「外国人講師と学校事務」

 
教育研究所代表 佐々木 賢

 06年 1 月、 神奈川県立伊勢原高校の外国人講師ALT=Assistant Language Teacherジョン・ウィリスさん宅に県教委から 「民間委託確認書」 というファクスが送られてきた。 この職が 4 月から民間業者に委託されることが記され、 業者に紹介して欲しいかどうかを問うている。 事実上の解雇なので、 ウィリスさんはショックを受けた。
 数日後、 県教委の職員がやってきて、 確認書へのサインを求めた。 委託された場合の給与や契約内容について、 確認書には説明がない。 質問したところ、 その職員は何も答えることができなかった。 ウィリスさんは渋々サインしたが、 その後、 業者からの誘いがなく、 県立高校の職を失った。
 県に在職するALT89名の内、 民間業者に採用されたのは40名だった。 全国一般労組神奈川は県教委に業務委託の撤回を求め、 今年 3 月、 7 名がほぼ現状に復帰した。
 救済申し立ての一人で、 過去20年間県立大和高校等で教鞭をとってきたビル・シーバースさんは 「私がこれまで教えた生徒は 1 万人を超える。 英語をコメディ風にするなどの工夫をして、 生徒を英語好きにするよう努めてきた。 そのキャリアを無視し、 全員を民間に委託しようとした。 これは不当な扱いだ」 と怒っている。
 県教委高校教育企画室は 「外国人講師の身分は非常勤嘱託であり、 資格試験による採用ではない。 助手の研修を実施せねばならず、 その費用や手間を考えると民間委託の方がいい」 と説明している (毎日新聞、 07年 9 月12日)。
 また別の記事がある。 外人講師が加入する労組ゼネラルユニオンが大阪労働局に講師の処遇について改善を要求した。 調査の結果、 高槻・堺・枚方・東大阪・松原・寝屋川の 6 市教委に 「労働者派遣法に違反する偽装請負の恐れがある」 と指摘した。 業務請負業者を通じて学校がALTを雇用した場合、 専任教諭とALTが、 授業前に打ち合わせをしたり、 授業中に協力すると、 学校側の 「指揮命令」 に当たり、 派遣法違反になるのだ (読売新聞、 07年 3 月23日)。
 02年では全国に8800人いたALTが、 06年には11000人に達している。 指導要領の改定で小学校にも英語が導入されたので、 これからますますALTが増える。 外部委託は労働者全体の由々しき問題だ。
 第一に、 その処遇を見ると、 県の直接雇用の場合は時給3350円であり、 フルタイムで働くと月収が22万から25万円程度になっていた。 民間委託にされると、 時給1500円になり、 講師の収入は半分以下になる。 しかも社会保障はつかない。
 第二に、 業務請負が派遣法違反になることだ。 違反しないためには、 授業内容について、 専任と講師とが打ち合わせができない。 専任と講師が一緒に授業を進められないと授業の質が低下する。 学校側から業者に授業計画を相談したところ、 何時までも、 返事がこなかった例がままあると聞く。 授業に無関心な業者が多いからだ。
 第三に、 採用や研修が業者任せになる。 噂によると、 悪名高いNOBAなどは、 電車の中で講師をスカウトしていたという。 教師経験や教員免許も考慮せずに、 塾や英会話学校で採用された外国人講師が学校に入ってくる。 塾に就職し、 勤務は学校という講師が増えてくる。 その反面、 学校でキャリアを積んで、 熱心に生徒を教えてきた講師が締め出されていくのだ。
 ところで、 宮崎県小林市では、 市立の小中学校19校の事務職員21人に、 教師業務の一部を代行させている。 その業務は、 教材費の集金や名簿の作成や校外授業の準備などである。 教師業務を代行すると、 事務職員が忙しくなるが、 市側の説明によると、 給与や文書管理はソフトを入れ共同処理をするから、 それていい筈だという。 (沖縄タイムズ07年12月 4 日)
 折しも、 神奈川県で高校事務合理化案が浮上した。 高校事務を民営化する案だ。 この案は見送りとなったが、 その内容に注目しておきたい。
 県内高校の空き教室など10箇所に総務事務センターを置き、 庶務・財務・管財を一括処理する。 事務の窓口はパートなどの非常勤に任せる。 共同学校技能員に学校を巡回させ、 設置工事や環境整備業務やトラブル対応などの現業業務をさせる。
 旅費計算はマンパワー・ジャパン社とニッソー・ビジネス社に民間委託する。 これによって、 事務職員70人をリストラできるという。
 また、 横浜市教委が 「方面別学校教育センター」 案をだしている。 これまでの横浜18区を 4 方面のセンターに括る。 このセンターで各学校を支援し指導する。 支援・指導の内容は、 @学校経営と教育課程、 教職員や学校経営状況を把握し、 いじめや体罰事件の初期対応、 教育課程編成や授業改善学校マニフェストの進行を管理する。
 A人事について、 教職員を評価し、 昇給案と、 人事異動案を作成する。 B事務について、 校費の執行や支出を審査し、 営繕や事務執行の相談にのる。 要するに、 「適性な管理規模」 にして、 学校の課題に対応できるようにする、 というものだ。
 外国人講師の業務請負会社への委託、 事務職員の教師業務代行、 学校事務の共同化とIT化と民間委託、 学校支援・指導センターの設立、 この一連の動きは何か。
 目的は 2 点に絞られる。 一つは経費の削減、 もう一つは管理強化である。 働く者の立場からすれば、 賃金が減り、 リストラの危険にさらされ、 仕事は忙しくなり、 上からの管理が厳しくなり、 何一つ、 いいことがない。 このような改革をなぜ、 地方自治体が進めようとしているのか。
 だがこれは、 自治体の問題ではない。 文科省が各自治体に 「この方向に進め」 と指導しているからだ。 08年度の文科省の概算要求を見ると分かる。 学力向上策として、 「主幹教諭のマネージメント強化」、 「教師事務負担軽減」、 「複数校事務共同実施」 ということばが出ている。
 また 「メリハリ給与」 と称して、 「教員給与の縮減」 「勤務実態の把握」 「教職調整額の見直」 「副校長・主幹教諭・指導教諭処遇・校長教頭手当拡充」 が盛り込まれている。 また、 今までなかった 「外部人材活用予算」 を77億円、 「事務外部化」 と称して 「学校ボランティア活用事業費」 を205億計上している。 また 「学校評価システム構築」 費用として、 前年度763億円を863億円に、 100億円も増加している。
 では文科省のせいなのか。 それも否である。 06年の学力一斉テストを提唱したのは04年の 「甦れ日本」 と題した経済財政諮問会議である。 また、 安倍内閣の 「教育再生会議」 のメンバーに教育学者がおらず、 財界と学校経営者が占めていた。 今正に、 財界主導の教育改革が進んでいるのだ。
 教育民営化政策の下では、 教育は 「サービス」 であり、 学校は 「経営体」 と見做され、 決して公共体ではない。 財務省の諮問会議は一貫して 「学校効率化」 を、 総務省の地方行革委員会は 「業務外部委託」 を提唱し、 それを受けて、 文科省が一連の教育行政を地方の教委に強いたのだ。
 財界主導の教育改革は公教育を縮小し、 民間業者が教育で儲ける道を開くことになる。 親は教育費が上がり、 公立校統廃合で子どもの居場所が少なくなり、 教師や事務や講師は賃金が下がり、 労働条件が悪くなり、 やはり、 何一ついいことはない。 今こそ、 非常勤と専任、 事務と教師、 親と教師が連帯すべき時である。





(ささき けん)
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