特集U 教員免許状更新講習始まる
 
「教員免許更新制」 について
小林 正直

はじめに
 本年度 (09年度) から教員免許更新制が施行されました。 免許状更新講習の開設主体である大学、 特に教育系大学では受講者確保が至上命令で、 昨年の予備講習から準備を進め、 受講態勢の整備・確立に奔走してきたことでしょう。 では、 受講者側である教師たちの反応はどうでしょうか。 不満はあっても疑問をもたず、 行政研修のような感覚で10年に一度、 何とか消化すればいいのだと受け止めているとしたら、 日頃の研修漬けに感覚が麻痺してしまっているのではないかと危惧します。
 我が国の公的資格制度において、 資格 (免許) の更新を必要とされるものに、 海技士、 水先人、 航空機乗組員、 臭気測定士、 小型船舶操縦士、 ボイラー溶接士などがあります。 それらは、 公共の安全確保のため、 その身体的適性の定期的確認や知識・技能の更新を必要とする技能資格といわれる職業です。 教員に免許の更新を課している国は、 欧米諸国の中で、 米国 (州ごとに実施) だけです。 米国での免許更新制は、 教員を確保するために、 無資格教員に資格取得をさせる促進策として機能しており、 日本の事情とは異なります。 日本の教員の質や組合教研、 校内研究会、 民間研究団体の研究会の実績は、 世界で高く評価され注目されています。 免許更新制については、 米国に学ぶものは何一つありません。 日本では、 導入したことでかえって教員の成り手が激減するのではないかと懸念します。
 後述しますが、 免許更新制には、 専門性向上策としての研修とは性格を異にする巧妙な仕掛けが組み込まれています。 本稿では、 中教審が一度断念した免許更新制をなぜ再び答申したのか、 若干の経過説明と免許更新制のもつ役割およびその制度的しくみと問題点、 ならびに免許状の失効にともなう公立学校教員の身分保障について述べていきます。

1 現職教員の免許更新制のしくみ
(1) 中教審の再答申の理由
 中教審は、 教育改革国民会議の提言 「免許更新制の可能性を検討する」 (00年12月 「教育を変える17の提案」) を受け、 02年 2 月、 「現時点におけるわが国全体の資格制度や公務員制度との比較において、 教員のみ更新時に適格性を判断したり、 免許状取得後に新たな知識技能を修得させるための研修を要件として課すという更新制を導入することは、 なお慎重にならざるを得ない」 と答申 (「今後の教員免許制度の在り方について」) しました。 そして、 その代替として十年経験者研修制度が導入されました。
 その 2 年後、 文科省から免許更新制の導入について再度諮問 (04年10月 「今後の教員養成・免許制度の在り方について」) された中教審は、 十年経験者研修制度を十分に検証することなく、 「教員が、 社会構造の急激な変化等に対応して、 更新後の10年間を保障された状態で、 自信と誇りを持って教壇に立ち、 社会の尊敬と信頼を得ていくという前向きな制度」 であると答申 (06年 7 月) しました。 2 年間で教育状況が大きく変わったとは到底考えられないにもかかわらず、 なぜ文科省は再度諮問し、 それに応えるように中教審は態度を変えたのでしょうか。 この疑問について、 以下のような見解があります。 「(導入の) 背景には、 教員の不祥事が相次いだことや、 公立学校とその教師に対する 『信頼の低下』 があることは言うまでもありませんが、 より直接的には、 小泉政権が進めた 『聖域なき構造改革・三位一体改革』 とそれに伴って生じた義務教育費国庫負担金問題があり」、 「文部科学省及び中教審 (初等中等教育分科会教員養成部会) は、 義務教育費国庫負担金制度を堅持するための代償・生け贄として、 教員免許更新制の導入を決めたというのが、 実情である」 (藤田英典 『教育改革のゆくえ』 岩波ブックレットNo688、 43〜44頁) と。
  「教育は百年の計」 といわれます。 社会権の文化的側面である教育についての政策が、 その時々の政権政党による多数決や政府内の政治的駆引きでいとも簡単に変えられていくことには強い危機感を覚えます。

(2) 更新講習の役割
 更新講習は、 学習指導要領の改訂にともなう伝達講習会的な教育内容統制機能をもつと同時に、 受講段階において、 受講資格の免除と受講対象と排除の三層に振り分ける選別機能をもちます。 この三層構造は、 校長・副校長→主幹教諭・指導教諭→教諭という上意下達のピラミッド型学校組織と交錯し、 さらに、 更新講習修了認定・不認定のテストによる判定は、 教員の身分を不安定にしたり、 萎縮させたりすることで、 管理・統制の強化を図るものといえます。 また、 更新講習の受講から排除された指導力不足教員対象の指導改善研修も、 改善されなければ 「適格性を欠く者」 として分限免職となる懲罰的性質をもつもので、 こちらも萎縮効果をもちます。 入学式や卒業式の国歌斉唱時に不起立によって懲戒処分を受けた教員が、 指導改善研修対象者とされる可能性は高く、 更新講習と合わせ注意を要します。

(3) 改正教員免許法の附則条項
 旧免許状所持者の免許状の更新については、 本則ではなく、 経過措置として附則で規定しています。 現職教員の所持する免許状には 「有効期間の定めがない」 (教育職員免許法附則 2 条 1 項) としながら、 修了確認期限 (35歳、 45歳、 55歳) を設定し (教育職員免許法施行規則)、 修了確認期限までに免許状更新講習の修了確認を受けなければ免許状は効力を失います (教育職員免許法附則 2 条 2 項及び 5 項)。 さらに、 失効した免許状は、 有効期間が記されていないため、 返納しなければならず (同法附則 2 条 6 項)、 返納しなかった者は十万円以下の過料に処せられる (同法附則 4 条) という罰則規定までも設けています。

(4) 経過措置の扱い
 これらの重要事項が附則に規定されることには、 次のような問題点が指摘されています。 (ア) 経過措置・立法上の 「既得の権利・地位への配慮」 欠如である、 (イ) 重大な不利益変更を現職教員に遡及的に適用している、 (ウ) 実質的な有効期間の遡及的導入は、 教員の特別身分保障を規定した新教育基本法 9 条に抵触するおそれがある、 (エ) 本来本則で規定すべき内容を附則に規定したことは極めて異例である、 などが挙げられます。

2 教員の身分保障
(1) 免許状の失効
 公務員の離職 (失職や退職) は、 理論上の区分 (橋本勇 『逐条地方公務員法 〔新版〕』 による) と人事院規則による区分による場合があります。 両者の失職についての扱いは、 理論上の区分では、 失職は欠格条項該当と任用期間の満了と定年の到来の 3 つに分類されますが、 人事院規則による区分では、 失職は欠格条項に該当する場合のみとなります。(注)
 教員免許状の失効要件は、 旧教員免許法では、 (ア) 欠格条項に該当、 (イ) 分限免職処分、 (ウ) 懲戒免職処分のいずれかの場合で、 そのうち普通または特別免許状を所有する公立学校教員の失職は、 欠格条項該当か定年退職の場合に限られていました。 ところが、 免許法の改正によって有効期限のない普通および特別免許状に修了確認期限を設定し、 免許状更新講習未修了となった者は、 「各相当の免許状」 を有せず法律上当然失職 (人事院規則では、 当然退職人事院規則 8 −12、 52条) となります。 教員の身分がいかに軽視されることになったか、 指導力不足教員への扱いと比較してみれば明らかです。 指導力不足教員と認定された者は (認定すること自体困難をともないますが)、 免許状更新講習から除外され、 指導改善研修を義務づけられます (教育公務員特例法25条の 2 第 1 項) が、 研修等必要な措置が講じられても改善の見込みがない場合、 分限免職その他の必要な措置を講じるとされます (同法25条の 3 )。 分限免職処分に対しては不服申立ができることや他の職への配置換えの道がある (地方教育行政法47条の 2 、 1 項) のに対し、 免許状更新講習未修了が失効・失職とは不条理であるといえます。 では、 失職とは、 教員としての身分ばかりでなく、 公務員の身分までも失うことになってしまうのでしょうか。
(注) 欠格条項とは、 @成年被後見人又は被補佐人、 A禁錮以上の刑に処せられた者、 B日本国憲法施行の日以後において、 日本国憲法又はその下に成立した政府を暴力で破壊することを主張する政党その他の団体を結成し、 又はこれに加入した者 (同条 1 項 1・4・7号) をいいます。

(2) 失効の効果
 中教審 「今後の教員養成・免許制度の在り方について」 の中間報告 (05年12月) と答申 (06年 7 月) では、 失効の効果について見解が異なります。
 中間報告は、 「公立学校の教員の場合は、 教員免許状の失効に伴い、 教育公務員としての身分を失うことになるものと考えられるが、 当該者を他の職として採用するかどうかは、 任命権者の判断によるものであると考える」。
 答申は、 「教員免許状を有することは、 教育職員としての資格要件であり、 この要件を欠くに至った場合、 公立学校の教員であれば、 地方公務員法上の失職に該当することになる。 失職は、 教員免許状の失効という事由が発生した時点で、 公務員としての身分を自動的に失うものであり、 分限免職のような処分行為を前提としたものではない。」 この見解は、 臨時免許状の期限切れによる失効・失職とした事例についての旧文部省解釈に基づいたものですが、 この事例を有効期限のない免許状所有の現職教員 (終身雇用) に適用することには無理があると思われます。
 教員の身分を不安定にする点では、 いずれの見解も受け入れがたいところですが、 特に答申の見解は、 一般公務員以上に手厚く保障してきた教育基本法の 「その使命と職責の重要性にかんがみ、 その身分は尊重され、 待遇の適正が期せられる」 ( 9 条 2 項) に抵触するおそれがあるといえます。 一般的な任期制を導入していない公務員制度において、 教員にのみ (免許更新による) 実質的任期制を導入し、 失業保険制度も適用されないまま、 公務員としての失職⇒失業とは決して許されるものではありません。
 なお、 更新講習未修了には、 講習受講後の 「不合格」 のほかに、 身体的なことや家庭の事情、 事故等の災害による 「未履修」 を事由とする場合も考えられます。 少なくとも、 指導力不足教員の分限免職及び他の職への採用との整合性を考えれば、 免許状の失効期間中は、 特別免許状を取得させるなどの措置を講じるべきではないでしょうか。
 残念ながら、 「悪法もまた法なり」 です。 免許更新制をなくし、 大学が実施する講習を自主研修の場として活用していくことには大きな意義があります。 そのためにも、 当面の取組みとして、 政治レベルでの更新制の凍結と並行して、 受講拒否による処分を回避しつつ (更新講習を消化しながら) 組合員が一丸となって 「更新講習受講不存在確認訴訟」 を提起するなど、 教員の身分を脅かす免許更新制をそのまま看過することなく、 かつての勤評闘争以上の危機感をもって、 裁判による取組みも考えていくべきではないでしょうか。

(こばやし まさなお 県立茅ヶ崎高校教員)
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