所員レポート
教員養成・免許制度は どう変わろうとしているのか?
沖 塩 有希子

 はじめに
 昨夏 (2006年 7 月11日)、 中央教育審議会 (以下、 中教審と略述) により、 「今後の教員養成・免許制度の在り方について」 の答申 1 が出された。
 最近の動きとしては、 安倍内閣設置の教育再生会議第 1 次報告を受けて、 中教審による教育改革関連法案作成の議論が大詰めを迎えていたが、 計らずも、 このレポート脱稿間際の 3 月30日に、 同法案の国会への提出が報じられた。
 中教審の実質的な審議が始まったのは先月中旬 (2007年 2 月)、 1 ヵ月後の法案提出を目処に、 夜間や休日を返上して集中的に論議が続けられていたといい、 中教審委員からは 「知力よりも体力勝負だ」 と声があがるほどの急ピッチぶりであったという。 2
 教育基本法改正の時と同様に 今回の諸法案の審議のプロセスも、 学校現場に携わる教員や そこに学ぶ生徒達にとっての 法の有効性を鑑み地道に議論を重ねるというよりは、 今国会での法案成立を実現させたい政府の思惑が優先され、 来るタイムリミットまでに何としても意見調整をはからねばと焦燥に駆られる中教審の真意がうかがえて懸念は尽きない。
 そうした法案の中でも、 このレポートでは、 「教育職員免許法」 (以下、 教免法と略述) に関わる報告をしてみたい。
 本誌の読者は、 神奈川県立高校教員の方が大半であるので、 教免法に組み込まれようとしている 「教員免許更新制」 (以下、 更新制と略述)に関心を持たれていると思う。 同制度については、 すでに、 高総検(神奈川県高等学校教職員組合高校教育問題総合検討委員会)が、 批判的に考察を加えている。 3
 本レポートでは、 更新制に留まらず、 教員養成・免許制度のあり方全体を網羅していきたいと考えている。 論の展開としては、 1節で答申告示に至る経緯、 2 節で答申が示す今後の教員養成・免許制度改革の向かう方向、 3 節で答申に盛り込まれた 教員養成・免許制度についての改革提言、 を取り上げ、 最終節では、 答申の内容の特徴を示し、 加えて、 教員養成・免許制改変によって、 教員の人材獲得が果たされることになるのか考えてみたいと思う。
 なお、 このレポートでは、 中教審答申 「今後の教員養成・免許制度の在り方について」 (以下、 答申と略述) を主要資料として検討していくことになるが、 これを扱う際には、 原文の趣意・ニュアンスを伝えられるよう、 できるだけ元の文言に忠実に表記していきたい (ただし、文章の読みやすさを考慮して、 引用を表すカギカッコはあえて使わないことにする)。

1. 答申告示に至る経緯
 本節では、 答申が告示されるに至るまでのいきさつに関して述べる。
 答申によれば、 現在のわが国の社会は、 グローバル化・情報化等、 社会構造の大きな変動期を迎えており、 保護者や国民の間には、 子ども達の知・徳・体にわたるバランスの取れた成長を確実に育成する質の高い学校教育を求める声が高まっているという。   
 こうした期待に応えるためには、 教育活動の直接の担い手である教員に対する揺るぎない信頼を確立し、 教員の資質能力が一層高いものとなるようにすることが極めて重要なのだという。 教員に求められる資質能力としては、 「いつの時代にも求められる資質能力:教育者としての使命感、 人間の成長・発達についての深い理解等」 に加えて、 激しい時代の変化に適切に対応した教育活動を行っていく上で、 「今後特に求められる資質能力:地球的視野に立って行動するための資質能力、 変化の時代を生きる社会人に求められる資質能力等」 が要求されているという。 社会状況が急速に変化し、 学校教育が抱える課題も複雑・多様化する現在の教員には、 不断に最新の専門的知識や指導技術を身につけていくことが重要となっており、 これまで以上に 「学びの精神」 が強く求められているのだという。
 ここまでの文章から、 答申の社会状況の認識と そこから導かれる教員像を確認できる。 では、 実際の教員の実態をどうみているのか、 答申の教員をめぐる分析の文言をみていく。 これまで、 大多数の教員は、 職責を果たすため、 教員としての使命感や誇りや教育的愛情を持って教育活動にあたり、 研究と修養に努めてきたのであり、 そのような教員の真摯な姿勢は、 子どもや保護者はもとより広く社会から尊敬され高い評価を得てきた といった前置きがまずある。 が、 その後に、 社会構造の急激な対応、 学校や教員に対する期待の高まり、 学校教育における課題の複雑・多様化が進んでいく中、 子どもに対する認識不足、 教職に対する情熱や使命感が低下している教員が少なからずいることが指摘されたり、 いわゆる指導力不足教員 4 は年々増加傾向にあって、 一部の教員による不祥事も依然として後を絶たない状況にある、 との言葉が続けられている。 さらに、 こうした問題は、 たとえ一部の教員の問題であっても、 保護者や国民の激しい批判の対象となり、 教員全体に対する社会の信頼を揺るがす要因となっているとしている。 また、 社会の変化への対応や、 保護者らからの期待の高まり等を背景に、 教員の中には、 多くの業務を抱え、 日々子どもと接しその人間形成に関わっていく使命を果たすことに専念できず、 多忙感を抱いたり、 ストレスを感じる者が少なくないとも述べられる。 加えて、 教員が職務を遂行するには、 教員間の学び合いや支え合い、 協働する力が重要であるが、 昨今教員の同僚性の希薄化が指摘されているという。 そして、 このような教員の問題点が挙げられた末に、 将来的な退職者の増加に伴い、 良質の教員の養成と確保がきわめて重要である との提言がされている。
 ここで、 以上で紹介してきた答申の記述内容を整理してみたい。 これまでで主張されている事柄を簡略化すれば、 【社会の急激な変化】→【社会に対応できる力を習得させて欲しいとの 保護者・国民からの 教育要求の増大】→【そうした要望に応えられるような 資質能力に優れ、 尊敬と信頼を得られる 教員の必要性】→【だが、 教員の一部には、 資質能力不足・不適格教員が存在】・【教員の多忙化】・【同僚教員との関係の希薄化】・【退職者急増に伴う教員の確保の問題】→【質量ともに申し分ない人材の早急な確保の必要性】→【教員養成・免許制度の見直しの必然性】という流れになるのだろう。
 中教審による答申は、 上記のようなロジックをとって、 教員の適性・資質能力を保証する目的から、 教員養成・免許制度刷新に説得力を持たせようとしている。 答申は、 教員養成・免許システム改正の意義について、 次のような言辞で強調している。 これからの社会や学校教育の姿を展望しつつ、 教員を取り巻く現状等を考慮すると、 教員に最も求められているのは、 広く国民や社会から尊敬と信頼を得られるような存在となることである。 このためには、 養成・採用・現職研修等の各段階における改革を総合的に進めることが必要であるが、 とりわけ教員養成・免許制度の改革は、 他の改革の出発点に位置づけられるものであり重要である、 と。
 こういった経緯と根拠のもとに告示されたのが、 今回の答申なのである。

2. 答申が示す 今後の教員養成・免許制度改革の向かう方向
 答申が打ち出している、 新たな教員養成・免許制度の方向性を述べる前に、 現行のシステムが答申においていかに認識されているかをまずは確認する。
 わが国の教員養成教育は、 戦後、 幅広い視野と高度の専門知識・技能を兼ね備えた多様な人材を広く教育界に求めることを目的に、 教職課程の認定を受けている大学(以下、 大学と略述) で行われてきた (大学における教員養成の原則)。 また、 国・公・私立いずれの大学でも、 教員免許状 (以下、 教免と略述) 取得に必要な所要の単位に係る科目を開設し、 学生に履修させることにより、 制度上等しく教員養成に携わることができるとした (開放性の教員養成の原則)。 そして、 これら原則に則った教員養成教育により、 質の高い教員が養成され、 わが国の学校教育の普及・充実や社会の発展に大きな貢献が果たされてきたのだと述べている。 しかし、 戦後半世紀を経た現在、 大学の教員養成課程に関しては、 (1)教員養成に対する明確な理念の未確立、 (2)学生に身につけさせるべき資質能力の理解の不十分、 (3)教職課程のシラバス作成や組織編成・カリキュラム編成の不備、 (4)講義中心で教職未経験者も担当することの多い学校現場と乖離した講義内容、 等の問題があるという。 合わせて、 教免の制度に関しても不都合が生じており、 教員として最小限必要な資質能力を証明するものとして評価がされていない教免のあり方 等 が問題点として挙げられている。
 こうした課題を踏まえて答申が訴えるのは、 「大学における教員養成」・「開放性の教員養成」 の原則を継承しつつも、 現在を教員養成の大きな転換期ととらえ、 再度その原則の理念を明確にし、 必要な改革を果断に進めていくことである。 そこで、 今後目指されるべき教員養成・免許制度の方向としては、 (1)大学の教職課程を、 「教員として最小限必要な資質能力」 5 を確実に身につけさせるものとする、 (2)教員免許状を、 教職生活の全体を通じ、 教員として最小限必要な資質能力を確実に保証するものにする、 という 2 点を掲げている。

3. 答申に盛り込まれた 今後の教員養 成・免許制度についての改革提言
 前節で述べたように、 答申が目指す教員養成・免許制度の改革の方向性としては 2 つが示されていた。 本節では、 これらを推進するにあたっての具体的方策に関して述べていく。
 答申の改革提言の第1としては、 (1)大学における教員養成の組織的な指導体制の整備がある。 大学自身の教職課程の改善・充実に向けた主体的取り組みが重要で、 また、 全ての教員が教員養成に携わっているという自覚を持ち、 各大学の教員養成に対する理念に基づいた指導を行うことが必要であるという。 なお、 全学的に責任を持って教職課程の運営・指導を行うシステムを確立するのに中心的な役割を担う機関である、 「教員養成カリキュラム委員会」 6 の充実・強化を図ることが指摘されている。
 次なる提言は、 (2)教職課程へ新たな必修科目 「教職実践演習 (仮称)」 を設定がある。 「教職実践演習」 (以下、 演習と略述する) がねらいとするのは、 履修を通じ、 学生に教員として最小限必要な資質能力の全体について確実に身につけさせるとともに、 その資質能力の全体を明示的に大学が確認することである。 将来教師になる上で、 自己にとって何が課題であるのかを学生が自覚し、 必要に応じて不足している知識・技能を補い、 その定着を図ることによって、 教職生活をより円滑にスタートできるように期待されるのだという。 この履修時期としては、 教職科目全部を履修済み、 あるいは、 履修見込みの時期 (通常は 4 年次後期) に設定することが適当という。 「演習」 の教育内容としては、 教員として求められる 4 つの事柄:@使命感や責任感、 教育的愛情等に関して、 2)社会性や対人関係能力に関して、 3)幼児児童生徒理解や学級経営等に関して、 4)教科・保育内容等の指導力に関して、 を含めるのが適当であるという。 授業方法については、 講義形式に限らず、 役割演技 (ロールプレイング)・グループ討議・事例研究・模擬授業等を取り入れるのが適切としている。
 さらに、 答申が提言していることに、 (3)教育実習の改善・充実がある。 大学は、 教員を志す者としてふさわしい学生を責任を持って教育実習 (以下、 実習と略述する) 先に送り出すことが必要であると述べている。 そのために、 学生の教職課程履修に際しては、 満たすべき到達目標をより明確に示すとともに、 事前に学生の能力・適性・意欲等を適切に確認する等、 大学の取り組みの一層の充実を図ることが重要としている。 その他、 状況に応じて学生への補完的な指導を行うことや、 そうした指導にもかかわらず十分な成果が見られないような場合は、 最終的に実習に出さないという対処も必要であるとする。 加えて、 実習期間においても、 大学は、 実習校・教育委員会と連携しながら、 責任を持って指導に当たることが重要として、 実習に対する大学の責任ある対応を明確化するのが適当とも述べている。 実習開始後に、 実習に臨む学生の姿勢や資質能力から問題が生じた時には、 大学は速やかに個別指導を行うことはもとより、 実習中止も含めた適切な措置をするように述べられている。 また、 いわゆる母校実習については、 大学側の対応・評価の客観性の確保等の点から課題が指摘されているとして、 できるだけ回避の方向で見直しを行うことが適当であるとしている。
 次に答申が挙げている改革提言としては、 (4)教職課程に係る事後評価機能・認定審査の充実がある。 つまり、 教職課程の質の維持・向上を図るための対策として、 大学に対して、 教育課程の内容・教員組織等に関わる定期的な報告を課し、 これに基づいて専門的見地から事後評価を行って、 結果 問題が認められた場合には是正勧告を行い、 改善が見られないなら最終的に教職課程認定の取り消し等の措置を可能とする仕組みを整備することを述べている。 同時に、 各大学における自己点検・評価の継続、 その結果に対する学外者による検証を促進していく必要性も指摘している。
 ところで、 答申は、 近年の社会構造の急激な変化や 学校教育が抱える課題の複雑・多様化等に対応できる、 高度な専門性と豊かな人間性・社会性を備えた力量ある教員の要請に応えるねらいから、 高度専門職業人の養成に特化した専門職大学院制度を活用して教員養成教育の改善・充実を図ることも重要視しており、 (5) 「教職大学院」 制度の創設を挙げている。 「教職大学院」 (以下、 大学院と略述する) は、 教職課程改善のモデルとして、 既存の教職課程の改善・充実を促進する期待があるという。 大学院の当面の目的・機能としては、 専ら教員の養成 または研修のための教育を行うことに限定し、 1)学部段階で教員としての基礎的・基本的な資質能力を修得した者の中から、 より実践的な指導力・展開力を備え、 新しい学校づくりの有力な一員となり得る新人教員の養成、 2)一定の教職経験を有する現職教員を対象に、 地域や学校における指導的役割を果たし得る教員として不可欠とされる、 確かな指導理論と優れた実践力・応用力を備えた 「スクールリーダー(中核的中堅教員)」 7 の養成、 といった 2 点を示している。 答申が提示する、 大学院創設に関する具体的制度設計としては次の通りである。 ○標準修業年限は、 (一般の専門職大学院と同様に) 2 年とする。 ○修了要件は、 2 年以上在学し、 45単位以上を取得する。 そのうち10単位以上は学校における実習による。 ○教育課程については、 学校現場における中核的・指導的教員として必要な資質能力の育成を目指し、 理論と実践の融合を強く意識した体系的な教育課程を編成すべきことを明確にする必要から、 @教育課程の編成・実施に関する領域、 A教科等の実践的指導方法に関する領域、 3)生徒指導・教育相談に関する領域、 4)学級経営・学校経営に関する領域、 5)学校教育と教員の在り方に関する領域、 の全領域にわたる科目を開設するのが適切。 ○教育方法・授業形態は、 少人数で密度の濃い授業を基本とし、 単なる講義にとどまらず、 理論と実践との融合を強く意識した教育方法 (事例研究・模擬授業・ロールプレイング等) を積極的に開発・導入する。 ○履修形態としては、 特に現職教員が職務に従事しながら履修ができるよう、 昼夜開講制・夜間大学院等の弾力的履修形態を可能とするのが適当 としている。
 さらに答申が提言していることとしては、 今回の教免法改正において最も物議を醸している事項 (6) 「教員免許更新制」 の導入がある。 答申は、 同制度導入の意義を訴えるにあたって、 教免に対する世間一般の認識を確認するところから始めている。 答申曰く、 教職課程認定では、 厳正な審査が行われているものの、 近年、 教員として必要な資質能力を責任持って育成しているとは必ずしも言いがたい教職課程が増加しており、 教免がいわば 「希望すれば、 容易に取得できる資格」 とみなされ、 社会的な評価の低下を招いているという。 教員として必要な資質能力の保持と向上に関しては、 これまで通り 教員の自己研鑽と現職研修の充実等が重要であることは言うまでもないのだが、 今日の公教育が直面している課題や急激な変化、 教員の果たす役割等を鑑み、 こうした状況を抜本的に改善するためには、 教免制度を、 恒常的な変化を求められる教員として必要な資質能力 を担保するシステムに改変することが必要だという。 そして、 このような理屈づけの果てに更新制が浮上してくるのである。 現在、 教免は、 (臨時免許状を除けば、) 終身有効であるが、 上述のように教員をめぐる実情が語られている中で教免制を再構築するには、 教免に一定の有効期限を付すことが適当であるとし、 教免の有効期限到来時に合わせ、 その時々で求められる教員として要求される資質能力が確実に保持されるよう、 必要な刷新 (リニューアル) とその確認を行う、 として全ての普通教免に更新制を適用するよう主張している。 現に教免を有している現職教員に対しても同制度を用いる必要性を述べており、 今後、 関係機関・関係者の理解・協力を得るための枠組みや、 導入に向けた諸準備を進める中で、 十分な見通しを立てた上で、 制度の実施時期を判断するとしている。
 答申が提示する、 更新システムに関する具体的な制度設計としては次の通りである。 ○教免の有効期限は、 一律に10年間とする。 ○更新の実施主体は、 免許管理者である都道府県教育委員会。 ○更新の要件は、 有効期限内に免許更新講習 (以下、 講習と略述する) を受講・修了の認定を受けることでなされる。 8 更新の要件を満たさないと教免は更新されずに失効するが、 その場合でも講習と同様の 「回復講習」 を受講・修了すれば再授与の申請を可能とする。 ○講習の開設主体は、 課程認定大学だが、 その他、 大学との連携協力のもと都道府県教育委員会も開設ができるものとする。 その際、 講習の一定の水準が維持されるよう、 事前に国が認定基準を定めて認定するものとし、 認定後も定期的にチェックをし、 講習の質の確保をすることが必要としている。 ○受講時期と講習時間については、 有効期限満了前の直近 2 年間程度の間に受講するものとし、 講習時間は最低30時間程度とする。 ○講習内容は、 学校種や教科種に関わらずおよそ教員として共通に求められる内容を中心とし、 教員として求められる 4 つの事柄:@使命感や責任感、 教育的愛情等に関して、 2)社会性や対人関係能力に関して、 3)幼児児童生徒理解や学級経営等に関して、 C教科・保育内容等に指導力に関して、 を含み、 さらに、 その時々で教員に求められる資質能力に関わる新たな内容も盛り込むとしている。 ○講習修了の認定は、 あらかじめ修了目標を定めておき、 受講者の資質能力を適切に判定した上で修了の可否を決定するとしている。  
 その他に答申が示している事柄として、 (7)採用・研修および人事管理・教員評価 等の改善・充実がある。 教員採用選考にあたっては、 都道府県・指定都市の教育委員会 (以下、 教委と略述) が、 教員養成段階で育成される確かな資質能力を前提としつつ、 求める教員像をより明確かつ具体的に示し、 これまで以上に人物評価を重視する方向での選考がされるよう述べている。 また、 今後の教員の大量採用時代を見越し、 中長期的な視野から退職者数・子どもの数の推移を分析・把握した上で、 教委が計画的な採用・人事を行うことも重要としている。 採用選考試験の受験年齢制限の緩和・撤廃や、 特別免許状・特別非常勤講師制度活用による民間企業経験者・退職教員の積極的な活用等、 多様な人材を登用するための一層の改善・工夫の必要性も指摘されている。 他方で、 問題を抱えた教員が教壇に立つことのないよう、 教委は、 引き続いて 条件附採用期間制度 9 の厳格な運用や、 指導力不足教員に対する 人事管理システムの活用による分限制度の厳格な適用を行うことが必要とも述べている。 なお、 学校教育・教員に対する信頼を確保するには、 教員評価の取り組みが重要ともされている。 それは、 単に査定のためではなく、 個々の能力・業績を適性に評価し、 教員に意欲・自信を持たせ育てていくような評価であり、 主観性・恣意性を排除した 客観性を持たせた評価制度を、 教委が確立していくことが挙げられてもいる。 そして、 評価の結果が、 任命・給与上の措置等の処遇に適切に反映されることも促されている。

おわりに
 前節において、 答申の示す 教員養成・免許システムの概要を述べてきたが、 この記述内容の傾向はどういったところにあるのだろうか? さらに、 制度改変により、 これより先、 良質の教員の獲得が果たされることになるのであろうか? 最終節では、 これらの問いに集約させる形で見解を述べ、 本論を結びたいと思う。
 まずはの問いについて、 答申の傾向を大きく 2 点でつかんでみたい。 1 つめとしては、 教育現場に直接に関わっている教員の不手際や問題性がかなりの割合で言及され、 教員への不信のまなざしが色濃い記述になっていることである。 ゆえに、 今日の学校教育が抱え込む困難について語られる際、 それを招いた原因は専ら教員にあるかのように、 能力不足・不適格教員の存在や、 教員の多忙化、 同僚教員との関係の希薄化等が取りざたされる。 その一方で、 教育行政側の来し方を顧みる文言というのは見当たらず、 従来からの方針・やり方に一切の不備はないと認識しているような印象すら受ける。 2 つめの傾向としては、 教員としての適正・資質能力・業績をはかるとか、 その結果を処遇に反映させる等、 チェック・査定に絡んだ評価主義的・成果主義的施策を多数打ち出していることである。 とりわけ、 そうした一連の業務における行政の主導的役割が言明されて、 影響力を増大させる方向へ舵が取られようとしており、 明確で厳密な基準を設けた上で評価と認証を担うことにより、 教員への管理統制を一層徹底させる方向へと収斂していこうとしている様子がうかがえる。 (本レポートで点線を付している部分は、 評価・査定に関わる事柄である。 その箇所を確認していただきたい。) それとの比較で言えば、 教員の境遇に配慮するような答申の記述は格段に限られている。 「教員の多忙感を減らし、 本来の職務に専念できるよう、 学校の事務・業務の見直し、 行政が行う調査の精選をすること、 事務処理体制の整備、 教員の精神面を支えるための相談体制を整えるよう努める必要がある」 との言葉が唯一見つかる程度である。
 では、 の問いに関して考えてみる。 新しい教員養成・免許制度を導入して、 教員に対する評価機能を上げていく策の末に、 優秀な教員が質量ともに確保でき、 ひいては教育現場がはらむ様々な困難が解消されることへと結実するのだろうか?
 筆者はこの問いに対して懐疑的な返答を示したい。 理由は以下の通りである。 確かに、 教員がライフステージにわたって、 職務を着実に遂行したり、 力量アップしていくには、 養成―採用―在職 の全過程を通じ、 教員としての姿勢・資質能力を点検・評価する (される) 機会は時に必要かと思う。 ただし、 同時に次の条件が最低備わっているべきと考える。 それは、 教員の職場環境の改善・学校の教育条件の整備が平行してなされ、 自己点検・評価を主体とし、 書類作成等に労力を割かれないこと、 である。 前者が進行していて、 教員の勤務形態がそこそこ安定しており、 時間的・精神的余裕が保たれ、 生徒 (児童) 指導・交流の機会が十分に設けられ、 教員が協力的・積極的に研鑽を積んで資質能力を向上させていこうとの意欲が抱けるような職場が確立されているのなら、 その時、 おそらく教員は何らかの形で教育活動に携わる自身を省察し、 今後の方向性を思案する見直し作業を行っていると思う。 また、 官製の評価であっても、 教育の条件整備が進んでいて、 評定にまつわる煩雑な資料記入等が極力課されないとすれば、 教員も多少構え方を違えて 応じられるかもしれない。 しかし、 環境改善の術は何ら講じられもせず、 トップダウンでの教員評価をひたすら重ねる方法が採られるなら、 すなわち、 教員に向けて、 業績目標を明瞭化させ、 これに照らし合わせて評価を開示するよう、 上位下達で指示するのが日常化するとすれば、 教員に、 自分の日々の仕事を不可なく消化することに専心する事なかれ主義的な働き方を助長してしまうかもしれないし、 同僚との協働性をますます手放させることになりかねないと思われる。
 そのような間断ないチェック機能が今後の教員養成・免許制度に組み込まれていくとなると、 質の高い教員を確保できるどころか、 定員数を満たすことすら難しくする可能性が出てくるのではないかとも考える。 近年は、 一昔前までの 教員志望者泣かせの絶望的な教員採用状況は変わりつつある。 これ自体は喜ばしいことであり、 教委の中には、 他地域に出向き説明会を開催する等の人材獲得に乗り出しているところもあるという。 にもかかわらず、 教職へと引きつけるのに好都合な要素が乏しいのも事実である。 例示すれば、 民間企業の就職状況の好転、 (答申も指摘していた) 世間による教員への不信やバッシングや教職の厳しさ・大変さの誇張があろう。 加えて、 (前節で取り上げた) 更新制、 人材確保法による教員給与の優遇措置の見直しという悪条件が並べば、 教員に対する負のイメージが浸透していき、 結果として、 教員養成課程履修者の減少や定年前に早期退職するといった教員離れを引き起こすことは自然の成り行きと思われる。 現に、 早期退職する公立学校の教員は、 ここ数年急増しており、 今や総退職者の 6 割を越えるという。 うち、 7 割以上が40代・50代のベテラン教師であり、 原因究明のために行われたアンケートでは、 「生徒や保護者対応による精神的疲労」・「自信や意欲の喪失」 といった回答がされたという。 10 とかく、 新聞報道・行政当局は、 日本の教育の実態に対して過敏とも受け取れるほどにネガティブな見解を示す。 教育再生会議の第 1 次報告では、 今の公教育は 「機能不全」 との強い表現を用いており、 再生の柱の 1 つに 「教員の質の向上」 を掲げている。 教育という分野は手がつけやすいのか、 その上に人々の支持を得やすいのか、 昨今、 「改革」・「再生」 という名のもと、 大掛かりかつ急進的に教育面の方針転換が迫られるケースを度々目にする。 教員養成・免許制度の行方を定める今次の答申においても動向は似ており、 学校や教員の現状を憂い、 この打開のために、 官が主導権を握りながら、 評価・管理を貫徹させ、 それを処遇や人事に反映していく、 縦系統の 1 本の太いラインを構築・維持しようとする意図  久冨善之 (一橋大学、 教育社会学・学校文化・教員文化・生徒文化・学校知識論) は、 近年の 「規制緩和・権限委譲・自立経営」 の推進で、 国家による統制は後退したようにも見えるが、 「目標・競争・評価」 とセットになることにより、 「評価国家 (evaluative state G.ニーブの用語)」 という形式でもってより巧妙に再編されたに過ぎないものともとれるといったことを論じている。 11   が明らかである。
 けれども、 学校教育や教員をめぐる実情を思い起こすと、 マスコミや行政が訴えるほどに危機的な事態に陥っているとは断定できない側面を挙げることもまたできる。 この点について述べれば、 わが国では、 ここ数十年来教員不足が問題視されたことはない。 しかし、 最近の日本が教育のモデルとしているイギリスを始めとした諸外国では、 教員の成り手不足が常態化 12 しているのである。 このように、 わが国が今日まで教員志望者数が採用人数を上回る情勢を維持できた要因・強みとして、 佐久間亜紀 (上越教育大学、 教育学・教師教育論) は、 教職という仕事のやりがい、 自立性・社会的地位の高さ、 公務員としての安定感、 一般公務員より高額な給与を指摘している。 13 他国との比較の視座に立ってみれば、 日本が作り上げてきた教員に関連したシステムやそのあり方は必ずしも悲観されるばかりでなく、 利点をも認めることができるのである。 ならば、 教育現場で編み出されてきた取り組みを見直し、 その良き部分を継承し活用していくという、 既存の枠組み内で教育改良の糸口をつかむ道筋もあるのではないだろうか?むしろ、 こちらの解決策の方が、 現場を基点に発想されたことなので、 よほど教員や学校の現実に合致しており、 容易で効率的に教員の目的意識と質を上げることができると思われるのである。 1 例を挙げるとすれば、 (前出の佐久間も提示しているが、) 諸外国から高く評価されていてわが国に特徴的と言われる 「校内研修」 14 を再び充実させるという手だてがある。 行政主催の講習に出向くことでの時間的リスクはなくなるし、 教員同士の情報交換や切磋琢磨ができるので、 答申が問題点としている 教員の多忙化・同僚との関係の希薄化 を軽減することにもつながり、 各学校の状況に即しつつ学び合う過程から 教員の士気・資質能力の向上を もたらすことも可能になると考える。
 教師というのは、 学校現場の只中で教育活動に携わり、 同僚や生徒 (児童) と関わって、 教育実践を積み上げながら教師になっていくのだ、 としばしば耳にする。 そのような意味で教員が成長を遂げるのに不可欠な教育行政は、 教職生活を通して、 やりがいが感じられ、 子どもと関わる機会が保たれ、 主体的な学びを継続していける 教育環境の検討・支援・整備であると考える。 この要件が備わっていてこそ、 他の施策も効果を持つであろうし、 真の意味での改善足り得るのだと思われる。 だが、 今回の答申が示した提言は、 その観点がきわめて弱い。 同時に、 わが国の教員が長年にわたって享受し誇りとしてきた職業的自立性を保証したり、 教員の働きがいやモラールを増進する施策であるとも考えにくい。 教員を、 過剰な評価・管理で締めつけて規格化していくばかりでなく、 現場の声に耳を傾け、 教員達が意欲的・協同的に職務に臨み、 積極的に子どもと交流できたり、 自己研鑽を積める、 時間的・精神的余地を与えるような 条件整備にも目配りしなければ、 教員はますます閉塞感を覚えて活力を失くし、 将来の教員の人材確保も危うくなってしまうのではないかと憂慮する。
(おきしお ゆきこ 教育研究所員)
【 註 】
  1. 答申全文については、 以下のURLを参照していただきたい。
    http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/06071910.htm
     
  2. 「解説委員室ブログ(NHK)」 中の 「おはようコラム "教育再生"法案化大詰め 」 (2007年2月28日放送内容)より。 http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/300/2121.html#more
  3. 神奈川県高等学校教職員組合高校教育問題総合検討委員会、 「〈国家戦略としての教育〉を強制する教員免許更新制」、 『高総検レポート』 No.85、 2006年9月。
    同レポートの骨子は次のようになっている。
    1)世論は教員免許更新制を支持していない。 新聞各紙社説は批判・疑念を報じている。
    2)2002年度の中教審答申では、 制度上の問題から教員免許更新制導入を実質否定し、 むしろ 特別免許状の活用等による教員免許制度の 「弾力化」 が政策化されたはずである。
    3)今回の中教審答申は、 制度上の問題に対する合理的な説明を何ら行わないまま強引に教員免許更新制導入を図ろうとしており、 説明責任を果たしていない。
    4)教員免許更新制度の目的は、 「国家戦略としての教育」 の強制である。
    5)法的な側面から、 また、 条件整備の非現実性追求の側面から、 教員免許法改悪反対の運動に取り組むべきである。
  4. 「指導力不足教員」 の定義について、 国による一律の基準はまだない。 東京都教育委員会が、 1997年度に、 子どもを適切に指導できない教員を 「指導力不足教員」 と認定して指導する制度を設けたことを契機に、 同様の制度が全国に波及した。 現在審議中の 「教育公務員特例法」 に、 同教員を認定する制度が盛り込まれるとみられる。
  5. 「教員として最小限必要な資質能力」 について、 答申は、 「養成段階で修得すべき最小限必要な資質能力」 であり、 具体的には、 「教職課程の個々の科目の履修により修得した専門的な知識・技能を基に、 教員としての使命感や責任感、 教育的愛情を持って、 学級や教科を担任しつつ、 教科指導・生徒指導等の職務を著しい支障が生じることなく実践できる資質能力」 と定義している。
  6. 「教員養成カリキュラム委員会」 が果たすべき役割の事例として答申が挙げているのは、 1)教職課程の編成やカリキュラムの検証・改善(常に学校現場・社会のニーズを取り入れた課程を目指す)、 2) 「教職実践演習(仮称)」 の実施・評価、 3)教職指導の企画・立案・実施、 4)教育実習やインターンシップ等における学校や教育委員会との連携協力、 等がある。
  7. 「スクールリーダー(中核的中堅教員)」 について、 答申は、 「例えば、 校長・教頭等の管理職等 特定の職位を指すものではなく、 将来に管理職となる者も含め、 学校単位や地域単位の教員組織・集団の中で中核的・指導的な役割を果たすことが期待される教員」 であると定義している。
  8. .ちなみに、 更新の要件について、 教育再生会議は、 2007年1月24日に発表した第1次報告の中で、 10年ごと30時間の講習受講のみで更新するのではなく、 教員の実績や外部評価も勘案しながら、 講習の修了認定を厳格に行う仕組みを構築するよう提言している。
  9. ちなみに、 条件附採用期間制度に関しては、 2007年3月2日、 自民党の教育再生特命委員会が、 新採教員の免許更新時期が10年後では遅すぎるとして、 現在1年間とされている条件附採用期間を延長する策を導入するよう 文科省に要請することで一致したという。
  10. 「クローズアップ現代 (NHK)」 ホームページ中の 「教師が辞めていく」 (2006年6月21日放送内容)より。 http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2006/0606-4.html
  11. 久冨善之、 「子どもと教師の苦悩と希望」、 『日本教師教育学会年報』 第13号、 2004年、 12頁。
  12. イギリスにおける教員不足の状況に関しては、 本誌 『ねざす』 34号(2004年11月)中の 「海外の教育情報 イギリスの新聞記事を読む」 の〈教育改革で、 教員は余儀なく退職へ〉の記事を参照していただきたい。
  13. 「三者三論 〈教員の質〉落ちてるの?」、 朝日新聞記事(2007年2月23日)より。
  14. ちなみに、 わが国に特徴的な教師文化のその他として、 校外での自主的研究サークル・教師向けのジャーナル・教師の実践報告を記述した文献などが挙げられるという (稲垣忠彦・久冨善之編、 『日本の教師文化』、 東京大学出版会、 1994年、 39頁)。

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