キーワードで読む戦後教育史 (2)
池田・ロバートソン会談&教育二法育
杉 山   宏
 講和発効・安保体制期に入る中で、戦後改革の方向転換が着々と構築されていった53年〜54年におけるキ−ワ−ドとして、「池田・ロバ−トソン会談」「教育二法」を取り上げた。50年代半ばから、再軍備への路線批判の文や話で枕詞のように「池田・ロバ−トソン会談以来……」が使用され、また、「教育二法」は、その後、「学習指導要領改訂」「地教行法成立」「勤評問題」「学テ問題」と繋がる政府の教育政策の第一歩であった。

池田・ロバートソン会談
 1953年(昭和28年)7月27日、朝鮮休戦協定が調印され、日本は特需景気に依存することが困難になってきた。一方、アメリカは同盟国に対し相互安全保障法(MSA=相互防衛援助協定・農産物購入協定・経済措置協定・投資保証協定)による軍需援助を行うことを決定し、日本とは7月15日から東京で交渉を開始した。交渉の争点は、アメリカ側の防衛力増強要求と、日本側のMSA援助を経済援助に限定することであった。
 10月2日から、MSA再軍備をめぐって日米会談がワシントンで開始された。この会談は、吉田首相の特使池田勇人自由党政務調査会長とアメリカのロバートソン国務省極東担当国務次官補との間で行われ、アメリカの経済援助と交換に日本の再軍備強化が計られるこになった。
 10月19日に、池田特使は日本側議事録草案をアメリカ側に手交したが、この日本側草案の内容を『朝日新聞』がスク−プし、10月25日付同紙に、日本側議事録草案の要旨を掲載していた。
 この時の「日本の防衛と米国の援助について」の日本側覚書は、

(A)日本代表は十分な防衛力を持つことを妨げる四つの制約があることを強調した。つまり法律的、政治的あるいは社会的、経済的及び物理的(実態的)な制約である。
(イ)法律的制約とは憲法第9条は非常に明確で、しかもその改正は非常にむつかしく規定されているので、仮にもし日本の政治指導者達が改正を必要と考えたとしても、近い将来に改正が実現する見込みはない。
(ロ)政治的社会的制約とは、占領軍によって行なわれた平和教育が非常に徹底しているということで、「国民よ銃をとるな」という気持は日本人によく行き渡っている。殊に、そういう教育の中に幼少時を育った人々が正に現在、適齢に達しているのである。
(ハ)経済的制約については今更いう迄もない。日本の防衛費の割合が国民所得に比して非常に小さいというが、これは経済学の「エンゲル係数」の理論を知らぬ人の言うことである。
  戦争で父や子を失って敗戦を迎えた人々は、今日迄自力で生きてこなければならなかった。本当の防衛の第一歩は、この人々に十分な社会的保護を与えることから始めなければならぬ。しかもそれには相当の金がかかるのである。
  台風などの災害が多いことも日本の特色で、今年は1兆円の予算に対して現に1500億の災害が生まれている。
(ニ)物理的制約とは、仮に保安隊の大増計画をたてても適当な人間が集まらぬということである。国の安全を託する部隊に、有象無象誰でも入れるというわけにはゆかない。しかも前に述べたいわゆる平和教育の結果として、自覚して進んで保安隊に入る青年の数は非常に限られている。
  更に、保安隊の増強を性急にやる結果は、思想的に不良な分子が潜入する危険を防ぎ難い。共産主義にとって、自由に武器を持ってそして秘密を探るのに、これほど適した職業はないからである。
 もしそれ徴兵制に至っては、憲法が明白に禁ずるところで問題にならぬ。
(B)両国代表は以上の制約を認め、よって、
(イ)日本が現在程度の防衛力を維持するだけでも相当な軍事的援助が必要であることに合意した。
  なお、これに関し日本側から、この程度の防衛力なら持ち得るという一案が提出された。
  この案に対し、米国側は、これは低きに過ぎることを指摘したが、お互いに合意し得る結論が出ると考えている。
  なお日本側は、どの程度の援助がいつ与えられるかを、更に詳細に承知したい。
(ロ)日本側の防衛力が漸増するに従って、防衛分担金は漸減すべきことを米側は認めた。
(ハ)日本人が一般に、自分の国は自分が守るという基本観念を徐々に持つように、日本政府は啓もうしてゆく必要がある。

となっている。これに対して、10月21日付のアメリカ側のメモランダムは、

(A)日本の防衛力増強について法律的、政治的、経済的及び物理的な四つの制約が存在することは米国側も認める。この内、第一と第二の制約は、日本国民自身の決定すべきところであるから論評を差控える。
(B)
(イ)第三と第四の制約については、米国政府は、議会の承認を得れば、そして又日本防衛力漸増の意思があり、又その実体が米国の供与する装備を消化するに足るものであれば、十分に援助する用意がある。
  日本として当面どの程度の努力を以て十分と考えられるかは、その時の経済状態によることであるが、米国の考え方では、日本は昭和29年度には2000億円、30年度には2350億円程度を、防衛費として予算に計上してくれなければ、われわれは議会に対して対日援助を説得するわけにはゆかないと考える。
  そこでわれわれとしては、日本の保安隊の地上部隊の増強目標を、一応32万5000ないし35万程度に置くべきだと思う。何年間にどの位の割合でということは、更に東京で、米軍と保安庁が協議すべきことで、それによって、来年度の2000億円、その次の年度の2350億円の配分も決定したい。ただわれわれとしては、今年度内に、地上部隊を2万4000人、明年度内に4万6000人増強して、明年度内に18万人にしてもらいたいと思っている。
 海上部隊については、掃海艇とか機雷敷設艦のような軽小な艦艇は日本が自分で造り、護衛駆逐艦のような重い艦艇を米国から貸与することにしたい。陸海空の三部隊に対して、ここ数年間の増強計画について合意が成立すれば、諸々の設備や装備について、米国に十分の援助の用意があることは既に明らかにした通りである。
(ロ)日本の防衛力漸増計画が進むに従って、防衛分担金は漸減すべきであるという考え方は、妥当なものと思う。
(ハ)自衛の観念を日本に育ててほしいと日本政府に希望する。
(ニ)上に述べたような長期の防衛計画が確立すれば、日本の自衛力の成長に従って、米軍は撤退を始めることが出来る。
 となっていた。

  この両者の考えを基に話し合いは更に進み、10月30日共同声明が出された。即ち、

 日本総理大臣の個人的代表池田勇人氏およびその一行は、極東関係担当国務次官補ウォルター・S・ロバートソン氏およびアメリカ政府関係者と過去4週間にわたり数次の会談を行った。会談は日米両国にとって共通の関心事であり、かつ相互に関連した諸問題、すなわち日本の防衛力の増強、アメリカの援助、アメリカの終戦後の対日経済援助(ガリオア)の処理、対日投資および中共貿易などにおよんだ。これらの諸問題に関する非公式な意見の交換は極めて有益であり、日米両国の協力関係をさらに増進するための基礎となるものである。会談は相互の意向を打診することを目的としたものであり、従って別段の取極めを結ばなかったが、一般的了解に達した事項のうち若干のものをあげればつぎの通りである。
 両国会議出席者は日本を侵略の危険より守り、かつ日本防衛についてのアメリカ側の負担を軽減するため日本の防衛力を強化する必要があることについて意見の一致をみた。しかしながら日本の現状においては憲法上の問題、経済上および予算上その他の制約があり、従って直ちに日本の防衛に十分な自衛力の増強をはかることは許されぬことが認められた。日本側においてはこれらの制約を十分に考慮しつつ今後とも自衛力の増強を促進するための努力を続けるであろう。これに対しアメリカはアメリカ議会の承認を条件として日本の陸海空の部隊の装備に要する主要品目を提供し、その編成を援助すべきことをアメリカ側会議出席者は申し出た。日本の防衛力およびアメリカの軍事援助に関する諸問題については、具体的な了解に達する目的をもって、近く東京において両国政府の代表がさらに協議を行うことになった。
 両国会議出席者は日本の防衛力が増進するとともに在日米軍支持のための日本側負担を軽減することを随時考慮することに意見の一致をみた。さらに日本の部隊が自国防衛の能力を増進するに従って在日米軍が撤退すべきことについても意見の一致をみた。
 両国会議出席者は相互安全保障法第550条の規定にもとづき日本に供給すべき物資の額は5000万ドルを目途とすることが適当であるとの意見の一致をみた。これに従い日本に供給される農産物の日本国内における売上代金たる円貨は、海外買付および投資の形により日本の防衛生産および工業力増強に使用せられるものとする。同法第550条の規定およびそれに関連する防衛支持援助の諸行為に関する必要な諸取り決めが結ばれることになろう。
 朝鮮における政治的解決がつくまでは高度の対中共貿易の統制を維持することの重要性を両国会議出席者は認めた。しかし同時にこれらの統制措置が日本の貿易に与える諸種の影響は周知の通りであるので、日米両国は統制品目の検討について現に行われつつある協議をさらに続けることとした。
 アメリカ側会議出席者はガリオア援助の早期解決の重要性を強調した。本件の処理に関する合意に到達することを目途として東京において近い将来日米両国代表が会合することに意見の一致をみた。日本に対する外貨の導入に関しては、相互安全保障法にもとづく投資保証計画、および投資あっせん制度ならびにアメリカ商務省の各種のあっせんがアメリカ側としてとるべき有効な措置であると考えられ、また日本側会議出席者は外資の導入に好ましい環境をつくるため、日本の外資導入に関する関係法令を緩和するにやぶさかでない旨を表明した。日本側会議出席者は日本の経済的立場を強化し、かつ日米経済協力をさらに促進するためインフレーション抑制につき日本としても一層努力することが肝要と信ずる旨をのべた。
 本会談進行中において日本の火力発電事業に対する4000万ドルの借款が国際復興開発銀行および日本代表の間で調印せられ、また日本に対する6000万ドルの綿花借款がワシントン輸出入銀行によって発表されたことは、両国会議出席者の喜びとするところである。

 日本の防衛力の強化について、19日の日本側覚書の段階では「法律的制約、政治的・社会的制約、経済的制約、物理的(実態的)制約」など細かく検討されていたのと異なり、この会談の共同声明では、「憲法上の問題、経済上および予算上その他の制約があり」とされているだけであって、平和教育の結果などに付いては触れていない。だが、平和教育を基盤とした戦後教育を、政府は再軍備の障害と捉えていたことは明らかで、このことは、その後の政府による日教組対策に示されている。

教育二法
 1953年5月21日、第5次吉田内閣の文部大臣に大達茂雄が就任した。大達は、39年内務次官、42年昭南特別市長、43年東京都長官、44年小磯内閣内務大臣と戦前・戦中で要職を歴任した内務官僚であった。戦後、戦犯容疑で収容されたが不起訴となり、公職追放解除後、53年4月に参議院議員に当選していた。6月27日文部大臣室で、日教組代表との会見時「日教組には団体交渉権はない、陳情なら承る」と述べたといわれている。
 この頃、山口県教組は、児童・生徒に日記を書かせることを目的として、毎年「小学生用」「中学生用」の『日記帳』を編集し、山口県学校生活協同組合が希望者に販売していた。同日記帳には、平和・自由・独立を目指す教育の推進の一助となるような欄外記事が載せられていた。1953年前期用日記帳の欄外記事の内容に偏向した箇所があるとして、岩国市の父母から市教委に申し出があった。当時、岩国市ではアメリカ軍基地拡張を巡り対立があり、問題化していた。53年5月、市教委が、次いで県教委が日記帳回収の動きをとった。問題になった日記帳の購入状況は、小学生用は、県下児童数205,919名中7,286名(3.5%)、中学生用は、90,673名中2,941名(3.3%)であり、欄外記事を教材として一斉授業に使用したことはなかった。6月11日〜14日開催の日教組第10回定期大会(宇治山田)では、山口県教組提案の「平和教育への弾圧に対して抗議する件」を可決している。 この問題を文部省側も全国的な問題とし、「教育の中立性の維持について」として7月8日に、文部事務次官より都道府県教育委員会、都道府県知事宛に通達が出された。通達文の内容は次の通りである。

 教育制度の基本として、教育の中立性は最も厳重に保持せられなければならない。
 しかるに、最近山口県における「小学生日記」「中学生日記」の例に見るごとく、ややもすれば特定政党の政治的主張を移して、児童、生徒の脳裏に印しようとするごとき事例なしとしないのは、はなはだ遺憾とするところであって、貴管下教育行政の全般にわたり下記事項に関し特段の御配意を願いたく、命により通達する。
 なお、それぞれ関係教育委員会及び学校長に御伝達願いたい。
        記
一 いやしくも、一部の利害関係や特定の政治的立場によって教育が利用され、歪曲されることのないよう留意すること。
二 多種多様の教材資料中には上記山口県教職員組合編集にかかる「小学生日記」「中学生日記」に見るごとく、往々特定の立場に偏した内容を有し、教材資料として不適当なものもあるようであるから、その取捨選択にあたっては、関係者において特に細心留意すること。
三 各所属長は、職員の服務につき、常に指導を怠ることなく真面目に勤務が行われるよう適切な監督を行うとともに、いやしくも違反行為のある場合には、その是正について厳正な処置をとり、もって勤務不良の教職員の絶無を期せられたきこと。

 この通達文の原案はもっと穏やか表現であったが、文相が加筆し強い表現になったとされている。この文相の強い意思を受けてか、「教育の中立性」に関する文部省の解説が、7月13日付の『文部広報』に載られている。即ち、

 本月8日付で文部事務次官から各都道府県の教育委員会と知事あてに「教育の中立性の維持について」という通達が出された。この通達にいう「教育の中立性」について、法律上の意味を考察してみるに、教育の中立性ということは、今回のこの通達によって明らかにされたものではなく、それは、新憲法に基いて、昭和22年に制定された教育基本法によって明示されたものである。
 すなわち教育基本法第8条および第10条がその規定である。基本法第8条第2項には「法律に定める学校は、特定の政党を支持し、またはこれに反対するための政治教育その他の政治的活動をしてはならない」と規定されている。この規定の趣旨「法律に定める学校」すなわち学校教育法に定める正規の学校では、一党一派にかたよった政治的意見が持ちこまれてはならない。また、政党勢力が学校の中にはいりこみ、学校を利用し、学校が政治的闘争の場となるようなことを厳にさけなければならないという趣旨であり、また「学校は」という規定をしているのであるから、その学校の教員の教育活動中に、政治的活動を行うことが禁止されるのは当然である。
 次に、第10条第1項には「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきものである」という規定があり、この規定の趣旨は、国民の意思と教育は直結すべきであり、その間にはいかなる意思も介入してはならないということである。これが「直接に……」の意味である。それであるから政党その他いかなる勢力もその間に介入してはならず、また、介入することを排除しなければならないわけである。

 教組対策として偏向教育攻撃に的を絞った大達文相が、53年8月28日に行った人事異動は、事務次官に、初中局長の田中義男を登用した。田中は旧内務官僚であり、43年に満州国文教部次長に就任し、戦後、公職追放となり、解除後の52年2月に初中局長に就任していた。また、初中局長には、やはり旧内務官僚の緒方信一を用いた。緒方は三重県特高課長、警視庁外事課長、昭南市警察部長を歴任し、戦後追放され、解除後宮崎県総務部長をしていた。これら旧内務官僚で、戦時中に海外で大達と関連のあった者を配置し、偏向教育攻撃の体制作りを行った。
 大達はこの人事異動を終えた直後の30日に「教育の政治的中立性維持」について、何らかの立法措置をとると発言した。そして、53年1月21日に岡野清豪文相が、包括的諮問の形で中教審に諮問した「戦後教育全般の改善について」の中で、教員の政治的中立に関する部分を取り上げ、それを扱う委員会として第3特別委員会を発足させた(1)。10月12日に同特別委員会の主査に、大達と内務省同期で、戦前に文部次官・東京文理科大学学長を歴任していた河原春作を就任させた。中教審は同月26日に総会を開き「教育の中立性維持」の問題で協議したが、委員間でかなり激しい論争が行われた。
 12月14日に教育の中立性について、大達文部大臣は、日教組という特定団体だけを目的として教員の政治活動を制限しているのではないと、日教組幹部に伝えている(2)。
 教員の政治活動規制の法案化には、「山口日記」だけでは資料として不充分であると判断した文部省は、12月23日、「地方課発第939号」の極秘通達を全国の教育委員会に送付した。それは、「教育の中立性が保持されていない事例の調査について」と題するもので、全文は次のようなものであった。「近時新聞等に、学校内において教育の中立性を阻害するがごとき事例が報ぜられているが、その実情を承知いたしたいので、貴都道府県内の公立学校等において、特定の立場に偏した内容を有する教材資料を使用している事例、または特定の政党の政治的主張を移して、児童生徒の脳裡に印しようとしている事例、その他特定の政治的立場によって教育を利用し、歪曲している事例等、教育の中立性が保持されていない事例について至急調査の上、該当事例の有無ならびに該当事例があれば、その関係資料添付の上、できるかぎり具体的に至急報告願います」。この通達を受けて、茨城県教育委員会は教育庁学務課長名で県下の各出張所長宛、「教育の中立性が保持されていない事例の調査報告」を2月5日までに行うよう求めている。また、調査に当って、地域によっては警察が介入したともいわれている。
 54年1月9日、中教審第3特別委員会が「教員の政治的中立性維持に関する」答申案を纏めているが、「教員の政治活動が今日いかなる事情にあるかについて、法務又は警察当局の助力を求めて、いまだ公表せられざる事実を調査するごときは、これを避くべきだと信ずるので、もっぱら周知の資料に依るべきものとした」としていて、答申案には日教組の50・51・52・53各年度の運動方針などが添付されていた。この特別委の答申案に対し、日教組は、憲法への挑戦であると声明を発すると共に、文相と会見、法律案の撤回を要求している。
 中教審側は次いで、総会での審議となり、1月11日の総会を経て、18日に大達文相宛、中教審亀山直人会長から答申されている。この答申は委員の満場一致で結論が出されたのではなく、前述の如く審議段階で意見の対立がかなり生じていた。学会代表の多くの委員は反対しており、日教組の運動方針には反対でも、力で是正を図るべきではなく、自主的な解決こそ民主主義社会の在り方であるという意見も強く主張された。矢内原忠男と教組問題で論争(3)した前田多門あたりも、教員の政治活動規制の危険性を厳しく論じていた。
 答申(4)を受けた政府は、2月9日に教育二法の要綱を閣議決定して発表したが、閣議決定に対して、教組、学者・文化人、全国連合小学校長会、全国大学教授連合等が相次いで反対の声明などを出している。
 3月3日、文部省は、偏向教育事例として24件の資料を衆議院文部委員会に提出した。3月5日、高知県教育委員会教育長が偏向教育の事例に管下須崎高校及び山田高校が挙げられたという報道に関して文部省に質問状を提出しており、資料は教育委員会の頭越しに集められたものも使用されていた。
 衆議院文部委員会は、3月8日より10日にかけて青森・岩手・岐阜・京都・山口に現地調査団派遣したが、一部委員より、文部省資料の杜撰さを指摘する報告がなされた。同委員会は、16日に公聴会を開き「全国の新聞論調で、この法案に賛成しているのは一紙だけ」などの意見も出たが、26日に教育二法案を可決し、同日、衆議院本会議可決となった。参議院文部委員会は、4月12・13の両日、偏向教育に関する証人喚問を行い、22日に公聴会を開いた。公聴会において末川博立命館大学学長より教育二法反対の意見が出されたが、5月13日に一部修正され可決となり、同日に本会議においても委員会修正案が可決された。6月3日、衆議院本会議において、参議院修正案通り可決され、同日公布されている。
 この教育二法(「教育公務員特例法の一部を改正する法律」「義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法」)は、教員はもちろん、多くの学者・文化人の反対意見が続出する中での公布であり、施行については慎重な配慮が必要であるとして文部次官通達が9日に出されている。即ち、

 去る6月3日、教育公務員特例法の一部を改正する法律及び義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法が、それぞれ法律第156号、第157号をもって公布され、6月13日から施行されることとなった。
 ついては、下記諸点に留意の上、慎重な配慮と格段の熱意をもって、両法律の適正かつ有効な運営をはかるとともに、両法律制定の趣旨の実現に遺憾なきを期せられたい。                     記
1 両法律は、教育職員の行う教育活動を直接規制するものではないが、その制定の趣旨は、教育が教育基本法第8条の精神に則って行われるベきこと、すなわち学校教育における政治的偏向を排除することを主眼とするものであるから、教育職員が自覚ある教育活動を行うよう不断の指導に努めるとともに、いやしくも政治的に偏向した教育の行われる場合にはこれを排除するため必要な措置を講じ、故意にかかる教育を行う教育職員に対しては厳正適切な処置を執るべきこと。
2 教育公務員特例法の一部を改正する法律は、教育公務員の職務と責任の特殊性にかんがみ、公立学校の教育公務員の政治的行為の制限の範囲を国立学校の教育公務員と同様とすることにより、教育公務員が妥当な限度をこえて政治に介入することを防止し、もってその公務たる教育の公正な執行を保障しようとするものである。
  この制限の違反については、国立学校の教育公務員と異り刑罰を科せられることはないが、制限規定の遵守せられるべきことは、罰則の有無によってなんらの影響を受けるものではない。
  この趣旨にかんがみ、管下学校の職員に対し、その禁止に触れることのないよう適切な指導に努めるとともに、悪質な違反者に対しては厳正な処置を執るべきこと。
  なお、この法律が教育職員の一切の政治的言動を禁止するものであるかの如く誤り伝えられ、ひいては教育職員に不安を与えている向もあるようであるが、法の趣旨を関係者に周知徹底せしめ、その勤務につき無用に萎縮し、ひいては教育の沈滞を来すことのないよう努められたきこと。
3 義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法は、義務教育に従事する教育職員に対し、特定の目的・手段をもって党派的教育を行うよう教唆・せん動することを禁止し、その違反に対し刑罰を科することとしている。その意図するところは義務教育を党派的勢力の不当な影響又は支配から守り、もって義務教育の政治的中立を確保するとともに、教育職員の自主性を擁護しようとするものであって、もちろん思想言論に対して不当の抑圧を加えんとするものではない。よってその趣旨を関係者に周知せしめるとともに、教育に対する政治的勢力の不当な介入に対し常に関心を払うべきこと。
  なお本法に規定する罪は、公立学校に関しては、これを所管する教育委員会等の私立学校に関しては、これを所轄する都道府県知事の請求を待って論ぜられることとなっているが、請求を行うに当っては、学校管理の見地からその必要の有無につき十分考慮を払うべきこと。これがため、都道府県知事にあっては、当該私立学校を設置する学校法人の理事長の意見をあらかじめ聞く等の措置を講ぜられたきこと。
4 以上のほか細部に関しては、別記「教育公務員特例法の一部を改正する法律及び義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法の内容の要点及び解釈等について」によること。

とあり、上記の如く別記を添えているが、別記は通達の倍以上の文書量があった。その内容は「教育公務員特例法の一部を改正する法律について」と「義務教育諸学校における教育の政治的中立の確保に関する臨時措置法について」の2項に分かれ、前者は改正の要点や人事院規則との関連について述べており、後者は、「本法により禁止される行為の内容」「教唆・せん動の意味」「処罰の請求」について述べている。
 この教育二法は、以後、法を直接適用することはなかったが、教員の諸活動に大きな制限を加えたこと明らかであり、戦後教育改革を転換させる基盤の一つとなった。






註1 10月12日に発足の第3部会に関して、10月23日付『文部広報』は、以下のように報じている。
 中央教育審議会は12日第16回総会を開き、教員の政治活勤について自由討議を行った。はじめに緒方初等中等教育局長から、日教組の組織とその成立の経過活動状況等について説明があり、また亀山会長が去る10日、日教組執行委員と会見した内容の報告があった。その他、赤い羽根募金と日教組との関係、日教組の組合費徴集方法などについて話合いが行われ特別委員会を設けてさらに検討することになり、河原春作氏を主査とする次の5氏が委員として指名された。
児玉九十、鈴木虎秋、野口彰、諸井貫一、八木沢善次

註2 12月4日の大達文部大臣の談話を、同月13日付『文部広報』は以下のように報じている。
 大達文相は4日大臣室で、教員の政治活動禁止などの問題について日教組の小林・今村正副委員長らと会見、席上大要次のように語った。
 参院本会議で竹中氏から「日教組に色がついているというが、その色とはどんな色か」と質問があったので、わたくしは日教組に色がついていると言ったことはないとはっきり答えた。
 現在日教組の動きについては慎重に検討を加えているが、ただ、日教組という特定の団体だけをどうしようという考えはない。検討の目的は教育の政治的中立のためであって、教員の政治活動の制限はもしするとしたら教育の中立性維持のための一つの方法であろう。
 この検討の結論はいつでるかわからないが、検討の結論がもしきたる通常国会までにでれば、なんとか考えなければならないと思う。

註3 この論争を、10月27日付『朝日新聞』は、次のように報じている。
 文教政策に関する文相の最高諮問機関である中央教育審議会は26日、文部省で総会を開き、林頼三郎、前田多門、天野貞祐氏ら17委員が出席して「教育の中立性維持」の問題について協議した。この総会では、最近の日教組の動向が中心問題として取上げられ、とくに日教組との関係が深いと教育界の一部で批判されている東京大学教育学部の一部教授らの動きについて、出席者らの間にかなり激しい論争が行われたといわれる。
 この問題について最初に発言した前田多門氏は「東大の教育学部の教授の中には従来、日教組の行きすぎた考え方を甘えさせたり、もしくはそれを正当化しようとする傾向があったようだが、この点は熟考を要すると思う」むね述べた。
 ついで天野貞祐氏は前田氏の意見に賛成して「東大の教育学部の教授などは、その言動がしばしば国内に大きな影響を与えずにはおかない指導的地位にある学者であり、日教組のやり方などについても必要があれば、これに対して苦言、忠言を行うべき立場にあるのだが、少くとも新聞紙上などでは、これまで苦言や忠言めいた所論を発表したのを見たことがない」とのべ、さらに「これらの教授たちは、文部省が一般国民の間に社会科改善の要望が高まっているものと考えて、その改善につき検討を進めている際に、十分な学問的究明を加えもせず、直ちにこれを再軍備とか軍国主義に結びつけて、政府の陰謀よばわりをしたり逆コースだときめつけるのはおかしい。これらの人々は、もっと指導的立場から、こうした問題を学問的に究明して、日教組などを導くべきである」むね強調した。
 これに対して、矢内原東大総長は「東大教授の中にも、もちろん日教組に加入しているものもあるが、教育学部としては、教育の民主化と日教組の教育研究活動の指導という二つの点から努力しているもので、社会科問題なども、こうした観点から論じているものと思うから、これに対する非難は必ずしも当らない。社会科問題に関連して政府の陰謀よばわりしているような事実があれば具体的に指摘してもらいたい」と反論したといわれる。しかし、河原春作(元文部次官)、八木沢善次(東京都教育委員長)氏らをはじめ、審議会の大勢は前田、天野両氏の意見に賛成の空気が強かったといわれる。
 さらに同審議会では会長の亀山直人氏が、教員の政治活動に直接関係のある地方公務員法第36条について文部省側の説明を求め、協議の結果、教育の中立性維持の問題については小委員会に付託して引続き検討することとなったが同日の論議の傾向から推せば、教員の政治活動制限を望む意向が審議会内に一段と高まったものともみられ、小委員会がどのような結論を出すかが注目されるにいたった。

註4 1月18日に答申された「教員の政治的中立性維持に関する答申」の内容は、以下の通りである。
 本審議会は、特に高等学校以下の教員の政治的中立維持を必要と認め、そのために特別委員会を設けて審議しました。その特別委員会の到達した結論を本審議会総会においてさらに慎重に審議した結果、次の結論に到達しましたから、答申いたします。
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 公務員の身分を有する教員は、他の一般公務員と等しく、国家公務員法又は地方公務員法によって、政治的行為の制限を受けているが、さらに教育基本法はすべての教員に対し、一定の政治的活動禁止の規定を設けている。これは教育の中立性を重視し、教育をして特定の政治的活動から、中立を守らしめようとする趣旨に出でたものである。ことに高等学校以下の生徒児童は、あえて説くまでもなく、心身未成熟の理由から、あるいは経済上の能力を、あるいは法律上の能力を制限されているものである。したがってその政治意識においても、正確な判断をするには、未だ十分に発達をしていないのであるから、教育のいかんによっては、容易に右とも左ともなり得るものである。しかるに彼らに対して、強い指導力、感化力を有する教員が、自己の信奉する特定の政治思想を鼓吹したり又はその反対の考え方を否認攻撃したりするがごときは、いかなる理由によるも許さるべきことではない。教員の政治的中立性に関する諸問題は、すべてこの原則を基本として、解決されなければならないと考える。
 もとよりいっさいの表現の自由は、憲法上すべての国民に対し、保障されているものであるから、教員をして政治的中立性を守らしめる範囲も、公共の福祉のために必要な程度に限定すべく、なるべく学生・生徒・児童に対する直接の活動の範囲に止むべきものであり、現行法令の制約も大体この点に限界を設けているのである。
 しかしながらたとえ間接の政治的活動といえども、近来のように教員の組合活動が政治的団体の活動と選ぶところがない状態となって来たのでは、未だ批判力の十分でない高等学校以下の生徒児童に対する影響は、まことに看過するを得ないものがある。
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 教員の政治的活動が、今日いかなる実情にあるかについて、本審議会としては、法務又は警察当局の助力を求めて、未だ公表せられざる事実を調査するがごときは、これを避くべきことと信ずるので、あえてこれをなさず、専ら周知の資料のみによることにした。
 その資料の1は、日本教職員組合の組合運動であるところの全国大会において、決議した運動基本方針および闘争目標である。本答申に添付したその要項について見るに、特に説明を加える必要もないが、その多くが政治的活動であり、かつこれが特定の政党を支持するものであるかどうかは別として、著しく一方に偏向していることは否定することを得ない。なおそのうち1953年度の基本方針の中で「再軍備を基としたファッショ的な文教政策から子供を守るために」とあるは、原案では「天皇制復活を主軸としたファッショ的な文教政策から子供を守るために」とあったものを討議の結果修正されたものであるが、いずれにしても文教政策に対するかような考え方は、中立であるとは言えない。
 その資料の2は、日本教職員組合の文化活動であるところの教育研究大会の第2回大会報告書「日本の教育」である。この教育研究大会の趣旨性格は、右の「日本の教育」において明白にされており、特定の政治的意図のもとに、組合員たる教員が教育を行うことを期待しているのである(もちろんこのことは各部門の報告研究の教育的価値を否定するものではないことを附記する)。当時の日教組中央執行委員長岡三郎氏は「刊行によせて」と題する「日本の教育」序文において「教育の軍国主義化を確立するために躍起となっている反動陣営の文教政策と対決」するために、この報告書に集約された研究活動の成果を活用されることを要望しているが、こういう断定は余りにも政治的であり又余りにも一方的である。
 又、本文「本書の内容について」の中に「教研大会がわれわれ教師の基本的歴史的課題として、平和と独立のための教育体制の確立をめざして行われたということが本書の内容を決定している。安保条約と行政協定とを抱き合わせとして成立した片面講和条約の結果として、われわれ日本人が現在当面している状況が、政治・経済の在り方ばかりでなくいかに深く教育の場面にそれを歪めるように作用しているかを究明することを通じて日本の国民と子供の真の幸福のために、われわれはどのように教育のしくみを変えていかなければならないかを追求するのが本書の課題である」と説明している。平和、安保両条約に賛成し又は反対し、あるいはその一に賛成して他に反対した政党があるのだから、右は明らかに特定政党の政策を支持しているものと見られる。
 又、両条約成立の結果、教育を歪めていると結論することは一つの意見であるが、しかし一方に偏した政治見解であり、すくなくともかかる考え方で、年少者に対する教育をなすことはきわめて不穏当である。現に社会科の教科書においては、右両条約を研究及び討論の課題として示しているものもあるから、この場合、組合の研究大会において指導されている組合員たる教員の指導が、その生徒・児童の政治意識に対していかなる影響を与えるかはあえて説明するまでもない。
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 教員の政治的中立性に関する問題のうち、最も重要なるは、高等学校・中学校教員の大部分を包容する日教組の行動があまりに政治的であり、しかもあまりに一方に偏向している点と、その決議、その運動方針が組合員たる50万の教員を拘束している点と、その教員の授業を受ける1800万の心身未成熟の生徒・児童の存在する点とにある。
 日教組が地方公務員法に基く職員団体の任意の連合体でありその結成そのものはもとより自由であろうが、その活動の現状をみるに前述のとおりであって、その組合員たる教員が、組合の政治的方針を学校内にもち込んで、直接教育に当ることのあるを考えれば、まことに憂慮にたえないものがある。もちろん、現在すべての教員がかくのごとくであるとは信じないけれども、これを放任することは、やがて救うべからざる事態を惹起するであろう。
 したがって教員の組織する職員団体及びその連合体が年少者の純白な政治意識に対し、一方に偏向した政治的指導を与える機会を絶無ならしむるような適当な措置を講ずべきである。
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 なお前述の外、教育の政治的中立性確保のために、左の諸項の実現を期することも必要であると考える。
協議会の開催等の方法により、文部省と教育委員会との連絡を一層緊密にすること。
教育委員会委員の選挙に関し、教職員は退職後、一定期間経過しなければ立候補できないものとすること(本項については第1回答申においてもすでに述べたところである)。
教科用図書以外の図書、例えば夏休み日記のごときものを使用しようとするときは、予め校長から教育委員会に届出でしむること。なお、右に関する文部省又は委員会の権限を規定すること。

 であり、この答申には資料として「最近の日教組の運動方針」が添付されていた。

 
(すぎやま ひろし 
    教育研究所代表 立正大学講師)
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