『金魚鉢』 の思い出
横浜清陵総合の場合
 
石川 裕二

 手許に、 平成14年 9 月20日付で教職員課から横浜銀行人事部宛に送信されたFAXの控えがある。 それには 「民間人校長の採用について」 という 1 枚の参考資料が添付されている。 記者発表資料の原案であろう。 経過欄には、 「民間人校長については、 県立高校改革推進計画に基づく新しい高校のうち、 ……今回、 平成16年度開校の総合学科高校の校長予定者として 1 名を採用する。 ……採用にあたっては、 新校の準備段階から、 学校運営方針の策定をはじめ、 学則の決定、 教育課程の編成などに携わり、 新しい発想や民間で培ったノウハウなどを活かした学校づくりを推進するため……」 とあり、 今懐かしく読み返している。 平成16年度開校の横浜清陵総合高校 (以下清陵という) づくりは、 神奈川県立高校改革前期再編計画の一環であるとともに、 私にとっては30数年間勤めた銀行を離れ、 全く新しい世界への挑戦でもあった。
 その清陵も、 前年度創立 5 周年を無事迎え、 県を代表する総合学科に成長することができたと自負している。 この稿では私たち準備室のメンバーが、 新校づくりに向け何を理想とし、 理想の実現のためにどのような学校づくりを進めてきたか等について語ってみたい。 その取組のどの部分に改革と呼ばれるのに相応しい姿勢があったのか、 皆様に読み取っていただければ幸いである。
  1. CI手法の導入
     歴史も校風も異なる 2 校が一つになる。 統合前から制服を統一する、 共に学ぶ場を設けるといった工夫はしてきたものの、 生徒にも教員にも、 そして保護者にとっても再編統合はやはり大変である。 教育課程にしても生徒指導においてもマイナス面ばかりを議論していてはきりがない。 それぞれが旧校を引きずらず、 新鮮な気持ちでスタートするにはどうしたらよいか。 関係する者全員が新しい学校づくりに一体となって邁進できる、 そんな組織となることを目指した。 企業に例えればアイデンティティを明確にすることにより、 組織の内外で活性化しようというもので、 CI (コーポレート・アイデンティティ) 手法の導入である。 CIといえば、 すぐ頭に思い浮かぶものは、 コピーとかロゴといったビジュアルなものではないだろうか (VI=ビジュアル・アイデンティティ)。 勿論それらは重要であり、 現に清陵では校章、 校歌、 スクールカラーなど開校前に、 しかも生徒も含めた全員参加の下で完成させようとの信念で取組み、 実現することができた。 しかし、 一番肝心なものは組織のベクトルを一つの方向にまとめ上げていくことにある。 教育理念、 教育目標を明確にすることだ。 そしてこれらの理念・目標もVI同様、 その策定には全員で係ることに意味があることから、 様々な機会を捉えて両校の教員に係ってもらうようにした。
    (1) 教育理念
     清陵の教育理念は、 学校に関係する全ての人たち (ステークホルダーと言う) に満足いただける学校になることをめざすことだ。 学校に関係する人たちを、 @生徒・保護者、 A地域・社会、 B職員と捉え、 それぞれに満足いただけるコンセプトを描き、 それを めざす姿 とした。 @生徒・保護者にとっては 「個性に適った進路選択を、 より高いレベルで実現すること。」 と 「社会性を身につける。」 ことである。 前者について説明を加えれば、 総合学科ということで、 将来の職業選択を視野に入れ、 まずは生徒それぞれに進みたい方向を考えさせ、 その実現のために必要な上級学校を選ばせる。 しかも上級学校選びに当たっては、 よりレベルの高い学校に挑戦させようというもので、 「進学型の総合学科」 と言われる所以はここにある。 A地域・社会とは 「協働する」 ことが めざす姿 である。 総合学科では将来を考えさせる上でキャリア教育を充実させることが不可欠である。 また、 普通科同士の再編となる神奈川県の前期改革での総合学科においては、 系列科目の専門性確保も喫緊の課題となる。 こうしたことから地域の企業や経済団体、 大学・専門学校との連携を深めるとともに、 生徒にとってもボランティア活動等大いに社会貢献してもらおうとの趣旨だ。 そしてB教員や事務職員にとっての めざす姿 は 「活性化した組織の実現」 である。 学校はそれぞれの夢を実現する場であるはずだ。 そうした場に相応しい組織となれるようにしていこうというものである。
    (2) 教育目標
     教育理念の次は教育目標を明確にすることである。 私は、 30数年間銀行に勤務し、 最後にはバブルの崩壊をはじめ、 世の中何かがおかしいと感じることが多々あった。 その中の大きな一つが人材のミスマッチである。 今の社会で必要とされる人材を育てる学校にしたい。 これが私の大きな夢であり、 それを先生方に訴えた。 そして先生方も理解してくださり、 清陵の教育目標は次の 3 つの力を育てることに決まった。
    1. 夢に向かってチャレンジする力を育てる。
    2. 社会の変化に対応し、 時代を切り拓く力を育てる。
    3. 自ら課題を発見し、 主体的に解決する力を育てる。
    このうち、 1.は 「夢・チャレ」 の愛称で生徒から親しまれ清陵の教育活動の原点となった。
  2. 中期経営計画の策定と学校の第三者評価の実施
     以上述べてきた教育理念、 教育目標は、 現実の教育課程に反映され日々の教育活動の中に活かされていかなければ、 絵に描いた餅に過ぎない。 そのための施策づくりに大いに努力したが、 すぐに実現できるものばかりではない。 プライオリティをしっかりとつけて、 一つずつ計画的に取組んでいくことが求められる。 そこで、 開校と同時に 3 年タームの中期経営計画を策定し取組むことにした。 それにより、 今学校がどのような状況にあるのかが分かると同時に、 今一番力を入れるべきものは何かが明確に把握できる体制になる。
     一方、 学校の現状について自分たちで評価するばかりではなく、 第三者に専門的な立場から客観的に評価していただくことも重要と考え、 創立 5 周年を機に 「学校評価委員会」 を組織し、 評価していただいた。 詳細を述べる余裕はないが、 8 つの視点からの検証でそれぞれに高い評価をいただき、 新校づくりが所期の目的どおりに進んでいることへの自信を深めることができた。
  3. 創立5周年を迎えて
     新校づくりにあたっての理念的なことを中心に申し上げてきたが、 生徒や保護者、 教員そして地域の方々は清陵をどう評価されているのだろうか。
     開校直後の体育祭で、 大岡高校出身のS君が選手宣誓でこんなことを言ってくれた。 「体育祭の祭 (さい) の字は祭りという字だ。 だから、 歴史に残るような、 すげえ体育祭にしよう。」 私は嬉しかった。 これで 2 校は真に一つになれたと感動した。 この時のS君のメモは小さいながらも額に入れられ、 今でも校長室に飾られている。 「先生が守ってきたこの学校は、 この先もっともっと良い学校になることと思います。」 と率直に愛校心を語ってくれる生徒に出遭うことも多い。 また、 「産業社会と人間」 をはじめとした総合学科特有のキャリア教育を通し、 生徒は大きくプレゼン力やコミュニケーション力を身につけている。 こうした清陵生の実態は大学や専門学校、 企業から大いに注目され高く評価されているし、 何よりも生徒自身が自信を深めている。
     そして、 自らが理想とする総合学科づくりに全力で取組まれた先生方の中には、 「清陵は自分の実家」 と言われる方もおられるなど、 愛着を持ってくださる先生方も多い。 開校準備室の置かれていた第二職員室はガラスばりであり、 その中で準備委員は始終口をパクパクさせて議論をしていたことから、 『金魚鉢』 との異名をとっていた。 今では当時の金魚達も各々の職場に水を得て活躍されている。 清陵における高校改革でのこうした取組が、 神奈川県の高校教育に少しでも波紋を投げかけてくれるならば幸いである。
(いしかわ ゆうじ 前横浜清陵総合高校校長)
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