大卒就職をめぐる最近の論点
   活動開始後倒しと卒後3年新卒化 


大島 真夫 (東京大学社会科学研究所)
 


 ずいぶん前になるが、 ねざす35号に大学生の就職活動をテーマにした所員レポートを書かせていただいた。 内容は、 当時話題になっていたフリーター・ニート問題に関連して、 大学での就職指導が充実してきていること、 にもかかわらず卒業後の進路が無業となる学生が依然として多いことについてご紹介するものだった。
 あれから6年がたって、 大学生の就職問題に関する論点はずいぶん変わってきている。 ここ1年ほどは、 就職活動期間の見直しについての議論が盛んである。 ポイントは2点あって、 1つは、 開始時期を現在の3年生10月から2ヶ月ほど後ろ倒ししようというもので、 大学や政府からの要請に対し日本経団連などの企業側が応じる姿勢を見せている。 もう1つは、 卒業後3年間は新卒として扱うべきだという議論で、 こちらは日本学術会議の提言がきっかけとなっている。
 なぜ見直しが必要とされるのか、 仮に見直しが実現した場合、 学生の就職活動は今よりもよいものになっているのだろうか。 検討してみたい。

就職活動の早期化・長期化
 2ヶ月後ろ倒しの議論は、 就職活動の早期化・長期化が大学教育に支障を及ぼしているという文脈で論じられている。 早期化・長期化というのは具体的にどの程度のものなのかを見るために、 就職活動のスケジュールをまとめた (図1)。
 現在のところ、 活動開始とされるのは3年生の10月である。 これは、 就職支援wwwサイトへの登録が始まるためである。 就職支援wwwサイトとは、 代表的なのはリクルートの 「リクナビ」 であるが、 今や大学生の就職活動には必要不可欠な存在で、 企業に関する情報の収集はもちろん、 会社説明会や選考のための申し込み (エントリーシートの提出) も、 この就職支援wwwサイトを通して行う。 サービスを受けるためには、 サイトに氏名住所、 学校名学部学科名などを登録する必要があり、 この登録が3年生10月に始まるのである。
 10月以降は大学によるガイダンスも盛んになり、 学生たちは12月くらいまで情報収集や自己分析等を行い業界や企業の絞り込みを行う。 採用選考が本格化するのは年明けからで、 内々定が出るピークは4月前後である。 以上述べたようなスケジュールで採用を行うのは主に大手企業で、 5〜6月には一段落し、 そこから中小企業の採用選考が始まる。
 こう見ると、 なるほど確かに 「早期化・長期化」 というのも頷ける。 かつては4年生になってから始まり夏休み中には決まっていたという時代もあったが、 それと比べればずいぶんと早くから、 そしてまた長々と活動をしているようにも見える。

就職活動のせいで留学できない?
 こうした早期化・長期化が大学教育に悪影響を及ぼしている、 ということはずいぶん前から話題にされてきた。 新聞などマスコミでは、 大学関係者の発言として、 ゼミや卒業論文・卒業研究での指導が十分行えていない状況を取り上げてきた。 とりわけ、 指導がスタートする4年生4月の時点での就職活動を問題視する声が大きい。 前述の通り、 この時期は大半の学生が就職活動のピークを迎えており、 学業どころではないことから、 ゼミなどの出席率は著しく低いと言われている。 その結果、 実質的な指導の開始を遅らさざるを得ず、 学業の時間が削がれているというのである。
 また、 ここ1年ほどの新しい話題としては、 就職活動のせいで留学が難しくなっているという議論がある。 仮にアメリカへ1年間留学しようと思うと、 新学期は9月からなので、 2年生9月に行くには準備期間が短すぎ、 3年生9月に行くと就職活動期間とまるまる重なってしまって帰国後の就職が困難になることから、 結果として留学自体をあきらめる学生が増えているというのである。 日本からアメリカへ留学する学生数が近年減少して中国や韓国に抜かれたという報道と重なって、 深刻な問題としてとらえられるようになった。

大学側の主張に歩み寄る企業側
 就職活動の早期化・長期化の弊害については大学側も黙っていたわけではなくて、 4年生4月以降の採用選考開始をこれまで繰り返し主張してきた。 高卒就職と異なり大卒就職では政府 (職安)・学校・企業による就職協定が1997年以降結ばれていないので、 今は3者それぞれが自らの意見を表明し確認しあっている。 大学側は就職問題懇談会という名前の団体が 「大学、 短期大学及び高等専門学校卒業・修了予定者に係る就職に関する要請」 を企業側に対して毎年表明しているが、 この中で、 「卒業学年に達しない学生に対する実質的な採用選考活動を厳に慎み、 採用選考活動を早期に開始しない」 ことを要請している (2009年以
降は若干表現が異なるが、 内容は同じ)。
 他方の企業側 (日本経団連) は、 「大学・大学院新規学卒者等の採用選考に関する企業の倫理憲章」 を公表し、 「採用選考活動の早期開始は自粛する。 まして卒業学年に達しない学生に対して、 面接などの実質的な選考活動を行うことは厳に慎む」 と毎年宣言してきた。 しかし、 これは言葉の解釈の問題でもあるのかもしれないが、 面接に先立って行われる会社説明会等は広報活動であって選考活動にはあたらず、 エントリーシートの提出はその作成する時間や場所について学生に大幅な裁量があり学業に影響を与えるとは言えないので、 卒業学年以前に (つまり3年生のうちに) 実施しても問題ありとは見なしてこなかった。
 ところが、 今年の1月になって日本経団連はこの倫理憲章を見直し、 会社説明会等の開始時期を2ヶ月後ろ倒しすることを発表した。 もしこの見直しが実現すれば、 就職支援wwwサイトなどを通じた氏名・住所の登録なども12月以降になるので、 実質的な選考開始が今よりも2ヶ月遅れることになると言ってよいだろう。 大学側が主張する4月以降開始とはまだ乖離はあるが、 企業側が歩み寄りを見せたと評価できる。

2ヶ月後ろ倒しの影響
 さて、 もしこの見直しが実現したらどのような事態が起こるだろうか。 学生たちの就職活動は今よりも良いものになるだろうか。
 確実なことから述べると、 大手企業の採用選考は短期決戦になる。 面接などの採用選考時期は動かさないと日本経団連は言っているので、 要は応募から内々定までの選考期間が短くなるだけである。
 短期決戦になると、 さまざまな問題が出てくるだろう。 あくまでも予想だが、 2点指摘したい。 第一に、 不本意内定が増えるのではないか。 短い期間に会社説明会や面接が集中すると、 日程の重複が生じやすくなる。 受験できる企業の数が減り、 選択肢の幅が狭まったと感じる学生も出てくるだろう。 第二に、 青田買いに類する現象の発生である。 膨大な数の応募者から短期間に人材を選び出すことは容易でないので、 OBOGやリクルーターなどを利用して、 特定の大学の学生に対して12月より前に接触し始めることは十分考えられる。
 一方、 大学によるガイダンスなど、 就職活動のための準備がスタートする時期は大きく変わらないのではないか。 面接などの採用選考時期は変わらないのに、 応募開始の後ろ倒しにあわせてガイダンスの開始を遅らせてしまっては、 指導が十分に行えなくなってしまう。 インターンシップも、 長期休暇中に行うという前提を維持するのであれば、 3年生の冬休みでは採用選考と重なってしまうので、 やはり現状通り3年生の夏休みに行わざるを得ない。
 結局のところ、 2ヶ月後ろ倒しにしても大していいことはないのではないか、 という印象を受ける。

「卒業後3年間は新卒扱い」が抱える問題
 では、 2ヶ月ではなくもっと後ろ倒しをして4年生4月とか4年生夏休みからというようなスケジュールにしてはどうか、 と考える人もいるかもしれない。 しかし、 そのスケジュールにしても、 4年生における学業にはどのみち影響が出てしまう。
 就職活動スケジュールではなく、 もっと根本的に新規学卒一括採用という慣行そのものを見直すべきだという議論が出てくるのは、 そうした考えの延長である。 昨年注目を浴びたのは、 卒業後3年間は新卒として扱うべきだという、 日本学術会議の提案であった (2010年7月22日 「大学教育の分野別質保証の在り方について」)。
 ただ、 この提案通りに卒業後3年間を新卒扱いとされた場合、 新たな問題が発生するように思われる。 図1に示したように、 現在の就職活動のスケジュールは、 まず大手企業の採用選考があり、 ついで中小企業の採用選考がある。 多くの学生は大手企業を志望するが、 大手企業から内定が得られなかった場合は、 あきらめて中小企業の中から就職先を見つけることになる。 仮に3年間新卒として扱われることになったら、 「あきらめて中小企業の中から就職先を見つける」 という行動を学生は取るだろうか。 あきらめきれずに翌年もまたその翌年もというように大手企業にチャレンジし続ける学生を生み出す気がしてならない。
 中小企業は、 知名度や待遇といった点では大手企業にかなわないことが多く、 学生が敬遠するのはよくわかる。 しかし、 優良な企業も少なくない。 大学の就職部担当者は、 大手企業から内定を得られなかった学生に対して、 そうした企業にも目を向けるよう学生を説得する指導を行っている。 ただ、 来年も大手企業を受けるチャンスがある、 ということになれば、 そのような説得に学生が耳を貸すことも減ってしまうのではないか。 かえって、 学生でもなく社会人でもない宙ぶらりんの状況の人を増やすことになるのではないかと思う。

新規学卒一括採用の功罪
 現在の大卒就職はさまざまな問題を抱えていることはその通りだが、 その一方でメリットも存在するのであって、 そちらにも目を向ける必要があるのではないか。 こんなことを言うと若いくせに守旧派だとか保守派だとか言われてしまうのだが、 日本の新規学卒一括採用の慣行は案外よくできている。
 最大のメリットは、 学校から職業への移行をスムーズにしている点である。 日本の若年失業率は、 欧米と比べても依然として低い。 厳密に証明した研究があるわけではないが、 新規学卒一括採用の存在が日本の若年失業率を低くとどめている一因であると一般には理解されている。
 ちなみに失業の定義は、 @仕事をしておらず、 Aすぐに働ける状態にあって、 B職探し中である、 というものだ。 卒業後3年間は新卒扱い、 と言うと聞こえはいいが、 その実、 失業を勧めていることに他ならない。 卒業して就職活動を続けているという人は、 定義上は失業者である。 もし提案が実現すれば、 若年失業率は上昇するであろう。 新規学卒一括採用という慣行が持つメリットを捨て去ることになるわけだが、 それで本当にいいのだろうか。
 むしろ取り組むべきは、 遠回りであるかもしれないが、 大学生が行きたくなるような良好な就業機会を増やすことにあると思う。 大手企業よりも中小企業の方が劣ると考えられているのは、 安定性や待遇といった面である。 中小企業でも安心して働き続けられるような仕組みができれば、 大卒就職にもいい影響が及ぼされるのではないだろうか。


執筆者プロフィール
 2003年より教育研究所員。 専門は教育社会学で、 高校生や大学生の進路問題について研究。 論文には、 「進路指導・キャリア教育」 (武内清編 『子どもと学校 子ども社会シリーズ3』 学文社、 2010年・第4章)、 「大学就職部の斡旋機能とその効果」 (苅谷剛彦・本田由紀編 『大卒就職の社会学 データからみる変化』 東京大学出版会、 2010年・第5章) などがある。