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「パリ20区、 僕たちのクラス」を観て
 

戸 田 真由美

 私が岩波ホールで初めて観た映画は 「大地のうた」 3 部作だった。 インドの美しい風景と共に映画の持つ教育力というか、 影響力の大きさを実感したことを覚えている。 その後80年代にエキプ・ド・シネマの会員となり、 今日まで実に多くの名画に出会うことができた。 「パリ20区、 僕たちのクラス」 も実によく笑い、 共感と同時に大いに反省もした。
 この映画は移民が多い地域、 パリ20区の公立中学 3 年生の 1 年間を描いている。 出演者は全員素人で、 24人の生徒と教師たち (フランス語教師のフランソワ以外) はパリ20区に実在する中学校の人々だそうだ。 担任でフランス語教師のフランソワを演じているのは元フランス語教師で原作の小説 『教室へ』 の作者フランソワ・ベゴドーである。 一見ドキュメンタリーに見えるが、 見終わると、 ドラマであることがよくわかる作りになっている。
 
 教育事情の異なるフランスではあるが、 フランス語教師フランソワと生徒たちとの丁々発止のやり取り、 真剣勝負の迫力に、 日々高校生を相手に奮闘している (?) 私としては大いに笑い、 よく共感できた。
 私は、 「帽子を取りましょう」、 「鞄下ろして」、 「ケータイしまいなさい」、 「飲食終わり」 と声を掛ける日々を送っている。 諦めずに毎日、 毎時間。 標準服とは名ばかりの私服まがいの生徒。 茶髪や金髪も。 ケバイ化粧の子も。 単位制では毎時間異なる教室で、 異なる生徒集団で授業を受けるせいか、 生徒と教師の人間関係だけでなく、 生徒同士の人間関係も育ち難いように感じる。 信頼関係が弱いところでの人権に触れる指導は、 教科担当者としては避けたい。 3 年生は進路指導や就職指導の真っ最中なので、 担任やガイダンス担当に委ねる。 「おしゃべりやめて」、 「姿勢を正して」、 「正しい日本語で答えなさい」、 「大きな声で答えて」 etc。 勉強以前の躾を毎日繰り返しているが、 成果は如何。
 もう一つ共感したのは 「直感」。 「文語と口語を使い分ける方法は?」 と質問する生徒に、 フランソワの 「普通は言葉を使ううちに、 その場で覚えていくものだ。 あとは直感に頼る」 別の生徒が 「直感とは?」 と続けて質問する。 フランソワ 「直感とは頭で考えることではなく、 何というか……知識じゃない、 何かを感じることこそ直感と言える」 「感じなかったら」 となおも食い下がる生徒に 「もし感じなかったら……言葉を使えば直感力も増す。 すると自然に口語と文語の違いも身についていくんだ」。 同じ 「国語教師」 としては 「そうなんだよね」、 苦しい気持ちも真実もその通りと、 納得してしまった。 突っ込んだやり取りに一部の生徒がついてきても、 他の生徒は退屈したり、 ケンカを始めたり、 24人の教室でもこれだから、 実際に30人以上のクラスの困難さは想像に難くない。
 中学生たちの反応やフランソワとのやり取りに共感する反面、 反省させられることもあった。 フランソワは堅苦しい文法を拒否する生徒たちに 「ちょっとよそ行きに聞こえるが、 気品があり、 普通の市民に見られる。 だから、 いろんな用法を習得し使いこなすんだ」 「話し言葉、 流行語、 堅苦しい表現、 口語、 文語など、 すべて覚えるんだ」。 私はこんなに熱心に生きるための言葉を習得させることに力を入れているだろうか。 生きる力とかコミュニケーション力とか確かに目標には掲げているが、 こんなに真剣に取り組んでいるだろうか。 「読み書き」 重視で、 「話す聞く」 取り組みはまだまだ弱いといえる。 人としての尊厳を尊重し、 求め続ける、 真の意味での他人とのコミュニケーション、 社会で生き抜く手段としての言葉の力を身につけさせること。 もう少し考えていきたい。  
フランソワの対話重視の、 生徒を挑発し自発性を引き出していく教授法は、 有効だが、 反面、 生徒と教師、 生徒間にも緊張や激しい対立関係を生み出していく。 教師の率直な言葉が生徒の心を傷つけたり、 言葉の行き違いが誤解を生んだりして小さな暴力事件へと発展する。 生徒をかばう言葉 「能力の限界」 や不用意な発言 「ペタス (下品な女、 娼婦)」 が元でアフリカ系生徒の退学処分となる。 生徒たちが激しく教師と対立し、 尊厳を求めて怒り、 論じる様は教育の成果でもあるのだ。
 1 年間反抗して学習を拒否していた女生徒はプラトンの書物を読み、 ソクラテスの対話法に感動したと語る。 一方別の女生徒は、 授業の内容が全部分からないと告白して 1 年間が終わる。 教育は何を成したか。 反抗したり、 拒否したり、 何も分かっていない生徒は確かに存在するのだ。 それでも校長先生も教師たちも生徒と一緒に球技に興じる。 学期末は私たちも球技大会に熱中する生徒を見ることができるし、 教員チームとの対戦もある。 映画と違うのは部活動だ。 勉強が嫌いでも学校が好きで、 部活動を楽しみに毎日休まず登校している生徒も多い。 日本の良さも確認できる。

 同僚の妊娠をシャンパンで祝う家庭的な職員室の風景。 校長や教師だけでなく生徒代表や保護者代表も参加する成績会議。 校長、 教師、 対象生徒と保護者、 保護者代表も参加する懲罰会議。 討議の後、 投票を行う。 民主主義が生きている。 校長は退学生徒のために転校先も探すという。 保護者代表の容赦ない批判の言葉に教師も応酬する。 正に言葉の力が生きている、 人としての尊厳を尊重する厳しい社会だ。 私たちはどこまで近づけるだろうか。

 (とだ まゆみ 藤沢総合高校教員)
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