教育討論会を振り返って
 
武田 麻佐子

  「格差社会」 という言葉がマスコミをにぎわす以前から、 当研究所では、 家庭の経済と生徒の学習状況・保護者の教育への関心の間には格差が生じているこに着目してきた。 また、 教職員の間では、 目の前の生徒の実態から、 経済や学力等に格差が生じていることはすでに周知のことであった。 しかし、 あらためて、 本研究所の調査から高校生の経済格差は明らかであり、 更にそれが拡大していることが伺える。 そのことは参加者がデータをもとに共有できたといえる。
 このような現状の中で、 2007年度より県教委は学力重点校の指定を行っている。 県民のニーズを理由としたものではあるが、 これは従来県教委の姿勢にはなかった、 公教育への格差の導入の是認である。 その一方で定時制や課題集中校の様々な課題は放置される。 このことに関する問題点も明確になったのではないかと思う。 この春開校の新しい通信制高校や09年度開講される新タイプ校 ( 3 校)、 県立では初めての定時制単独校は、 中卒生の十分な受け入れ先となりうるのか。 新たな不安もわいてくる。
 若者の高卒後の働き方の問題も大きい。 ここ数年の教育討論会でも 「キャリア教育」 に関連する発言が出ているが、 実態はどうなっているのだろう。 若者にとっての働く目的は、 自己の能力を生かして働く自己実現派と生活のために金を稼ぐ手段派に分断されていると思われる。 育った家庭環境の格差が次の世代まで引き継がれていくことを考えると、 格差がここにも手を貸していると思えてくる。 金をかけてより高い教育を受けた者 (またはこれからも受けられる者) は、 自己実現としての職業に就きやすい。 しかし、 そうではない環境で暮らさざるをえない者にとっては、 自己実現できる職業は理想ではあるものの、 自分に合っていてそれなりに生活費を得られそうな就職口を探すことで妥協していく傾向にあるとも言える。 そう考えると、 高校で学ぶことのある一面 (狭い意味での学力等) での意義は一方では見いだしやすいが、 その一方で社会に受け入れてもらうための高卒資格としてしか考えられない者もいるのではないか。 生徒達にとって 「キャリア」 教育とは何だろう。 また、 高校に通うことの意義とは何だろう。
 すでに賃金の安い海外に生産等の拠点を移していることや、 今後日本の労働力不足を海外から補うことになろうこと、 高学歴化する若者達がいわゆるホワイトカラー的な労働を目指しがちな中でブルーカラーと言われてきた労働の価値をいかに見いだすかを考えていかねばならないことなども考えねばなるまい。 労働者として人はいかに尊厳を認め合い連帯できるのかなど、 教育の問題として考えるべきことは多い。
 討論会終了から数ヶ月たつが、 次から次へと押し寄せる教育を巡る改変や課題に対して、 改めていろいろなことを考えた。

1 私たちが考えるべき課題
 さて、 現状を訴える声に対して、 どうするかが見えてこないという声は、 会場アンケートからも伺える。 もちろん公教育の商品化の問題や社会保障のあり方や労働法制の問題は大きい。 しかし、 従来から教員は問題を指摘することで終わってしまっているという、 横山氏の指摘 (本号への寄稿) は的を射たものといえる。 そこで次へのステップとなりうることとして、 実現へ向けて取り組む具体的課題としていくつかを考えてみたい。

(1) 公立全日制高校への進学機会の拡大
 研究所アンケートなどでも、 定時制高校生は本来は全日制に入学希望を持っていた者が多いことが明らかになっている。 また、 07年度の入学者選抜では通信制単独校に希望者が殺到したが、 これは昼間に通える全日制的な部分が中学生や保護者に支持されたためととることもできよう。 私立高校への進学には経済的な負担から対応できない家庭も多い。 今春は多くの全日制高校で定員を上回る合格者を出した。 しかし、 このような形ではなく、 当初からの全日制の定員枠を十分に設定することが、 教育行政の県民に対する責任である。

(2) 高校生・高卒進学者への経済的援助
 大学は入学しやすい状況が生まれている。 専門学校も同様であり、 そこで学ぶことにより得られる資格や技術も多い。 専門学校や大学等への進学を経済的に支援するための策を講じることが必要である。 討論会でも佐藤氏から奨学金制度の問題点が指摘されているが、 現場での問題点を整理し、 学校として関係機関に声を上げていくことが必要であろう。
 3 月13日放送のNHKTV番組で県内の定時制高校が取り上げられていた。 卒業後の進学に向けて、 アルバイト収入を貯金をしているケースが取り上げられていたが、 同様の状況は各学校にもあるだろう。 アルバイトももはや遊興や趣味のためとはいえない。 生活費として必要不可欠な高校生、 進路実現のために行わざるをえない高校生も相当数に上ると推測される。 奨学金制度の拡充 (学力基準の撤廃・受給人数の拡大・無利子化や入学前準備金の貸与など) は急務である。
 また、 生活保護の高校生への拡大も重要だ。 高校生=働くべき者=保護される対象ではない、 という図式からは脱却する必要がある。 中卒での就業は年齢的にもかなり難しい。 正規就業が難しくなり派遣等の雇用で生活をたてることは、 長期的に見れば次なる格差や貧困状況を生み出しかねない。 高校生までは義務教育と同等 (無償ではないことから考えれば、 またはそれ以上) に措置するという発想の転換が必要なはずである。 このような問題では保護が必要な当事者からの声は上がりにくいのではないだろうか。 高校生の生活状況の一端を知る教職員が声を上げていく必要があろう。 自治体労働者との課題の共有も図るべきであろう。
 高校入学以前での家庭の経済状況と学習環境の格差も大きい。 就学援助等、 義務教育段階での援助の拡大を図る必要がある。 せめて、 給食・教材費・行事費等への援助が必要ではないか。

(3) 教育予算の分配
 国段階はもちろんのこと、 県内での、 今後の動向にも十分注意を払う必要がある。 学力重点校への傾斜配分ではなく、 とりわけ教育条件整備が緊急に必要な定時制や通信制、 課題集中校への人的措置や予算配分を行うべきである。 これは所得の再分配の際に、 より下位層に厚くすることによって社会を支えるという発想である。
 また、 小学校段階から少人数学習等ができるよう教職員定数の改善・条件整備も緊急に求められる。 高校教員が高校に目を向けるだけでなく、 公立小学校教員や保護者と連帯した取り組みをすすめるべきである。

2 私たちの中にある課題
 いくつか施策として要求することを上げてみた。 しかし従来から施策を要求はしても、 そのほかの取り組みは必ずしも十分だったわけではない。 私たち教職員内部で取り組まねばならない課題を考えてみたい。

(1) キャリア教育
  「キャリア」 という言葉は流行しているが、 それが何をさすのかは曖昧なまま、 国や県からのかけ声で動いているのが実態であろう。 進学・就職の技術指導や就業体験・企業訪問や職業講話だけではなく、 社会を構成する労働者を育成する教育を考えてみよう。 現在の高校生にとって、 労働法制や社会保障についての学習と合わせ、 権利としての労働・社会的責任としての労働の意味や質、 長い人生を労働者として生きる上で必要な自己表現力や他者理解力などを養うことが大切であろう。 次に述べる市民教育とも共通するが、 特定教科内での実践にとどめるのではなく、 学校としての共通理解の上での取り組みを構築することが重要である。

(2) 市民教育・政治教育
 市民を育成する教育とは 「投票に行こう」 「裁判員となって司法に参画しよう」 というような教育ではない。 社会を構成する市民としての責任と権利を知り、 それを実践するための教育である。 教職員自身も世の中の仕組みを知っているとは言い難い面もあり、 とかく社会科教育に任せてよしとする傾向にもあるのだが、 担任がHR等で教育実践することも含めて、 教育課程の中で位置づける必要がある。
 成人後に、 生活保護・雇用保険などを理解し申請できる力を養うことはもとより、 自己の責任を自覚するとともに権利を主張できる力・他者と連帯できる力・弱者の立場に立った社会への変革に向けて発言できる力を育てたいと考える。

(3) 教員の意識改革として
@ 公立の学校の存在意義
 このことを今まできちんと考えてきただろうか。 私たちは比較的経費のかからない学校であることだけに頼ってきた部分も大きい。 そこに 「学校選択」 という保護者のニーズを持ってこられてしまったため、 「学力」 や 「部活動」 「特色」 という物差しでの競争を強いられてしまったとも言えるのではないか。 公立学校には、 多様な人々の中で学ぶこと、 小中学校の場合、 地域の学校へ通えることなど私立学校の物差しでは測れないものがある。 そのことを市民に伝える努力は十分であったとは言い難い。
 中高一貫校の高校からの入学募集中止に関連した朝日新聞のインターネット記事で下記のような記述を見つけた (08年 1 月15日)。 「しかし、 募集停止には問題もある。 09年度から計画している愛知淑徳学園 (名古屋市) では、 似たような境遇の生徒ばかりがずっと一緒にいることで、 社会性が欠如することを心配する声も上がったという。」 様々な子どもたちがいる中で、 人は育っていくのではないだろうか。
 すでに小中学校段階から、 保護者の私学志向が強まっている。 私学も生き残りをかけ、 学校改編や生徒募集を行っている。 公立中学生にも、 進学に特化した私学に対抗する公立の学力重点校を歓迎する風潮もあるが、 このような現在だからこそ再度考えてみるべき問題である。

A 保護者との対応
 従来は、 保護者との協力=保護者に我々の考えを伝えるという視点からの対応が多かったような気がする。 そして、 今、 保護者の教育力の低下=批判の対象、 と見ている傾向はないだろうか。 この流れの中では、 なかなか保護者の信頼は得られない。 ここ数年で 「家庭の責任」 を必要以上に強調する場面が多くなっている。 格差社会の中では保護者自身も経済的にも精神的にも困難な状況にある場合が多い。 このままでは保護者はどんどん追いつめられてしまうだろう。 保護者が追いつめられれば、 その影響は必ず子どもに及ぶ。
 本来、 保護者と私たちは対立ではなく、 子どもの成長を見つめる視点を共有する存在であるはずだ。 会場からも、 親に 「算数が分からない」 と言っても教えてもらえなかった高校生の話が出ていたが、 そのような親を、 教育力の不足という視点で見てはいないだろうか。 生活が困窮し授業料の払えない保護者や子どもにゆとりをもって対応できない保護者も多い。 「あの保護者はだめ」 と一方的に考えてしまうことからは何も生まれない。

B 適格者主義の克服
 多くの高校では 「定員内不合格を出さない」 取り組みを続けてきた。 そこには子どもの可能性に信頼を寄せ、 学習権を保障していこうという姿勢が見えた。 しかし、 入学者選抜の募集時に志願者が少ないと、 必ず聞こえてくるのが、 「全員入れなければならないのか」 と言う声である。
 県立高校の中で進学重点校を指定する時代を迎えた今、 「進学校」 とそうではない学校という格差は固定化されることが明確になった。 会場からは進学重点校のやり方に対して見ないふりをしてしまいがちな教員の問題が指摘されていた。 格差の下に位置づけられた学校になりたくないという意識が教員に働き、 学力面でも生活指導面等でも、 学校が新たな適格者主義へと向かっていくことが危惧される。 学校には学習以外にも人間関係等様々な意義がある。 そして学校以外には15歳の若者の居場所は限定されがちである。 就職や中退者の受け入れ校や、 成人への通信制等の学びの場もあるから、 学びたい気持ちの薄い生徒はすぐに排除されてもよいとする理由は、 受け入れがたい。
 適格者主義による排除の理論は、 さらなる格差の拡大に手を貸すことになるだろう。 アンケートの記述中にも 「学校そのものの役割を問い返す、 根源的なテーマ設定はいかが」 とあったが、 学校の存在意義からもう一度議論してみてもよいのかもしれない。

 最後にアンケートについてふれておこう。 回収数は26であった。 参加者が58名であったことから考えると、 かなり高率でご意見を寄せていただいたことに感謝したい。 記述部分については以下の資料を参照されたい。 回答意見から見ると、 今回のような討論会の方式は悪くはなかったと思われる。 ただ、 現状をより知りたいと言う声や、 学校関係者の話は分かりにくいという声 (一般市民・報道関係等) と、 現状は分かっている・どうするかを知りたいと言う声 (学校関係) の双方に満足のいく討論とするためには工夫が必要であった点も多いと思う。
 多くの参加者が、 教育関係者であった中、 昨年に引き続き、 一般市民の方の参加があったことは大変ありがたいことである。 毎回、 このような集会後には指摘されることだが、 いかに参加者層を広げられるかが課題である。 小・中学校からの参加者も数名あった。 小中学校での具体的な取組なども紹介していただけたらもっと良かったかもしれない。

(たけだ まさこ 教育研究所員)
資  料
アンケート 回収数26

Q1 性別
男 16 女 8 無回答 2
        
Q2 年齢
20代  1 30代 1 40代 7
50代 11 60代以上 4 無回答 2
           
Q3 職業 
高校教職員   16 中学校教員  1
小学校教員   1 教頭 (高)    1
教育行政関係  1 自営業    1
主婦・主夫    1
その他  (元所員 1  無職 1  公務員 1  無回答 1)
     
Q4 この集会をどこでお知りになりましたか。    複数回答あり
  • チラシ・ポスター 10
  • 研究所ニュース 「ねざす」 13
  • 同僚・知人 3 
  • その他 (昨年も出席 1 職場会 1 )  
Q5 教育討論会の感想はいかがでしたか。   複数回答あり
 よかった11   ややよかった10   普通1

Q6 その理由
よかった
  • タイムリーな課題でした
  • 「教員世界」 ではいわば常識化されていることが、 きちんとデータ化され、 誰の目に も明らかになったこと。
ややよかった 
  • 教育格差、 学校の現状がわかった。
  • もう少し現場の話を伺いたかった。
  • 会場の発言を少しコントロールした方が良かった。 論点を絞るためにも。
  • どうなるのかのテーマでしか出来ない現実であり益々、 どうなるかの方が大きい。 し かし何とかならないかを目指して話し合う空気が重要と思います。 もっと多くの人の 参加があることが課題。
  • 会場からの発言があって良かった。 もっとも 「身内の発言」 と思われるものが含まれ ますが……。
  • 多くの現場で今何をなすべきかという点をもう少し深めることができると良い。
  • 現状が少し理解できた。 ちょっと抽象的な内容が多かった。
  • いろいろな場合の実状を知りえたが、 討論会の進め方を、 多くの発言を求めるとした ので、 まとめが足りない気がする。
Q7 現在の高校制度や本日の教育討論会のテーマである格差問題について、 ご意見などをお書き下さい。
  • 再生産しないことを常に頭に置くことがぜひ必要だと思います。
  • 問題や課題が明確に把握されているのなら、 それに対して何をなすべきか、 どう対策をとるべきかを提言、 実行する方向での進行を望む。
  • 高校ばかりではなくこの問題は小学・中学にもあり、 教育の場はよくなることはない。 高校へ、 行かない、 行きたくないという意識を持つ子どもが増加している。
  • 国なり県なりの格差を助長する政策については、 きちっと批判していく必要がありますね。
  • 格差の問題は、 学校制度の問題だけではなく社会の経済格差そのものの反映である。 「教育は公共性のあるもの」 という常識が崩れ、 市場原理に侵されている現実があまりに重い。 どうにかしなければいけない。
  • ひずみを定時制に押しつけ、 課題集中校が見えなくなった時、 全日に教育の競争をさせている。
  • 高校も社会の一部であることを踏まえて討論する必要を感じた。
  • 言われたとおりだと思います。 このまま進行するととんでもないことになる予測を声高に現場から訴えていく必要があると思いました。
  • どうなっていくのか不安です。 今の小学生にどう影響するのか。
  • 現状の日本の政治、 経済状況に格差を是認する勢力が存在し、 それが将来的に兵隊の志願制を考えているのではないか。 アメリカがそうであるように。
  • 経済格差が教育格差を生み、 それがさらに格差を拡大・再生産している現状がよく理解できた。 ではそれらにどう立ち向かうか、 上意下達が進行している厳しい情勢の中で、 少しでも可能なところから風穴をあけるしかないのではないか。
Q8 今後、 教育討論会やシンポジウムで取り上げてほしいテーマ
  • 教師にやる気をなくさせる神奈川教育改革に抗して!
  • 教育と労働
  • 学校そのものの役割を問い返す、 根源的なテーマ設定はいかがでしょう。
  • シラバスとその実施状況を県教委が、 授業観察をして調査したと聞くが、 なぜ?とんでもないことでは……
  • 「若年労働者の労働実態」 −私たちの教え子は数年後どのように生きているのか。 卒業生から話を聞くと、 長時間労働と上司からのイジメ等でウツに陥ったり離職せざるを得ない若者が増えている。 イジメる若い上司 もノルマに追われ追いつめられている。
  • 学校という一つの建物の中で、 議論するのではなく、 地域とのつながり、 地域の中での子育て、 教育という視点をテーマとした内容について
  • いわゆる 「学力低下」 をどう改善するか。 (高校へ送り出す立場として、 悩ましいところです)
  • 危機に瀕した今の教育の問題
Q9 その他
  • 大変勉強になりました。
  • 頑張って!! シニアの一人より。
  • 「キャリア教育」 花盛り (上からの強制) だが、 佐藤さんもいも言われたように 「働く者の権利」 をキャリア教育の中でも扱うべき。 私の勤務校では人権教育の中で、 「働く者の人権」を予定している。
  • 各学校の現状発表になりがちだったことが残念。 佐々木先生の”教育の商品化”に興味が持てた。 「進学率」 「授業料免除率」 の資料の詳細な説明は良かった。
  • 色々と参考になりました。
  • 今日における、 最大の教育課題と思われるが、 現場教員を含め、 参加者が少ないのは残念。 またこの課題共有化のためにも保護者・市民の参加が不可欠と思われるが、 それも皆無に近かったのはひじょうに残念であった。
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