教育改革推進の中枢に教職員を

教育研究所代表 杉山 宏 

 永い間教育現場で問題視されていたイデオロギ−対立がこの10年程前から解消され、教育運動と教育行政とが協力して教育問題の解決に当たろという方向も一定限度進展したといわれるようになった。確かに、全国的に概観すればそういえるかもしれない。しかし、神奈川県内の動きを見る時、その概観される動きとはやや異なったものがあるように思われる。県教委の教育行政は、可能な限り話し合いで解決をという意向で動き、教育運動を展開する側も内部でのイデオロギ−対立はあっても、県教委交渉では最終的には合意に達せられる程度の幅を持っており、他府県のように教育行政当局と教組及び支援団体が激突するようなことはなかった。
 1958年 1月14日付の神高教の「勤務評定に関する質問状」に対し、既に任命制に移行していた神奈川県教育委員会ではあったが、文部省との関係を「従属機関ではないが、教行法第52条の条項にてらし監督を受ける場合もあり得る」としており、限界はあるが、県教委の自立性を明示していた。50年代後半から60年にかけての勤評問題では他府県と異なり、紆余曲折はあったが、県教委と教組は話し合いにより解決に漕ぎ着けた。
 1958年 4月19日の「県教委の勤務評定に関する態度の覚書」は、「@勤務評定に関する法律の執行に際して神奈川県教育委員会は賛成の態度をもって、反対の態度をもつ組合に対して、交渉するよう決定した。A従って交渉に関しては、右の委員会の態度は未だ行政上の拘束力をもつものではない。交渉の展開、妥結は勿論、内容、時期、方法については一切今後の問題である」としており、更に、了解事項中には「県教委と組合との交渉は、勤務評定の可、否の根本論を含むものとする」とあった。夫々の立場を明らかにしながらも、勤務評定可否の根本理論を含め交渉するという覚書が交換され、交渉に入っている。そして、同年12月 9日までに39回の交渉が行われ、両者は一致した正式記録内容を発表し、またそのことを、教委側・共闘側それぞれ正式機関で決定している。更に、細目協定に関する交渉を翌57年 2月10日から 5月19日まで10回余り行い、その時点までの交渉内容を整理して発表している。しかし、この結果に対して、高校長会の反対や地教委の不了承などがあり、交渉結果に責任の持てなくなった教育委員は交渉結果を破棄して全員が辞職した。 教組側と新教育委員側との交渉断絶の状態が続いたが、60年 5月県教育長から両者の対立関係の解消、緊張緩和の方向に進みたい旨の提案があり、組合側はこれを受け同月31日に「勤務評定に関する申し合わせ」を県教委と行い、再び話し合いのテ−ブルに着いた。その第一回の話し合いで、公開の原則、交渉要員等について合意している。交渉は 9月 9日まで15回の話し合いがもたれ、両者合意に達し結着している。新神奈川方式も話し合い解決の道を歩んだ。
 1974年 2月人確法が成立し、更に75年12月主任法制化を規定した「学校教育法施行規則の一部を改正する省令」定められ、次いで、76年 1月に同省令の施行についての通達が文部政務次官によって発せられた。問題は中央から地方に移り、神教組と神高教は委員長連名で県教委教育長に「主任制度」実施反対の申し入れを行い、話し合いに入った。 5月13日の交渉からは、交渉の記録を文書にしてして組合側と教委側が確認していくことにしている。この時点で、県教委はその基本的な考え方を、@主任制度については、これへの政治勢力の介入を排除し、教育問題として学校現場に混乱を起さぬよう慎重に対処し、両者コンセンサスを得るべく努力する。Aこの問題解決に行動的に対処するのは、県教委と組合である。としていた。「主任制度」の交渉を、県教委と教組との間で進めるに当たって 4本の柱を立てた。即ち、@1960年代の教育をめぐる本県の労使関係を省みる。A勤評制度を今年度実施までに検討する。B現行「管理規則」を検討する。C現在の学校現場の問題点を洗い出し、望ましい学校の組織と運営について論議する。また、これと共に、組合が「主任制度」実施を前提としては交渉に入れぬ旨主張し、県教委はこれを了承していた。神奈川の主任制度化の交渉は、20年前に話し合った勤評問題の再検討から入って行った。 
76年 7月の交渉で県教委は「労使には対立の宿命があり、当然、力関係の上に立った交渉もある。しかし、教育では、民間の労使関係と異なったものがある。教育の質を高め、教育効果の向上を図るため、公教育の在り方について、労働側というより教育の専門家、教師集団の代表者としての立場で話し合う側面もあると理解している」と教組の立場を述べている。
 78年 2月の時点における県教委は、労使関係に対する基本的な考え方を「教育界における労使関係は、立場の相違はあっても共に児童・生徒の教育向上をねがう点では共通するものであり、この同一基盤に立って法の枠の中で誠意をつくして話し合う中から結論を見い出していこうとする姿勢が基本と考えます。今回の主任制の問題にしても学校の組織編制に係わる管理運営の基本事項であり、地方公務員法第55条にいう交渉事項には当たりませんが、児童・生徒の教育効果の向上を期待し、今後も残された時間内にできるだけ話し合いを続けていきたいと考えております」としていた。
 県教委と教組との「主任制度」についての話し合いが、断続的に行われている時期の78年 3月、県議会本会議において、この問題が取り上げられ答弁を求められた県知事が、その答弁の中で「県教委あるいは教職員等が十分話し合って、懸命に解決してくださることを心から期待している」と、両者が話し合いで解決し、教育現場に混乱の生じることのないよう願っていると述べている。
 21世紀初頭の神奈川の教育が問題山積であり、教育行政の任に当たる者も教育現場で直接児童・生徒に接している者も、対応に追われる状態であることは明らかである。しかし、その対応に当たって、話し合いの必要のある場合は、神奈川県の良き伝統を受け、十分な話し合いがあって初めて神奈川の教育と言えるであろう。結果だけを求めるのではなく、方法もまた民主的でなければならない。社会情勢の変化はかつての在り方をそのまま再現することは不可能だが、教育という仕事が、教育にたずさわる者の自主性創造性を最大限に必要とするものだとすれば、教職員が改革の方針の一方的受け手でなく、改革の方針決定にも積極的に参加していかなければならない筈である。

(すぎやま ひろし 立正大学講師 元県立横浜日野高校校長)  

 

<<<ねざす目次

27号目次>>>