「ネットと資本」

 
教育研究所代表 佐々木 賢

 文科省は携帯電話の大規模調査を発表した (09.2.26)。 対象は小学校 6 年生と中学 2 年生と高校 2 年生とその親たち 1 万7000人である。 高校生のみを紹介すると、 携帯電話の所持は96%、 プロフ (自己紹介サイト、 性・年齢・住居・趣味等の情報交換をするが、 いじめ・性・薬物・自殺・犯罪等の場にもなる) 参加者は44.3%、 ブログ (ホームページに論評・記録・体験・日記等を綴る)参加者は41.6%である。
 何の制約もなく一人で自由にしている者が54%、 一日にメールを30通以上出す者は28.6%、 場面は、 自分の部屋70%、 授業中20%、 食事中22%、 入浴中17%であり、 トラブルやチェーンメール (脅迫文の転送) 経験者もそれぞれ70%、 フィルタリング (悪質ネット接触禁止装置) 利用者は15.6%である。 ネットを利用する時間は 1 日に、 1 〜 3 時間が男子22%、 女子31%である。 3 時間以上が男子 6 %、 女子15%である。
 若者が危ないと思いきや、 親もネットにはまり込んでいる。 ネットのブログやショッピングやオークションに熱中して、 家事を疎かにし、 子どもと話をしない30代から40代の親が増えたという (「親たちのネット行動」 岩村暢子、 毎日新聞09.3.23)。
 父が携帯のことで中学生の娘を叱ったら、 娘は 「うるせぇ」 と暴れだし、 警察沙汰になった。 それに懲りた父は直接ものをいうことを止め、 娘の携帯プロフを密かに読んでは様子をみることにした。 ミクシィ (登録会員が招待した者のみが会員になれる) に招待することは 「心を許す」 ことだと考える妻が、 夫をマイミクに加え、 夫の書き込みを通じてコミュニケーションを図っている。 日常的に炊事をしない人がキャラ弁 (アニメキャラクターの顔を模した弁当) を作り、 ブログに紹介している、 等の例がここに紹介されている。
 さて次はイギリスの話。 ロンドン・タイムズ (09.1.22) は消費者協会会長であるエド・メイヨウ著 「消費者としての子ども」 という本を紹介している。 メイヨウは10歳から11歳の誕生日までの一年間におけるイギリスの子どもの平均的な生活時間を調べた。 一日にテレビに 2 時間36分、 ゲームに 1 時間24分、 ネットに 2 時間18分を使っている。 1 年分にすると、 デレビが949時間、 ゲームが511時間、 ネットが474.5時間、 この三者を 「エレクトリック・ベビーシッダー」 と呼び、 その合計が1934.5時間となる。 ところが、 学校の年間授業時間総計は900時間、 家族と過ごす時間合計は1274.5時間であるから、 学校も家庭も、 すでに電子子守に負けているのだ。
 自分の部屋にテレビを持っているのは、 6 歳の子の60%、 10代では90%いる。 テレビ情報の影響を受けたと思っている子は98%で、 家庭情報の影響を受けたと思っている子は48%に過ぎない。 家庭の貧富の差は関係なく、 テレビ情報は子どもに強い影響を与えている。
 小学生の 3 分の 2 は登校前と就寝前にテレビを観ている。 3 分の 1 は専用のパソコンを持ち、 3 分の 2 がゲーム器を持ち、 4 分の 1 がネットにアクセスしている。 アクセス者の85%はサイトにメールアドレス・ユーザー名・誕生日・性・年齢等の個人情報を登録し、 その内の15%の子がサイト側の宣伝をし、 35%がサイト側に情報提供している。 子どもたちがIT機器を使って消費された額は、 過去 5 年間で33%増加し、 総額19兆円になり、 その内子どもの小遣いから 2 兆4000億円が支払われている。
 上記の実態から見えることは何か。 パラダイム (時代に共通な考え方の枠組み) の転換である。 伝統パラダイムは家庭と学校が中心で、 そこで学力や社会規範や人間関係を育んでいた。 これからは、 巨大資本が支配するサイバー・パラダイムの時代に入る。 そこで提供される情報や規範や関係から子どもたちは逃れられない、 とエド・メイヨウは言う。
 教育分野でのデジタル・カリキュラムの対象者はせいぜい万の桁だが、 ネットの対象者は億の桁になる。 ウィクペディアによると、 グーグルの顧客は 6 億、 マイクロソフト 5 億、 ヤフー 5 億、 若者に人気のマイスペースとフェイスブックはそれぞれ 1 億の顧客を抱えている。 ミクシィの日本の会員は08年に1630万人だが、 携帯からのアクセス者は101億人になる。 因みにミクシィはグーグルと資本提携している。
 上記の大手 5 社もM&A (企業買収) により、 今や 3 社に独占化されている。 グーグルは446億ドルでヤフーを買収した。 アメリカのメディア王と呼ばれるルパート・マードックは137社の新聞社を擁し、 03年のイラク戦争勃発時に 「戦争支持の社説を書け」 と各社に命令した人だ (堤未果 「貧困大国アメリカ」 岩波新書)。 そのマードック率いるニュース・コーポレーション社は05年にマイスペース社を 5 億8000万ドルで買収した。 そして、 マイクロソフト社は07年に 2 億4000万ドルを出資し、 フェイスブックと資本提携した。
 グーグルもニュース・コーポレーションもマイクロソフトもグローバル資本である。 この資本は10代の子を含む多くの人に新たな欲望を創り出し利益を得ている。 もちろん資本側はネットの利便性を強調するが、 本音は欲望の刺激にある。 ロンドン・タイムズ (05.4.22) によると、 世界中に一日500億通のメールが交わされ、 その88%がジャンク (不要不急な) メールだという。 とすれば利便性よりも欲望刺激が本音であることが分かる。
ロンドン・タイムズ (05.5.22) には、 電子文字の人に与える影響の研究を紹介している。 電子文字を使うと、 瞬間的にIQが10ポイント下がるという。 マリファナ吸引では 4 ポイントしか下がらないのに。 研究チームはこの現象を 「インフォマニア (情報狂)」 と名付けた。 使用者の62%が電子文字の中毒に罹り、 20%がもの忘れが激しくなり、 90%が人との関係で不作法になっているという。
 メール・オン・サンデー (04.11.7) は、 「めまいや吐き気や皮膚病や鼻血などの症状を訴える子どもが多くなり、 これは携帯電話の磁気公害の疑いがある」 と警告している。 この記事に 「携帯電話には 4 兆円強の運営許可料が入るから、 政府は規制する気がない」 との野党議員のことばも紹介している。
 06年に米国下院でサイトを規制する法案が出された。 だが審議が上院で棚上げされている。 日本でも、 携帯の自主規制を促す法はあるがネット規制はない。 国家がグローバル資本の規制ができないのだ。 理性を代表すると思われている議会が欲望を代表する資本に負けている。
 今やグローバル資本が全世界の十代の子どもたちを親や教師から引き離し、 家族をバラバラにし、 欲望を刺激しながら、 ネットの領域に引き込み、 子どもの小遣いをも巻き上げた。 子どもは親や教師からの情報よりもテレビやネット情報を信じ、 家庭や学校で過ごす時間よりも、 電子子守の前で過ごす時間が多く、 公的カリキュラムより私企業カリキュラムを 「学習」 している。
 昨今の世界的規模での学力低下は私企業カリキュラムと無関係ではない。 多くの人はこれを教育のせいにして、 「教育再生」 などと言っているが、 ピントがずれている。 家庭や学校で過ごす時間の相対的な減少、 生身の関係や集団にいるより孤立し、 体験や自然との触れ合いがなく、 知性や理性より面白さや欲望に従う態度、 これらはみな私企業カリキュラムのもたらしたものだ。

(ささき けん)
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