高校改革がもたらすものは?格差社会の中で学校は


 

   

 
 
国際学力調査と学力問題
 
 昨年度で第14回を数えた 「教育研究所シンポジウム」 を今年度は討論会形式で神奈川の高校教育について語り合うことにしました。
 7月24日、 県教委は今年の 3 月に卒業した公立中学生の全日制進学率は89.4%であると発表しました。 この数字は全国で最低水準であると予想されます。
 その要因は、 私立高校の入学定員枠に対して実際の入学者が大幅に少ないことです。
 一方で、 定時制高校は従来の35名定員のところを40名で募集し、 臨時学級増で対応しても入学できない生徒がいるといった状況が続いています。 今年も二次募集で68人が不合格になりました。
 教育研究所は本年 7 月に県立夜間高校生にアンケート調査を実施ました。 定時制高校を希望した理由は 「全日制高校が不合格であったから」 が25.5%と理由のトップを占めています。
 このような状況下で神奈川の県立高校は前期再編に続いて、 後期計画 (11組22校の統合などを合わせて18校が新設) が実施されようとしています。 後期計画には中高一貫校や通信制独立校などが含まれています。 すでに多くの県で公立の中高一貫校が設立されており、 地域の 「エリート校」 として期待されています。 また、 株式会社立の単位制の広域通信制高校が出現しており、 教育の市場経済化が進行しています。
 今回の討論会では 2 名の研究所員から問題提起をし、 参加者の皆さんと討論をしていきます。
 ぜひ多くの方にこの教育討論会にご参加いただき、 積極的なご発言をしていただきたいと願っています。

■問題提起・コーディネーター
  佐 々 木  賢 (社会臨床学会運営委員・教育研究所代表)
  本 間 正 吾 (県立有馬高校教員・教育研究所員)
  金 沢 信 之 (県立元石川高校教員・教育研究所員)

■ 日 時 / 2006年11月18日 (土)
  14 : 00〜16 : 30 (13 : 30受付開始)
■ 会 場 Lプラザ (神奈川労働プラザ)
      第6・7会議室
(横浜市中区寿町1-4 045-633-6110)
 交通:JR石川町駅北口下車徒歩3分

問題提起 1
公立中高一貫校のある景色
本 間 正 吾

 公立中高一貫校はいま急速に数を増やしている。 すでに数でみれば、 私立中高一貫校をはるかに上回るまでになっている (06年段階で公立132校、 私立62校)。 やや出遅れた観のある神奈川でも、 2校の公立中高一貫校 (09年開校予定) がつくられようとしている。 中高一貫教育がよいのか、 中学と高校は別な方がよいのか、 この議論が無意味とは言わない。 しかし、 続々とつくられている公立中高一貫校の問題は、 ここからは見えてこない。 できあがろうとする教育システム全体を見渡すこと、 公立中高一貫校をはめこんだ景色全体を眺めることによってはじめて、 問題はあきらかになると思う。
 この夏、 秋田県でつくられた二つの公立中高一貫校の実情を聞きにいった。 ひとつは市立であり、 もうひとつは県立である。 前者は 「失敗」 と評され、 後者はその 「失敗」 をくり返すまいとの意気込みでつくられていた。 「失敗」 と言われるのは、 中学部卒業後に多くの生徒が他の高校に流出し、 いわゆる 「エリート校」 になりきれないでいるからである。 各地でつくられる公立中高一貫校は、 「地域で一番の学校になる」 と宣伝し、 「国公立大学合格者数70%以上」 といった目標を掲げる。 建前でどう言おうが、 公立の中高一貫校が地域の 「エリート校」 になることを期待されていることは、 否定できない事実である。
 こうした公立中高一貫校に子どもを入れようとする親は大変である。 「学力」 は問わないとされる。 だが 「適性」 が問われる。 ものの見方、 考え方、 表現力が問われる。 子どもを塾に送って安心するわけにはいかない。 子育てのすべて、 家庭生活のすべてが問われる。 しかも公立中高一貫校はどこにでもあるわけではない。 子どもを公立の中高一貫校に入れるために、 一家を挙げて引っ越しをするケースさえあるという。 受験情報誌はこんな話まで伝える。 公立中高一貫校をめぐって、 「家庭の教育力」 の格差は越えがたいところまで広がろうとしている。 しかし、 家族を挙げて引っ越しをしてまでも、 公立中高一貫校に子どもを入れようとする親を責める気にはなれない。 自分の子どもの能力をより伸ばしてやりたい、 そのための環境を整えてやりたい、 少しでも豊かな可能性を開いてやりたい。 これは親として当然の願いだろう。 この欲求を否定することはできない。
 問題はこうした教育システムをつくる側、 あるいはその背後の考え方にある。 新しい学校をつくったと宣伝し、 学区をなくしたからどこでも受験できますと言い、 これまでも親と子の欲求をひたすら煽り競争させてきた。 今度は公立中高一貫校である。 小学校の段階にまで競争を広げ、 煽り立てようとする。 親と子の欲求を 「ニーズ (もともとは必要性という意味だと思うのだが)」 という聞こえのよい言葉に置き換え、 「ニーズ」 に応えればそれでよしとし、 「失敗」 は家庭の自己責任として片づけようとする。 他方、 「ニーズ」 がないという口実ができれば、 容赦なく切り捨てていく。 秋田でも県立の中高一貫校開設の裏では、 県立高校の大規模な廃校、 地域の小中学校の縮小、 廃校がすすめられていた (もちろんどこでも 「統合・再編」 という言葉が使われるのだが)。 全国でつくられている公立中高一貫校の多くは、 行政から多大の支援を受け、 他とは比較にならないほどの教育環境をそなえている。 だが、 その恵まれた教育環境も、 「ニーズ」 がないとみなされた分野からの投資の引き上げがあって実現されたものにすぎない。
 もちろん、 これまでの小学校や中学校が問題なく機能してきたなどと言うつもりはない。 しかし、 勉強ができようができまいが、 どんな将来像を描こうが、 時間と空間を共有することで育まれる意識、 それを育てる役割をこれまでの小学校や中学校は担ってきたのではなかったのか。 公立中高一貫校の受験に失敗し落ち込んでいる級友に 「いいじゃん、 また一緒の学校に行けるんだから」 と声をかけ励ます子どもたちの存在を、 秋田で話を聞いた小学校の教員は紹介してくれた。 この力こそ、 社会を成り立たせるためにもっとも必要な力ではなかったのか。 だが、 この 「ニーズ」 は顧みず、 ひたすら自己を他から引き離し卓越させようとする欲求だけを煽る。 こんな考え方、 その上につくられたシステムのゆきつく先にどんな景色がひろがるか、 いまさら言うまでもないだろう。
(ほんま しょうご)


問題提起 2
進行する教育の市場経済化
金 沢 信 之

   教育の市場経済化・教育特区
 2005年12月までに、 構造改革特区全体の30%程度がいわゆる教育特区として認定された。 数にして160件ほどである。 民間活力を最大限に引き出し、 民業を拡大する目的で教育の分野が構造改革・規制緩和されようとしている。 これは、 教育に競争原理を持ち込み、 学校間の競争によってその質を高めることが可能だとする考え方である。 同時に、 教育に関する経費の削減と、 一部の分野への重点的投資へと予算配分も変更されつつある。
 日本経済は上昇基調にあるというのが政府・財界の論調だが、 最近では様々な弊害も指摘されつつある。 格差社会や勝ち組負け組を実感する人々が増加した。 限られた一部の人々にとっての経済回復と考えた方が良いのだろう。 教育もこのような状況と無縁ではない。 これまで以上に、 各家庭の経済状況が教育の機会を決定する社会になりつつあるということだ。
 教育に対する市場経済・自由競争の適用は今後どのように進み、 それは教育にどのような影響を及ぼすのか。 まずは、 その現状を私たちは知ることから始める必要がある。

  1. 株式会社立高等学校
    特区では、 学校設置会社による学校設置事業が 「校地・校舎の自己所有を要しない小学校等設置事業」 と 「市町村教育委員会による特別免許状授与事業」 という特例措置を利用して実施されている。 この二つの措置は学校経営の経費削減には極めて有効だ。 しかし、 土地も建物も自己所有しない学校に安定的な経営は期待できそうにないし、 養成教育を受けていない教師による授業というのも、 教育内容の保障という点で、 問題がありそうだ。
  2. 広域通信制単位制高校普通科・通学する通信制
    一部を除いてほとんどの株式会社立高校が日本全国の生徒を対象とする広域通信制単位制の普通科であり、 少子高齢化・過疎化した地域で開校している。 県内在住か県内への通勤者を入学生の対象とするような一般的な通信制高校とは全く違う。 これらの多くは学校以外に様々な通学場所を持ち、 授業料も多岐に渡る。
  3. 公設民営化校 (公私協力学校)
    2003年 6 月27日に閣議決定されたいわゆる骨太方針第三弾で、 公立学校への包括的管理運営について中教審で検討が開始されるよう明記された。 これを受けて、 中教審は幼稚園とともに高等学校の公設民営化について答申を行った。 答申は既存の公立高校が公設民営化する手順を示し、 教職員の非公務員化も視野に入れたものとなっている。
  4. 高等学校設置基準の改正・人件費の抑制へ
    2005年、 高等学校設置基準が 「標準的基準」 から 「最低基準」 へと変更になった。 さらに、 教諭数については 「収容定員を40で除した数以上、 かつ教育課程の実施に支障がない数」 とされ、 クラス数が教員定数の下限となった。 公設民営校・株式会社立学校の大きな財政問題の一つである人件費を減らすことが法的に可能になったのである。 クラス担任以外は派遣か請負といった短期雇用の教師を雇用する仕組みで学校を運営できる。
  5. 教育バウチャーの検討
    「規制改革・民間開放 3 ヵ年計画 分野別措置事項」 で、 文科省は経営形態の異なる学校間の競争条件の同一化のために、 「教育バウチャー制度について、 我が国の社会の実態や関連の教育制度等を踏まえ、 海外事例の実態把握、 その意義・問題点の分析等様々な観点から、 今後十分な検討・協議を行う。」 とした。
  6. 様々な評価
    学校を市場経済に組み込むことに不可欠なものは、 広範囲で実施されるテストなどによる学校評価、 つまりは格付けである。 それによって保護者・生徒は学校を選択する。 下位評価の学校は存続さえ危ぶまれることとなり、 日本でもイギリスのように学校破綻宣告が現実化すれば、 民間事業者が参入する契機となろう。
  7. ゆとり教育・学区拡大
    教育内容の切り下げは学校経営の経費削減に寄与するだろうし、 学区拡大 (撤廃) は教育市場拡大と同義である。 アウトソーシングできる教育。 かつて経済同友会が提言した 「合校」 が想起される。


市場経済化の弊害
 教育が市場経済 (株式会社立、 公設民営、 無制限なバウチャーなど) に巻き込まれると、 富裕層にとってはそれが有利に働き、 そうでない人々には不利な状況が固定化する傾向がある。 さらに、 教育基本法に反して、 「教員の身分」 が 「尊重され」 ず、 「その待遇の適正」 でない非正規雇用教員の増加は教育を不安定化するだろうし、 正規雇用教員の多忙化をさらに悪化させることになる。
 イギリスの小学校では市場経済化の弊害として、 「学校間格差」 「人気校近隣の不動産価格上昇 (裕福な家庭だけが通学できる)」 「点数市場主義で美術や音楽が減少」 「ナショナルテストの不正 (年間600件、 増加傾向)」 などが報告されている。 これはナショナルテストの結果によって生徒・保護者が学校を選択し、 各学校の生徒数に応じて予算が配分されるといった教育の市場経済化によってもたらされたものである。 日本も教育バウチャーによって学校選択の自由が拡大されれば、 イギリスの二の前になることは必然である。
 今、 教育基本法改正論議が再度活発化し、 安部新政権の目玉である教育再生会議が論議を開始した。 この動きの根底にある教育の市場経済化について、 教育行政を含めて多くの方が問題の所在を確認し、 発言・行動するべき時期に来ていると考えている。
(かなざわ のぶゆき)