護団、国労横浜・神奈川高教組・全造船関東地協・神奈川シティユニオンやよこはまユニオンなどの労働組合、港町診療所、神奈川労災職業病センターなどの専門機関が参加して発足した。日常的な電話労働相談業務や連合神奈川・全労連神奈川・全国一般神奈川・神奈川ユニオン協議会に参加する各地域ユニオンが行っている労働相談窓口の連携、県労働福祉課や労働センターなど労働行政の担当者を含めた事例研究会、労働者の権利に関する学習会(大学教授や弁護士、労働運動活動家などを講師)、労働行政機関への申し入れ活動などを行っている。発足以来、前国労横浜委員長の木村勝利さんが専従事務局長を担っている。
 特徴的なことは、党派や上部労組の違いを越えて労働相談の情報を総合化し、労働行政機関の労働相談担当者とも連携していること、多数の弁護士や労働法・労働経済研究者の参加を得て労働相談のスタッフ養成など労働教育・労働者教育の機能を果たしていることだ。

4、増加する個別労働紛争と
解決制度の現状

 K君のように卒業後の職場のトラブルを学校(担任や進路指導部)に相談するケースは、残念ながらそう多くはない。更に、大学や専門学校に進学後就職した卒業生の場合は、就職後の雇用や労災など職場の問題に、学校が果たせる役割は少ない。r生徒は、学校を通過する存在」としか見られていない。(教師も生徒にもその傾向が多数派だ)在学している間は、学校(教師)に責任があるが、進学するにしても就職するにしても、進路さえ決めれば学校(教師)の責任は終わり、と考えることが多い。近年、フリーターやニートの急増が社会問題(04年、内閣府による若年無業者数は84.7万人)になるに及んで、文部科学省は「キャリア教育の重要性」を強調しはじめた。(ここでは、その内容や批判に論究する余裕がないが、「職場での労働者の権利とその行使の仕方」についてはカリキュラムの内容にほとんどない、に等しいことだけを提起しておきたい)
私たち教師の仕事は、全ての生徒に「真理と正義を愛し、個人の価値を尊び、勤労と責任を重んじ自主的精神に充ちた心身共に健康な国民の育成」(教育基本法第1条)に取り組むことであるならば、「働く人間としての権利」は無論のこと職場・労働の場で出会う問題についての実践的な学習(単に、知識としてではなく)をカリキュラム化することは教育活動の最も重要な仕事といえる。労働者になれば、退職するまで雇用が保障され、労働組合が労働条件の維持向上を図る構造があった。(但し、大企業に於いてであるが。中小企業に於いては必ずしも終身雇用制は多数を占めてはいなかったし今もない)。常用雇用者中のパート・アルバイト・派遣など非正規雇用労働者の占める割合は年々増加し、「職場に憲法がない」状態は拡大している。無論、その状態を積極的に推進しているのは、日経連を初めとした資本・歴代自民党政府であるが、それへの実践的な批判・対抗プランの共同化がなされていないことが問題なのだ。県内の個別労働紛争件数は、別表のように年々急増している。労働組合の有無に係わらず、労働者個々の闘いは広がっている、と考えられる。
 問題は、労働局の統計に表れた内容が紛争解決に繋がっているか、であり、解決の内容なのである。相談者の立場になってその相談内容が満足する結果に至っているかが、問われるのだが、それは、どの機関でも把握していないのが現状だ。統計に表れる数値は、相談窓口で受理し、問題への対応処置を伝えた件数なのである。
 県内12の労働基準監督署や総合労働相談センター(横浜駅西口)に寄せられる労働相談で解決できない事例が、神奈川労働相談ネットワークやユニオン協議会の相談窓口に紹介されるケースが多くある。

     県内の個別労働紛争解決制度の状況
処理内容 H14 H15 H16
@労働相談件数 37,213 40,408(86%) 43,654(80%)
A個別労働紛争件数 6,453 9,140(41.6%) 11,082(21.2%)
B助言指導受付件数 50 87(740%) 128(47.1%)
Cあっせん受理件数 140 167(恰3%) 196(17.4%)

○個別労働関係紛争とは、個々の労働者と事業者との間の紛争のことで、相談件数のほぼ半数が雇用に係わる紛争です。最近の実績では、解雇・雇い止めに係わるものが39%、退職勧奨に係わるものが9%でした。また、「労働条件の切り下げ」(15%)や「いじめ・嫌がらせ」(7%)に係わるものが増加傾向にあります。
出典H17年度県労働局発行「行政運営方針の概要」より
解雇や雇い止め、派遣労働や職場のいじめ(心身症や精神疾患に至るケースも多い)など個人的には解決困難な問題が、最後の救いとして一人でも組合員になれる「ユニオン」にたどり着く。県労働局の統計に表れる相談件数は、氷山の一角であり、多くの場合は、働く者の泣き寝入りや転職によって「終わって」いる、と思われる。「ユニオン」に加盟する意義は、「個別紛争の解決」が相談者が主体となり労働者の連帯で取り組まれることだ。いろいろなケースがあるが、職場の問題を個人的に解決するのでなく、職場を越えた労働者の団結・社会的な力を基礎にした団体交渉によって解決をするところに意義がある。


5、学校と労働現場の接続
 最近の労働力調査(速報)によれば、就業者数は6402万人、完全失業者数が299万人、完全失業率4.5%(前年同期一0.3%)と報告されている。01年の失業率5.8%から改善されている、といえるが、若年労働者(15歳〜24歳)の失業率は、他の年齢階層別失業率より、格段に高い。
 (02年度では10%)フリーターやニートの問題が大きな社会問題になっているが、その背景や実態については別の機会にして、現在様々な形で行われているインターンシップやキャリヤ教育に関係して、学校と卒業後の職業・労働の場との接続について考えたい。
99年中教審答申「初等中等教育と高等教育との接続改善について」を契機に、OA入試や高大連携が進められているが、同時にこの答申で「学校と社会及び学校間の円滑な接続を図るためにキャリヤ教育を小学校段階から発達段階に応じて実施する」とされ、「児童生徒の職業観や勤労観を青む教育推進の調査研究報告」(02年)、「キャリア教育推進に関する総合調査研究協力者会議報告」(04年、文科省)をへて、県教委も昨年度から全ての学校で「キャリア教育」の視点から進路指導だけでなくカリキュラムの総合的な見直しを求めている。70年代のアメリカ教育改革のなかで提唱された「キャリアガイダンス理論」をベースにしていると考えられるキャリア教育は、教科指導と進路指導が別個の領域として行われている現在の学校教育の大きな転換である。「学校と社会」「教育と職業」「知識と労働」の乖離を是正することを口指す教育改革・カリキュラム改革の提案は、親(保護者・国民)や生徒個人の即時的な要求として、「よりよい学校への進学」「よりよい会社への就職」という教科・進路指導が行われていることへのアンチテーゼである。

しかし、ここで深く立ち入る余裕はないが、県教委がキャリア教育研修横座などで各学校に求めている「キャリア教育で育むキャリア諸能力のマトリクス」は、キャリア能力を自己教育能力・人間関係能力・情報活用能力・将来設計能力・意志決定能力の領域とし、各学年毎に育成する具体的な能カ・態度の記載を求めている。表(P6)のように、「日本村100人の高校生」が25歳に達する時、58人が何らかのリタイアを経験していることを見れば、インターンシップを含めて各学校・各学年で一貫した「キャリア教育」が必要なことは理解できる。しかし、これは学校教育に止まるものでなく日本社会の価値観や労働現場の変革が担保されなければならない。フリーター人口が、417万人1若年人口の12.2%、学生・正社員・主婦を除いた若年人口の21.2%〕の背景には、非正規労働者・派遣事業者{製造業を含めた派遣事業の拡大〕の急増があり、正規雇用者の過酷なまでの長時間労働や成果主義の拘束がある。
 経済・産業のグローバル化を背景に、大企業は安価な労働力を求めて海外進出し、国際競争の激化のもとで正規雇用」非正規雇用とも「非人間的な労働」が蔓延している。労働基準法が最低の権利として守られ.労働者の権利が団結権と共に行使されるような職場・労働の場の改善が当然のこととして実行されないで、学校教育の場の取り組みだけで、生徒のキャリア・パスを考えることは一面的で」かない。「好ましい勤労寝・職業観」も、誰にとって好ましいのか、を抜きに考えられない。
 20世紀の大量生産・大量消費・大量廃棄の反省から.「地球資源の有限性」「持続可能な社会・経済の建設」が課題になり、「何のために製造するのか」「何のために働くのか」「真の豊かさとは何か」が実践的に問われている。学校教育が学校の枠だけで完結するものでは無くなっている。学校で生徒たちに.現在社会の現状を多面的に問題提起し、体験的・参加型の学習体験・意見表明の場を経験させることが必要と思う。

6、労働者・労組の闘いを
「教材化」することについて

 昨年11月末、神奈川労働相談ネットワークに県立丁高校のO先生から1学年の「総合的な学習の資料として、『高校生のアルバイトや労働問題』について適当な物がないか」との相談があった。「3学期からの授業に利用したい」とのことで、12月の終業式に、考えられる資料をまとめてお届けした。丁高校では、1学年の総合的な学習に「環境と自分」と題された立派な冊子を作っていた。T進路研究編・U生活研究編の2分冊になっていて、テーマに沿って調査研究した内容を記入するワークブック形式になっている。内容的にも自分を見つめ、将来を考えるもので良くまとまっていると思った。その段階では、0先生に提言できなかったが、労働相談ネットで相談内容や、ユニオン協議会の各ユニオンで取り組んでいる「争議」には、これから働く若者にとって、「学習」して欲しい教訓に富んだ事例がたくさんある。紙面の都合もあり、その幾つかを紹介したい。
@横浜市資源リサイクル事業協同組合によるNさん解雇事件
 横浜市は環境問題に積極的に取り組み、資源のリサイクル事業にも積極的と言われている。市内の学校でも、廃棄物資源のリサイクルや環境教育に積極的取り組んでいる。しかし、分別された「資源」の最終処分が、誰によってどのように行われているかやリサイクル事業に従事している労働者の労働実態や労働条件がどのようになっているか、に関心を寄せている人は少ない。小学校の教科書(副読本であるが)でも、市の環境行政の一環としてリサイクル事業所を紹介はしているが、横浜市が環境事業の直接業務を民間事業者の協同組合に丸投げ(アウトソーシング、外注)していることやにそこに働いている人々の雇用や労働条件には全く触れていない。在日3世であるNさんは、初めてこのリサイクル事業協同組合で「正規労働者」としての職場をえた。高齢の母と2人の息子を育てていた。そのNさんが解雇されたのは4年前。分別ヤードでコンベアから流れる廃棄物の山で、びん・缶などを分別する作業中、軍手を突き破って手にけがをし、労災の適用を受けた。その後、職場の声として丈夫な軍手の支給を要求したり、皆勤手当の支給額が就業規則と異なることを指摘し、労働基準監督署に相談したりした。横浜市環境局からも理事を出しているこの協同組合理事会は、こうしたNさんを「煙たい存在」と見て、ささいな職場のトラブルを利用して、「上司の指示に従わなかった」として解雇したのだった。Nさんは、よこはまユニオンに加盟し解雇撤回の団体交渉をするとともに、横浜地裁に地位保全の提訴を行った。こまかな経過は省略するが、昨年12月の本人の最終弁論は、Nさんの在日としての様々な苦難の歴史と生活をかけた家族ぐるみの4年間の闘い述べ、傍聴席の多くの人たちに感動を与えた。「解雇撤回」判決を予測して初めて事業団は「和解」の交渉に応じたが、最後までNさんの原職復帰を拒否した。ユニオンと支援団体のねばり強い闘いで、最終的に原職復帰を勝ち取った。
日本村高校生の100人の進路
*卒業までに中途退学
*高校卒業者
7人(中退率7%)
93人(卒業率93%)
【93人の進路】
*大学・短大進学
*専門学校進学
*専修・各種学校進学
*就職
*進学・就職せず卒業
42人(進学率45.3%)
18人(進学率19.2%)
8人(進学率9.7%)
16人(就職率16.7%)
9人(無業者率9.7%)
【進学者68人の進路】
大学・短大を途中退学
*専門学校など途中退学
*大学・短大の卒業者
*専門学校など卒業率
4人(リタイア率9%)
3人(リタイア率13%)
38人(卒業率91%)
23人(卒業率87%)
【大学・短大卒業者38人の進路】
*大学院など進学
*インターン
*就職
*進学・就職せず卒業
5人(進学率11.8%)
1人(卒業者の1.5%)
21人(就職率55.8%)
11人(無業者率28.6%)
【専門学校など卒業者23人の進路】
*進学
*就職
*進学・就職せず卒業
4人(進学率18.3%)
17人(就職率72.0%)
2人(無業者率9.6%)
【各教育機関終了までの進路のまとめ】
*大学など教育機関を卒業時に進学
*大学など教育機関を卒業時に就職
*中途退学・卒業時に無業者
9人(9%)
55人(55%)
36人(36%)
【就職後、初職から3年後の離職率】
*大学・短大卒
*専門学校など
*高校卒
7人(離職率35%)
7人(短大並離職率)
8人(離職率50%)
【25歳までのリタイア経験58人(リタイア率58%)】
出典県教委「キャリア教育研修講座」での千葉商科大教授
鹿嶋健之助「キャリア教育の理解と進め方」より
 解雇撤回闘争で、原職復帰を勝ち取ることは極めて難しいのが現状だ。「和解解決」で判決は出なかったが、裁判闘争としても教訓に充ちている。環境行政の末端(最先端)であるごみの収集や分別の作業は、民間委託している自治体が多いが、そこには多くの外国人労働者が働き、厳しい労働条件と待遇の中で環境事業を支えている。私たちの日々の生活で直面している「ごみ処理」「環境問題」としても、Nさんの闘いを教材化出来ないものだろうか。

Aフィリピントヨタ解雇問題
 今や世界的な多国籍企業になったトヨタが、全く理不尽な「労働組合つぶし」を行っていることは、あまり知られていない。マスコミに登場するのは、「地球環境に優しい車づくり」「連結売り上げ20兆円、純利益は1兆円」など、勝ち組企業の礼賛の言辞に包まれている。トヨタの生産システムや人事管理は、「カンパン方式」「トヨタ式」として民間企業はもとより、民営化が焦点になっている郵政事業や自治体に於いても導入されている。しかし、トヨタの「城下町」豊田市に日系ブラジル人が溢れて、外国人労働者抜きには生産ライン・工場が動かないこと(週刊ダイヤモンド04年6月5日号)は、あまり取り上げられない。ましてや、東南アジアのフィリピンで、トヨタの直系の子会社であるフィリピントヨタ社(TMPC)の従業員227人を解雇し(01年)、歴代政府やアヨロ政権の弱点(日本企業の誘致と資本投下)を利用しながらフィリピン労働法や司法の判決やILO勧告をも無視し続けていることに、警鐘を発するマスコミはほとんどない。
 労働条件の改善を求め、労働組合(TMPCWA)を結成したことを嫌ったフィリピントヨタが、その結成を巡る裁判に参加したTMPCWA加盟の労働者を「無断欠勤」として解雇したものだ。この4年間、物心両面に渡って解雇撤回闘争を支えているのが「TMPCWAを支える会」(代表が高教組の山際前委員長)であることは、必ずしも高校教員の一人一人に知れ渡っているとは言えない。
 画期的なことは、この4月、TMPCWAが組織として全造船関東地協神奈川地域労組に加盟し、団体交渉に応じないトヨタ本社(トヨタと共同出資している三井物産も)を相手取って、神奈川県労委に「不当労働行為救済の申し立て」を行ったことだ。日本の労働裁判で、国外の労働組合が日本の労組に加盟し、現地法人の親会社の企業責任を問うのは、初めてのことと思う。日本の大企業が多国籍化の傾向を強めるであろうことは、この間の中国との関係を含めて止まりようがない。TMPCWAとその支援は、労働者の国際連帯のあり方の新たな時代を開くものだ。
学校でも、r国際理解教育」は重要な柱になっているが、その内容はコミュニケーションの域を超えようとしない。TMPCWAの闘いと連帯を、国際理解教育の教材に出来ないものだろうか。
B日立派遣労働者へのセクハラ事件
 大手派遣会社(M社、派遣元)より日立系列のメーカー(G社、派遣先)に翻訳を含むコンピュータ機器操作業務に派遣された女性Aさんに、派遣先の男性社員が陰険なつきまとい行為を行った。そのため、Aさんは出勤しようとすると嘔吐や頭痛が起き歩行すら困難な状態になった。派遣元や派遣先の担当者に相談しても「注意をしておく」という対応で、事態の解決にならなかった。昨年暮れ、Aさんは、友人の伝でよこはまユニオンに相談。ユニオンに加盟し、組合員として派遣先と団体交渉。(均等法21条違反など)「セクハラをストレス因とするうつ状態」との診断で休職に追い込まれた。団体交渉では、事実調査・確認が争われたが「Aさんの原状回復」が最大の問題とし、その原状回復するための措置を要求。G社もこの要求に沿って対応した。結果的には、数度の団体交渉でGが全面的にユニオンの要求を認め、G社とその当該社員の謝罪と休職期間中の賃金保障、セクハラ防止の社員研修を約して和解した。
 セクハラ事件の裁判では、まず「事実確認」で争われて「短期間」の解決が困難なケースが多い。今回の事件では、Aさんが「泣き寝入りはしたくない。派遣社員に対する派遣先社員の横暴は許されない。第2,第3の同じ事件を起こさないためにも」という決意が大きかった。
CJAM男女賃金差別事件など
 電子部品のメーカーである日本オートマチックマシン(JAM)に21年間勤務したBさんは、昨年6月、「女性であることを理由に男性より低い賃金を支給され続けた」として、退職金や年金を含めた6800万円の損害賠償訴訟を横浜地裁に提訴した。Aさんは、総務課に勤務し、社員の賃金や社会保険の計算業務を行っていたので、男性の賃金と女性の賃金を比較し得た。多くの場合、男女差別賃金があることは分かっていても、それは「仕事内容の違い」「役職の違い」として排除されてきた。「男女昇格差別」については、幾つかの判例があり是正勧告もあるが、男女差別賃金の実態を明確に示せる資料が捉えにくいこともあって「泣き寝入り」せざるを得ないことが多かった。Bさんが苦心の末に作った資料は、役職や業務に係わらず「賃金差別」を明確に示すものだった。現在、横浜地裁で係争中だが「ジェンダー」の観点からも注目される事件だ。Bさんは、「私ひとりの問題ではない。女性全体の問題として会社の責任を問いたい」と話している。
 神奈川シティユニオンには、昨年1年間に23ヶ国・307件の労働相談が寄せられている。特徴的には、ペルー(149件)・ブラジル(30件)などラテンアメリカの相談が多いという(210件)。相談内容は、解雇(142件)・労働条件(55件)・賃金未払い(45件)などだが、特に労働災害事件が75件とこの10数年間で一番多い。各学校でも取り組んでいる「国際化」や「滞日外国人」問題の中に、こうした外国人労働者の事例を取り上げ、その中に潜む問題を生徒諸君の考える素材として提供できないだろうか。その他、高校野球で有名になった丁学園非常勤講師差別問題や横浜商銀解雇問題など、紹介したい事件が多くあるが別の機会にしたい。
 学校教育で、労働に係わる授業は、社会科目を当然としても「国語」「保健体育」「家庭」など結構多い。また、職業高校の科目では、「現在の労働の諸相」を取り上げれば、労働問題と切り離せない、と思う。「好ましい勤労観・職業観」も、一般的な「まじめに・欠勤せず・勤勉に働く」では、雇用者・事業者には「使いやすい労働者」であっても、働く者の権を守り働きやすい職場作りに結びつかない。教科や総合的な学習で、教材をどのように作り、どのように構成するかを考えるとき、上記した幾つかの事例など現実の問題を素材にして、現実的で体験的・参加型の教育プログラムを作り、「心身共に健康な国民(市民)」(教基法第1条、教育の目的)を目指す工夫をして欲しいと思います。