シリーズ 『教育現場の非正規雇用』
第1回 ALTの業務民間委託
(直接雇用・非常勤外国語指導助手)
 

 
金沢 信之

はじめに
 当研究所の所誌 「ねざす」 41号 (2008年 5 月) の巻頭言で、 佐々木代表が神奈川県のALT (校長と本人の一年契約の非常勤講師の方々で、 神奈川ではPFTと呼ばれていた。 PFT=Part-time Foregin Teacher、 本レポートではPFTも含めてALTと表記している。) の民間委託について報告している。 それによると、 2006年に一方的に雇い止めとなった89名のALTの内40名が、 民間業者に採用された。 そして、 新たに業務委託のALTとして学校で働いていたが、 全国一般労働組合全国協議会神奈川がALT組合員とともに神奈川県教育委員会に業務委託の撤回を求め、 今年 3 月、 7 名が直接雇用の非常勤外国語指導助手として学校に復帰したとのことである。
 現在、 学校は様々な非正規雇用の方々が働く場になっており、 最早その存在抜きでは仕事が成り立たないのではなかろうか。 また、 業務委託もALTに限ったことでは無い。 事務職・現業職にも広がりそうである。 私立学校では教諭に導入されているケースもある。 学校現場は、 非正規雇用の職員が存在している事実を受け止め、 問題があるのなら、 ともに考え改善する努力をしなければならない状況に立ち至った。 そのため、 まずは非正規雇用の同僚が置かれている状況を知ることが必要となっている。
 当研究所では、 教育現場の非正規雇用を考える一つのケースとして、 全国一般労働組合全国協議会神奈川からこの件についてお話を聞く機会を得た。 連載第一回は、 ALTの業務委託について、 神奈川で何があったのか、 どこに問題があるのかを中心に報告する。

  1. 神奈川における委託以外の外国語指 導助手
    ALT (Assistant Language Teacher)
     1987年に国の 「語学指導などをおこなう外国青年招致事業」 として始まる。 通称 「JET プログラム」 (The Japan Exchange and Teaching Programme)。 1 年契約で 2 回まで更新可能であるため、 3 年目には原則雇い止めとなる。 週あたり33時間以内の勤務となっている。 2005年度は44名の配置があった。 現在は 「JET ALT」 と呼ばれている。

    KAET (Kanagawa Assistant English Teacher)
    優秀なALTを継続して雇用する制度。 2005年度には 2 名の配置があった。

    PFT (Part-time Foregin Teacher)
     1990年より、 ALTに加えてPFTが雇用される。 非常勤講師として校長と本人の 1 年契約であり、 合意により更新が可能であった。 週あたり13時間以内で、 複数校勤務の場合は週あたり18時間勤務。 2005年度は89名の配置があり、 制度が導入された1990年から継続して勤務している方もいる。 現在、 PFTは行われていない。

    注) ALTは直接雇用の非常勤講師であるが、 その雇用条件については 「神奈川県教育委員会非常勤職員の雇用等に関する取扱要綱」 によらず、 「外国語指導助手の雇用等に関する取扱要綱」 に定められている。

  2. 雇い止めから業務委託へ (経緯)
     全国労働一般全国協議会神奈川 (以後、 全国一般神奈川と表記) が2006年にALTから雇い止め・業務委託について相談を受けることになった。 そのきっかけは、 茅ヶ崎市の小中学校に勤務する直接雇用の外国語指導助手の中に全国一般の組合員がいたことによる。 (茅ヶ崎市ではNET=Native English Teacherと呼称する。) 同市も2006年に民間委託するのだが、 それに先だって、 契約書の変更についての問題などがあり、 全国一般神奈川は相談を受けていた。 また、 2005年には同市のNET民間委託問題について、 神奈川県教育委員会 (以後、 県教委と表記) の担当課職員と話しをした経緯もあるという。 このNET組合員の中に神奈川県でもALTとして雇用されていた方がいたのである。 以下、 2006年からの経緯について簡単に紹介したい。

    2006年
    1 月16日 各校長からALT宛てに 「お知らせ」 と 「確認書」 が送られた。 4 月から民間委託になるので 3 月31日で雇い止めになる内容が記されており、 「お知らせ」 には、 新たな契約や給与の説明がないまま、 民間会社に紹介してほしいかかが問われていた。 その回答を同月20日までに各校長にすることとなっていた。
         その後、 民間会社に就労できず職を失ったALTや、 事態の推移に怒って私立校へ転職したALTがいたことが報道されている。 (2007年 9 月12日毎日新聞夕刊)
    1 月24日  団体交渉申し入れ
    2 月 1 日 第一回団体交渉、 その後14日に第二回団体交渉が行われた。
         話し合いは不調に終わる。
    2 月24日 神奈川県労働委員会へあっせん申請。
    3 月13日 労働委員会立ち会い団交が行われるが、 4 月以降、 従来のような直接雇用についての展望が見えないままあっせん打ち切りとなる。
    3月17日 神奈川県労働委員会へ不当労働行為救済申し立て。 申し立て内容は不誠実団交、 団交拒否、 支配介入、 組合弾圧。
     その後、 労働委員会による 8 回の調査、 和解調査が行われた。
      
    2007年
    4 月26日 組合当事者、 教育委員会担当者に対して主尋問。
         5 月、 6 月にも尋問が行われた。
    9 月18日 最終意見陳述書を提出して結審。 組合は不誠実団交、 団交拒否、 支配介入の三点があったことを主張したが、 教育委員会は、 説明は継続して行っていたし、 団交も誠実に取り組んでいたなどと反論した。
    12月20日 和解調査。
     
    2008年 
    1 月17日 和解調査、 県教委が和解案提示。
    1 月28日 和解案に合意。
    3 月14日 和解協定締結、 救済申し立て取り下げ。
     
     相互信頼関係の樹立、 英語教育の充実発展に双方が協力して取り組むことが確認され和解となった。 組合員 ( 5 校 7 名) は2008年から、 これまでと同じように直接雇用の非常勤講師として採用されることとなったのである。 さらに、 組合員は2009年 4 月 1 日以降も非常勤講師として採用を希望する場合には、 その意向が尊重されることも確認された。 時間はかかったが、 当該の組合員が直接雇用のALTとして職場復帰を果たせたことは、 双方の努力があってのことと言えよう。 しかし、 学校現場には、 業務委託労働者としてのALTと非常勤講師としてのALTという異なる立場・労働条件の外国語指導助手が存在することになった。 彼らの待遇は全く違う。 全国一般神奈川の話によると、 直接雇用時は時給3350円、 委託ALTは2007年には時給換算で約1500円まで低下し、 現在もさらにダウンし続けているという。

     
  3. 学校と委託業務の関係
     さて、 組合員との和解は成立したが、 学校で教育の業務委託が成立するのだろうか。 そもそも、 民法では、 労働契約 (雇用契約) と請負契約・業務委託契約は、 はっきりと区別されている。 労働契約の目的は労務の提供そのものになり、 契約の当事者の一方が相手方に労務に服することを約束し、 相手方がこれに対して報酬を支払うことを約束する契約のことである。 (民法623条)。 これに対して、 請負契約は仕事を完成させることを約束し、 仕事の結果に対して報酬をもらう契約で (民法632条)、 業務委託契約は法律行為以外の事務を行うことを受諾した者が、 自分の責任・管理のもとで、 その事務の処理を行うことを約束する契約とされている。 (民法656条) つまり、 請負契約は仕事の完成が、 業務委託契約はまかされた事務の処理が目的となっている。 労働契約とは異なり、 労務の提供そのものは目的とはならない。 結果として、 職場においては、 請負契約・業務委託の労働者に対して指揮命令はできない。 もしもそのような事がなされているとすれば、 最近話題になっている 「偽装」 に該当してしまうわけである。 (ここの記述は、 全労連HPを参考にした。 http://www.zenroren.gr.jp/jp/soudan/)
     では、 授業を業務委託することは可能なのだろうか。 もしも、 該当する授業について、 業務委託された教師 (業務委託会社) が、 全てを自己の責任と管理下で行う事ができれば可能であろう。 だが、 学校教育法で校長の職務は校務をつかさどり、 所属職員を監督すると規定されている。 校長の監督を受けない教師が自分の責任と管理の下で授業を行うことは果たして法的に可能なのだろうか。 また、 もし単独で授業を行うとしても、 教員免許状の取得が必要となる。 (臨時免許状、 社会人活用のための特別免許状、 特区における特例特別免許状などの制度によって免許状が無くても教壇に立てるが、 今回のケースにはあてはまらないだろう。)

  4. 外国語指導助手 (ALT) の業務
     外国語指導助手 (ALT)の業務は主に次のようなものが県教委から委託会社に業務委託されている。

     (1)日本人教員とのティーム・ティーチング (以後TTと表記)
     (2)外国語教材作成の補助をすること
     (3)外国語に関する部活動及び英語スピーチコンテストの指導に協力すること
     (4)外国語教育に関する教員研修に参加し協力すること

     TTを始めとして全ての項目に 「補助」 あるいは 「協力」 の文言がある。 これは学校教育法と齟齬を生じないように、 委託ALTが教諭等の指揮・命令下にあり、 結果として学校長等の監督の下にあることを明示したものとも読める。 しかし、 前述したように 「自分の責任と管理」 のもとに委託業務は遂行されなければならないのだから、 この業務内容は民法の規定に抵触する恐れがありそうだ。 いわゆる 「偽装」 となる可能性を否定できない。
     事実、 大阪では委託ALTとのTTについて、 改善命令が労働局から出ている。 以下、 それを報じる新聞からの引用である。 (下線 筆者)

     英会話学校などとの間で業務委託 (請負) 契約を交わして送り込まれた公立小中学校の外国語指導助手 (ALT) の雇用状況を巡り、 大阪府内の 6 市教委が、 大阪労働局から 「学校側が指揮命令と受け取られかねない行為をしており、 労働者派遣法に違反した偽装請負の恐れがある」 として、 文書や口頭で指導されていたことがわかった。
     文書で指導されたのは高槻市教委、 口頭で指導されたのは堺、 枚方、 東大阪、 松原、 寝屋川の各市教委。
     同労働局などによると、 各市教委は英会話学校などとの業務委託契約に基づいてALTの人材供給を受け、 学校側は直接指揮命令ができない立場だった。
     これらの市では、 教諭も同席して授業を進める 「チームティーチング (TT)」 形式を採用。 教諭は授業前に授業の進め方を打ち合わせたり、 授業中に説明が不十分と判断するとその場で改善を求めたりするなど、 指揮命令と受け取られかねない行為をしていた。
     ALTの雇用形態は〈1〉自治体による直接雇用〈2〉業者からの派遣〈3〉業者への業務委託  の 3 通りがある。 直接雇用や派遣では教諭が指揮命令しても問題はないが、 ALTが行う指導のカリキュラムを作成したり、 人事管理を行ったりする必要が学校側に生じ、 負担となるため、 業務委託を選択するケースが多いとされる。
     業務委託により人材供給を受けたALTをTTに組み入れることについて、 大阪労働局は 「教諭の補助的存在として指揮命令されるなら不適切。 学校側から独立して授業を行えることが重要」 としている。(2007年 3 月23日 読売新聞)

     このように業務委託によるTTは 「労働者派遣法に違反した偽装請負の恐れがある」 わけである。 また、 「補助的存在として指揮命令される」 ことも問題がありそうだ。 しかし、 「学校側から独立して授業を行えること」 が重要だと言われても、 これでは校長の監督から離れてしまうので、 学校教育法に反する恐れがある。
     自治体によっては、 業者からの派遣によって業務委託の問題を解消している場合もある。 しかし、 学校等に負担がかかるのと同時に、 3 年を越えて雇用する場合は 3 ヶ月のクーリング期間が必要であり、 継続した雇用に支障をきたしているという。 (構造改革特区第11次提案 2007年 6 月 ALT派遣に係るクーリング期間の短縮 岐阜市役所)   
     次に費用負担の問題だが、 委託業務である以上、 配置先における業務遂行に必要な費用は、 委託会社が負担することになる。 つまり、 請け負った業務を自らの業務として当該契約相手から独立して処理することが必要なのであり、 教科書、 プリント、 パソコンなど配置先で必要な機器については委託先の会社が費用負担することになる。 委託ALTのPCが各学校に委託会社から準備されてもいないし、 委託ALTが授業に必要な生徒用プリントを抱えて出勤する姿など見たこともない。 つまりは、 こういった対応は非現実的であるということだ。 プリントは該当校の教諭と相談の上、 学校の印刷機と紙で作成するのが普通だと思えるのだが。

  5. 実際の仕事は
     業務委託された外国語指導助手 (ALT) は、 学校現場でどのようにして働くことになっているのだろうか。 現実の運用とはかなり異なる部分がありそうなその業務の流れについて簡単に紹介したい。

    (1) 学校から業務委託会社への連絡
      ALTの配置日、 配置場所、 受け持つ学年やクラスなど
      授業のテーマ・教師の要望
      当日の教科書の章、 学校独自教案の詳細、 ALTの分担箇所
      連絡はできるだけE-mail
      変更 (授業のテーマ・授業日程・時間・クラス) は事前連絡
    (2) 授業の前に直接ALTに授業の内容を伝えることはできない
    (3) 授業中にテーマの変更がある場合はその場で携帯電話などにより委託会社に教師が連絡。 折り返し、 委託会社が携帯電話などでALTに指示、 命令

     民法に抵触しないように、 業務委託ALTの仕事を成立させるためのギリギリの運用と言えそうだが、 それでも疑問は残る。 業務委託契約は県教委となされているわけであり、 個々の学校が結んでいるわけではない。 様々な変更を契約当事者ではない学校・教諭単位で行えるのだろうか。 多分、 契約内容に各学校の授業内容までは織り込めないので、 このような措置になったと思われる。 つまり、 細部まで検討した上で、 それを網羅した内容の業務委託は、 教育では無理だということではないか。 さらに、 携帯電話を使用した指示・命令は直接的な教諭の指示・命令を委託会社が代行しているにすぎず、 業務委託とは呼べない可能性もありそうだ。 授業の展開は予定調和的に進むものではなく、 臨機応変な対応やその場での工夫も多々あるのが自然なことであり、 その都度委託会社に、 それも授業中に教諭が携帯電話で連絡するなど非現実的なことである。 また、 直接雇用ALTと委託ALTが混在する職場では、 その対応を区別する必要が生じている。 指示・命令 (相談・打ち合わせ) ができる場合とできない場合が併存しているのである。


おわりに
 ALTの仕事は業務委託には馴染まない。 ALTに限らず教育という営みが、 業務委託には不向きであるといえよう。 今回のケースでは、 まずはここが大きな問題であった。
 各学校では業務委託のALTにどのような接し方をしているのだろう。 授業の打ち合わせを行ったり、 授業中に指示をしたり、 偽装と受け止められかねない対応をしてはいないだろうか。 だが、 それは、 本当に必要な事であり、 むしろ当然で、 授業を行う上では重要な対応でもある。 だからこそ委託はできなかったのではないか。
 この偽装とも言われかねない現状を改めるためには、 直接雇用か派遣を選択するしかない。 だが、 これを選択するとしても問題はある。 教育委員会や学校の負担が大きいということだ。 100名以上のALTを確保して、 研修や配置後の対応などをするためには、 教育委員会にALT専門の担当者が相当数必要だろう。 また、 ただでさえ多忙化している学校で、 英語科の教師がALTの対応にあたるわけだが、 その負担感も大きい。 このあたりを解決しなければ真の解決とはならない。
 そして、 和解に至ったとはいえ、 今回の業務委託への経緯は反省すべき点が多い。 結局は劣悪な労働条件の職場にALTを追いやってしまった。 あるいは失職したALTもいる。 私立へ移ったALTもいる。 ALTの中には1990年から継続して雇用されていた方、 日本で結婚し、 お子さんが生まれた方も居ると聞く。 授業も独自教材で工夫をし、 仕事に誇りを持ってもいるとの言葉も伝えられた。 協力・協働の職場作りに職の例外はない。 ALTを含めて、 派遣や請負の問題が教育の現場にも及んできている事について、 教職員は否応なしに向き合わねばならない時期になったのである。
 2004年には都内の私立学校において、 業務委託の教諭に対して、 学校がテストの作問などを指示し労働局から指導された。 神奈川のALTの業務にも 「外国語教材作成の補助」 がある。 「補助」 という立場にも疑問があるが、 もし、 教材作成にあたって教諭や県教委から何らかの指示があったとしたら、 東京の私立学校の指導例と近い。 つまり、 今回の件は神奈川のALTに限ったものではなく、 教育の市場化の一面を示すものと受け止める必要があろう。 そういった意味で、 労働問題のみならず、 看過できない問題を投げかけているのである。 だが、 2007年 9 月12日付け毎日新聞夕刊によると、 外国語指導助手は02年度の約8800名が06年度には 1 万1000名に急増したが、 業務委託がどこまで進んでいるのかといった実態や問題点について、 文科省は詳しく掌握していない。

(かなざわ のぶゆき 教育研究所員)
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