寄稿
中学校からみた高校入試の今

小林 雅雄

 現在行われている公立高校の入試制度にはどんな問題点があるかという観点で、 中学校の 3年生の生徒、 保護者、 中学校教諭の三者の現状について書きます。  
 現在、 中学校がかかえる学習状況や学校生活等における課題から、 高校入試制度を中心に教育の課題としてお読みいただければと思います。
  1. 3年生の生徒
     夏休み前の個人面談や三者面談で進路に関する話が進みます。 2学期制をとり入れている学校では前期期末テストは 9月になるため、 「仮成績」 を資料に、 または、 2年次の成績を資料に高校の選択を考えます。 「夏休み中に何校か高校見学に行って来なさい」 と担任に言われ、 生徒も 「行かなくちゃ」 と思うのですが、 さてどこを見学するか、 雲をつかむような感覚の生徒もいます。 夢を持って見学校を選ぶのは良いのですが、 自分の成績との落差があまりに大きい場合もあります。
     全県一学区で、 自由に選択できそうですが、 遠ければ見学もたいへんです。 また、 地域に中等教育学校やいわゆるエリート校ができれば選択の幅は狭まるでしょう。 学校では、 候補の高校名をはっきり教えてくれないから塾のデータに頼るということもあります。
     9月になり、 休みぼけの生徒もいる中、 2 週目、 遅くても 3 週目までには前期の期末テストがあります。 夏休み中3週間も塾通いをしていた生徒もいますから、 ここには経済格差の問題もあります。 美術や技術・家庭科など週の時間数が少ない教科では、 休み明け、 1 〜 2時間の授業があるだけで試験になることもあります。
     絶対評価になって、 相対評価の時と変わったのは、 成績に関する生徒・保護者の質問やクレームです。 「何でこの成績なのか」 「どうすれば 5 になるのか」 といった話が多く聞かれます。 特に、 3 年生で進路が絡めば、 生徒・保護者も 「先生に聞いた方が得」 という気持ちになるのでしょう。 また、 観点別評価の点数アップをねらってか、 定期テストの終了後に、 自発的に反省レポートを提出してくる生徒もいます。
     11月以降、 生徒や保護者との複数回の面談をくり返して希望校を決定しますが、 生徒・保護者の希望が基本です。 生徒・保護者は学校のデータはあてにならないとばかりに、 塾のデータをもとに希望校についての相談をすることもあります。
     私学を受験する生徒は12月に最終決定をします。 生徒は冬休み中に 「自己PR書」 を書き上げてきます。 それをもとに、 3 年の職員全員で面接練習をします。 校長が面接官になる場合もあります。 面接はひとりの生徒に複数回行います。 生徒からの希望があったり、 うまく答えられない生徒には、 こちらから声をかけてさらに何回か練習します。
     私立高校受験、 公立高校前期検査、 公立高校後期検査と、 入試態勢が長期にわたる生徒がいます。 その間、 学級内も落ち着かず、 集中して授業を受けられない生徒も出ます。
     前期検査は、 あわよくば筆記試験なしで合格したいという生徒も含めて、 公立希望の大部分の生徒が受検します。 その結果、 多い学校で 6 割から 7 割もの生徒が不合格の結果に終わります。 「ダメもと」 と言いつつ受けても、 不合格となれば、 人生最初の挫折に、 その後の学習が手につかなくなる生徒もいます。 前期検査で不合格の生徒の中には、 合格した仲間と比較して、 自分が何で不合格だったのか考え、 理不尽と思いこみ、 落ち込むこともあります。
     さらに、 後期検査で不合格になった場合は一カ月の間に 2 回もの挫折を味わいます。 「生徒の人生に不必要な試練」 の感は否めません。 また、 前期検査で合格すると思いこんでいた生徒もいて、 不合格後に、 初めて、 「その後の自分」 を現実のものとして考え出すという場合もあります。 面接の練習ばかりしていた生徒が、 目が覚めたように教科の勉強を始める場合もあります。 後期検査の志望校をどこにするか悩むことが勉強することより大きな問題になってしまう生徒もいます。 「面接は苦手なので後期検査だけで受けたい」 と地道に学習してきた生徒もいますから、 後期検査までの学習計画に大きな差が出ます。
     この時期になると、 教室の中は、 私立の推薦入学の合格者、 私立入試をこれから受ける生徒、 公立前期の合格者と不合格者などが混在します。 早々と私立の推薦入学で合格していながらも毎日真面目に学習している生徒。 公立前期検査合格と同時に欠席・遅刻がちになる生徒、 前期検査までは、 授業中、 盛んに挙手していた生徒が合格後は無関心になる姿も目にします。
     前期検査から後期検査までの時間が長過ぎます。 私学受験の生徒や 「独自問題」 を出す高校を受検する生徒などでは、 難度の高い問題が出題され、 学校での学習は無駄とばかりに、 授業中に自分の用意した問題集をやったり、 家庭学習や塾中心の生活にもなります。
  2. 保護者
     以前の学区があるときと比べて、 担任と保護者の進路面談では、 志望校を決めるのにかなり時間がかかるようになりました。 2回、 3回と面談を行った上、 最終決定は塾で相談ということもあります。
     保護者は、 全県一学区になり、 高校を自由に選べるという幻想を持ちますが、 学区があるときとくらべて本当に自由になったのか、 誰が自由になったのかは考えなければいけません。 成績の上位の生徒は選択範囲が広がり、 下位の生徒は逆にせまくなるようなことになってはいないだろうか。 新自由主義・規制緩和の動きの中で 「自由な選択」 が歓迎されたのでしょうから、 自然淘汰・弱肉強食は避けられないものでした。
     自分の子どものことで精一杯で、 苦労はしても、 入学してしまえば、 受験期の生徒の親の気持ちになって問題意識を持つのも難しいと思います。 進路先が希望通りにならなかった保護者も全体の実態はつかみにくく、 多数の保護者の意見を集約するのは困難です。
     経済格差が開く現在、 できれば通学にも費用のかからない地域の公立高校に入学したいという希望は、 学区制があった時と比べてより困難になっていると思います。
     県の奨学金制度については、 県内の学校に進学した場合は受けられても、 隣接する東京都等の学校に進学する場合は受けられないという問題もあります。 希望する公立高校に合格する可能性が低いことから、 大きな費用をかけて私学に入学させ、 半年で退学ということもあります。
     普通科高校への進学希望が圧倒的に多い中、 保護者は子どもの特性を多面的に考え、 工業高校、 商業高校などへの進学も視野に入れた指導ができるようになると良いと思います。 そのためには、 工業・商業高校の教育内容、 設備の充実が必要となりますが、 現在はそれと逆行し、 エリート養成には手厚く、 技術者等の養成には手薄という状況です。 総合学科、 特色ある専門学科なども、 まだまだ浸透が進んでいない現状です。
  3. 中学校教諭
     高校進学に関連してゆがむ教育。 これが中学校での課題です。
     絶対評価そのものの是非ではなく、 絶対評価を進路資料とすることに対する問題があります。 評価基準のあいまいさからくるもの、 学校間の格差などです。 公立高校には分布表を提出することはないので、 中学校を信頼しているとも取れますが、 どこかに不平等感がつきまといます。 ゆるやかな相対評価で良いのではという意見や、 ア・テストの復活や統一テストの導入をという声もあります。
     調査書の内容については、 生徒も保護者も過敏になっていますから、 担任は記入に神経を使います。 生徒会の役員は得点になるからと立候補する生徒、 やらせたい親がいます。 4 月に各委員会の委員長を決定しますが、 瞬時に決まったり、 候補者が多く、 抽選になったりします。 委員長は決まっても、 その後の委員会には欠席が多く、 実際の運営は他の委員がこつこつと進めるということもあります。 単に、 委員長=何点という安易な選考基準は問題です。
     ボランティアも点になることから、 地域清掃や施設訪問等の希望者も多くなります。 それをきっかけにボランティアを経験するということもありますが、 気持ちがないのに参加する生徒がいる場合は指導もたいへんです。 部活動の所属を記録することから、 3 年になって入部を希望する生徒も現れます。 部長は得点が高いということで、 前期・後期輪番になどということもおこっています。 未設置の部活を新設するように求められて苦労する学校もあります。
     各高校の 「重視する内容」 も改善が進んでいるとは思いますが、 中学校側の実情とは離れていると思います。 基準の複雑さ、 あいまいさ、 生徒の現状との乖離に疑問をいだかざるを得ません。 生徒・保護者・教職員とも、 その内容を確認・点検するのがたいへんです。 学級担任は、 生徒ひとりひとりの希望校について 「重視する内容」 と照らし合わせ適切なアドバイスをします。 とりわけ、 資格・校外活動についての確認には神経を使います。
     12月、 1月には前期検査の面接練習を行いますが、 担任の教諭、 副担任、 校長など多くの職員が関わります。 その際使う自己PR書の点検、 添削にも多くの労力が必要です。
     三者面談では、 生徒・保護者が、 塾のデータによって指導された志望校を検討したいと、 今まで話に出なかった高校名を担任に提示することもあり、 担任をあわてさせます。 塾は名を上げるため、 よりレベルの高い高校を受験するよう指導します。 その結果、 つま先立ち気味で受験する生徒もあり、 失敗した場合のフォローを考えるなど余分なエネルギーを使わされることもあります。
     私立高校の調査書は、 書式が学校ごとに異なる上に内容も多岐にわたっています。 この記入にも時間がかかります。 基本的には公立のものと併用にしてもらいたいものです。
     入試態勢にはいると、 教室内も落ち着かず、 教科によっては授業が空疎になる感もあります。 生徒の学習意欲も削がれがちです。 前期検査以後、 後期検査までの間はクラス内の雰囲気もさらに落ち着きません。 卒業間近で、 担任もクラス運営に心を込めたいところですが、 日々、 忙しさに追われてしまいます。 教職員の中には、 入試業務の多さ、 学級の状況を考えて、 卒業後に入試日程をずらせないかという意見もあります。 卒業の準備をしながら、 志願変更手続き、 入学手続き日程等のチェック等に神経を使ってゆく担任は気持ちが休まりません。  
     学区が全県一区となり、 言葉では、 「行ける高校から行きたい高校へ」 とはいうものの、 結果的には高校の序列化が進み、 成績下位の生徒の行き場が縮小しているのが現実です。 ゆるやかな学区の中で、 極力、 地域の高校へ進学できるようにしたいものです。 少なくとも、 県立高校には成績下位者を救うというスタンスが見られるものの、 横浜市立の場合は完全に切り捨てという姿勢であり大問題です。
     また、 いわゆるエリート校や中等教育学校ができるなどの影響で、 その地域周辺の生徒にとっては、 公立全日制高校とその他の高校等の比が 6:4 といいながら、 実質的には 「 6 」 の中では、 成績下位の生徒に厳しいものになっているのではないでしょうか。
     高校間格差の縮小、 希望する生徒の高校全入 (公立全日制高校の開門率を進路希望の実態に即して上げる)、 経済格差解消のための奨学金制度 (県外の進学者に対する対策を含める)、 私学助成の充実を願います。
※教育研究所公開研究会は、 6月27日 (土) に藤沢産業センターで行われました。

(こばやし まさお 横浜市立下瀬谷中学校教員)
ねざす目次にもどる