学校へのソーシャルワークの導入
スクールソーシャルワーカーとは何者か 


大河内 彩子
    (早稲田大学大学院)
 
はじめに
 今日、 学校が直面する子どもの問題は、 不登校やいじめ、 児童虐待や軽度発達障害など実に多様となっている。 しかも、 それらの問題は決して表象的なことに限らず、 子どもの家庭生活など様々な背景や原因を有していることも少なくない。 また、 各問題は個別に生じているわけではなく、 相互作用を生じさせ複雑になっている。 このように、 学校が対応しなくてはならない問題が従来に比べはるかに拡大されるなか、 教員による教育相談や生徒指導の充実のほか、 スクールカウンセラーの配置など、 学校における相談・支援に係る取組については多くの努力がみられる。 この取組の中に、 最近新たに加わったのが、 「スクールソーシャルワーク (以下、 「SSW」)」 もしくは 「スクールソーシャルワーカー (以下、 「SSWr」)」 である。 実際、 2008年4月から文部科学省が、 調査研究事業としてではあるが、 「スクールソーシャルワーカー活用事業」 を導入した。
 しかしながら、 このSSWrと彼らの行うSSWが、 どれほど教育現場に浸透しているのだろうか。 スクールカウンセラー (以下、 「SC」) に続き、 学校に新たな専門家を配置しようとする動きは、 多かれ少なかれ学校現場に戸惑いと混乱を招くこととなるのではないか。 そこで、 本稿ではSSWとはどのような制度か、 2008年度以前にSSWを導入していた先駆的な自治体の取組を事例に、 その可能性と課題について検討したい。
  1. スクールソーシャルワークとは何か
     SSWとは、 子どもの最善の利益を保障するため、 学校を基盤としてソーシャルワーク (社会福祉) の価値・知識・技術に基づき支援活動を行うことをいう。 アメリカでは100年以上の歴史を持ち、 世界各国で導入されている。 しかしながら、 日本では、 SSWが既存のソーシャルワーク活動を学校に移植すれば足りるのか、 それとも新たな定義が存在するのか等、 具体的な定義は未だ確立されていない。 個々の実践を積み上げ活動がなされている状況である。 そこで、 先駆者である山下英三郎の説明にもとづいて定義づけるならば、 SSWとは、 「学校で福祉の視点に立ったサービスを提供しようとする」 「旧来の方法論とは異なる新しいパラダイムに基づいたサポート・システム」
    ということができる。
     その新しい方法とは、 それぞれ生活環境が違う子どもの外的な関係性に着目し、 環境を改善していくことによって、 問題を解決するというものである。 この視点は、 子どもの内面に焦点を当てて支援を行うSCとは、 大いに異なる。 そして、 環境改善の際には、 家族、 友人、 教員との個別的関係への支援 (ミクロ) から、 学校内の支援体制へのアプローチ (メゾ)、 市区町村の教育・福祉制度への政策提言 (マクロ) と、 子どもに関わる全ての関係性が考慮されるため、 支援は、 困難を抱える子ども自身だけでなく、 変革対象でもある家族、 教員や学校、 そして地域までにも及ぶ。 そのため、 SSWrが行う具体的な活動としては、 @問題を抱える子どもへの個別相談や家庭訪問、 A保護者への支援・相談・情報提供、 B校内ケース会議の開催や教員への助言など校内支援体制の整備、 C外部関係機関とのネットワーク構築や連携・調整、 D教職員への研修、 など多岐にわたる。
  2. スクールソーシャルワークの展開と成果
     日本の教育政策において、 SSWという概念は、 先の山下が中心的な役割をはたした埼玉県所沢市における取組から登場する。 1986年当時、 校内暴力に対し教員のみで対応することに限界を感じていた所沢市と、 日本へのSSW導入の可能性を探っていた山下が、 教育センターにおける教育相談の一環としてSSWの手法を試みたのだった。 山下の活動は12年間にわたり続いたが、 SSWとして正式に制度化されることはなく、 また、 他の自治体に伝播することもなかった。
     しかし、 21世紀を迎え、 再びSSW導入の動きが活発化し、 数自治体の教育委員会が先駆的に制度を設け、 社会福祉士をSSWrとして雇用した。
     例えば、 兵庫県赤穂市は、 市内にある関西福祉大学との共同研究という形で、 2000年からSSWを導入した。 市内の子ども関連資源の乏しい現状を、 青少年育成センターにおけるSSWrの直接支援と学生ボランティアを学校や家庭に派遣することで打開し、 学校の抱え込みが改善するという成果をあげた。 大学との協働という強みを生かし、 学校と地域の連携の新たな方法としてSSWが機能した例である。
     香川県でも、 2001年から健康相談活動の一環として、 SSWr派遣事業を行った。 毎年指定される拠点校でSSWrが定期的に支援活動を行うほか、 要請のあった学校で教員の支援や研修などの活動を行った。 保健室を基点として活動することが香川県の大きな特徴であり、 この手法は、 養護教諭とともに活動することでSSWrが学校へ馴染みやすくなるほか、 評価とは無縁な空間で子どもの主体性が確保されるという利点があった。
     大阪府では、 小学校での生徒指導上の課題に早期対応し、 保護者や家庭への組織的な支援を推進する目的で、 2005年からSSWが導入された。 大阪府の特徴は、 スーパーバイザーを設けることでSSWrの支援体制を整え、 拠点校活動・地区活動 (学校の要請に応じて教育委員会から派遣) ・スーパーバイザーという三層構造を成していたことである (年度ごとに構造は改変されたが、 基本的に重層構造を保っていた)。 また、 既存の校内委員会を活用して頻繁に校内ケース会議を行なうという支援方法も特徴的で、 これにより教員の抱え込みが解消され、 学校全体で子どもを支援する体制が整えられていった。
     このように、 先駆的な事例の中で、 SSWは一定の成果をあげたといえる。 その成果について、 ここでは主な2つをあげておきたい。
     第一に、 「開かれた学校づくり」 の充実と実効性の確保がある。 SSWrが校内支援体制を整備することによって、 問題を教員一人で処理しようとする意識を変革できる。 また、 学校内だけでなく、 家庭や地域、 外部の専門機関とのネットワークを強化できたという成果もある。 「外部機関との連携」 という言葉が強く打ち出される中で、 「どうすることが効果的な連携なのか」 という壁に学校は直面してはいないだろうか。 その点、 教員にとっては 「どの機関とどのように連携すればよいか」 を、 さらに連携後には 「外部機関をどのようにプッシュすれば良いか」 を、 SSWrに相談できることになる。 また、 連携する外部機関としても、 事情に精通した福祉職が学校側にいることで、 学校と連携しやすくなったという声が聞かれた。 実際、 福祉機関と学校をはじめとする教育機関の間に、 ケースへの温度差があることは少なくない。 学校も外部機関もそれぞれに他機関に求めていることがあり、 ときに齟齬をきたすことがある。 これは関係不全の典型例であり、 この際、 SSWrが間に入って調整機能を果たすことで、 円滑な連携が可能となる。 加えて、 今まで行われてきた 「連携」 とは情報の共有化で止まってしまっていたところがあるが、 SSW導入後は、 SSWrが全面的にサポートする 「ケース会議」 を通じ、 子どもの問題行動についての情報共有だけでなく、 「行動連携」 (ケースの総合的な見立てを行った後に、 対応の目標設定に応じて関係者のそれぞれの役割分担をきめる) が行われている。
     第二の成果として、 福祉的視点の導入と個別ニーズに基づいた問題解決があげられる。 SSWrは、 子どもの表象的な問題行動だけでなく、 福祉的視点で事象の背景−例えば家庭や生育歴、 先天的な障害など−にまで目を向けることから、 問題を早期発見でき、 予防を含む早期対応が可能となる。 また、 ソーシャルワーカーのアイデンティティである倫理基準が 「クライエントの利益を最優先に考える」 ことであるため、 当事者視点が担保されアドボカシー機能 が保障されるという利点もある。
  3. 文部科学省 「スクールソーシャルワーカー活用事業」 の導入と課題
     このような徐々に広がりを見せていたSSWであるが、 2008年に大きな転換期を迎えることとなった。 文部科学省が 「スクールソーシャルワーカー活用事業」 を導入したのである。 当該事業の目的は、 子どもの問題行動の背景には、 子どもの心の問題とともに、 家庭や地域、 友人関係や学校など 「環境」 の問題が複雑に絡みあっていることから、 教育現場に学校内外の関係機関との連携を強化する調整役を配置し、 多様な支援を保障することで問題解決を図ろうというものである。 その調整役が、 SSWrであり、 全国339地域 (46都道府県・293市区町村) に順次配置されていった。
     当該事業は、 SSWを急速に広めることに貢献する一方で、 同時にその課題も浮き彫りにする結果となった。
     一つは、 専門性の担保である。 先駆的な取組においては、 SSWrは社会福祉士もしくは精神保健福祉士で占められていたが、 大々的な事業展開で人材不足となったためか、 退職教員によって構成される地域が少なくない。 これは、 退職教員がSSWに適さないということではなく、 SSWの専門性が福祉の価値・知識・技術に依拠している以上、 退職教員が行う活動をSSWとして括ってよいのかという問題である。 退職教員や福祉以外の専門性を持つ人材がSSWを行う場合、 少なくとも定期的にスキルアップを目的とした研修や彼らの活動を支援するスーパーバイサーといったシステムが必要である。
     二つは、 財政支援とSSWの成果指標の問題である。 2008年度から始まった 「スクールソーシャルワーカー活用事業」 は、 次年度には国庫負担率が全額から1/3に減額され、 多くの自治体で事業の継続が断念された。 現在の逼迫した地方自治体の財政状況下では、 国の継続的財政支援は必須であることは疑いがない。 また、 SSWの必要性を認識していても、 成果を指標にすることが難しいため予算が確保できないといった声が多く聞かれる。 そのため、 SSWの成果指標に関する研究が必要である。 但し、 この時注意しなくてはならないのは、 不登校の減少数は、 SSWの目指す子どもの最善の利益と必ずしも学校復帰とは結びつかない以上、 成果指標にはならないことである。 先駆的事例にあげた香川県では子どもの自己肯定感を成果指標とする取組を実験的に行っていたことにも触れておきたい。
おわりに
 このように課題を内包しているSSWであるが、 子どもが学校を通じて福祉的サービスにアクセスできる経路となるのは間違いない。 また、 環境という関係性を軸に問題を分析するため、 問題を抱えている自覚がない子どもや相談機関にアクセスできない子どもを救い上げることができるという点で、 その存在は重要だと考える。 実際、 先駆的な取組を行った自治体や、 「スクールソーシャルワーカー活用事業」 の委託自治体の教育委員会には、 好意的に受け入れられたという印象であるし、 2010年度から再度もしくは新たにSSWを導入しようと動いている自治体もあると聞いている。 今後各地域で展開されていくSSWが、 子どもの問題解決に大いに役立つことを期待している。

1 山下英三郎 『SSW学校における新たな子ども 支援システム−』 学苑社、 (2003年8月)、 60頁。
2 利用者の権利擁護を目的として、 当事者の決定  (声) を代弁・主張すること。

執 筆 者プロフィール

1981年生まれ。 早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程在籍。 東洋大学非常勤講師。
近著は、 「虐待を受けた子どもの回復支援と学校の課題―学校の福祉的機能の強化を目指して―」 〔早稲田大学大学院 『文学研究科紀要第54輯』〕2009年や喜多明人・広沢明・荒牧重人・森田明美編 『逐条解説 子どもの権利条約』 2009年にて 「第21条 (養子縁組)」 「第39条 (犠牲になった子どもの心身の回復と社会復帰)」 の分担執筆、 「子どもの権利条約からみる日本の教育」 〔国民教育文化総合研究所編 『教育と文化58号』〕 2010年など。

【後記】
 教育委員会のホームページを検索していたら、 スクールソーシャルワーカーの募集をしていることを知った。 文部省が試験的に配置していることは知っていたが、 神奈川県でも配置が行われていることは知らなかった。
 スクールカウンセラーが配置されたのはついこの間のことだったような気がするが、 次々と新しい専門職が学校に配置されるようになっている。 (募集案内を見るとわずか一名で、 しかも非常勤ではあるが)
 今回は、 子どもの権利条約総合研究所で活動されている大河内さんにスクールソーシャルワーカーについて書いていただいた。 スクールソーシャルワーカーは教員と同じ支援職だが、 新しいパラダイムに基づく支援を行い、 学校も、 子どもの環境のひとつであって変革の対象と捉えられる、 という。 子どもを抱え込もうとする教員の意識もまた変革の対象となる。
 今までどおりのやり方をしていくなら、 新しい専門職よりも教員の増員が必要なはずだ。 スクールソーシャルワーカーの配置は、 支援のやり方を変えようという試みなのである。 なぜ変えなければならないのか、 その必要はあるのか、 日々の実践の中で考える材料にしていただければ幸いである。 (永田)