貧困と格差 ― 千葉県から

高校における 「貧困と格差」 問題の現状
−千葉県の都市部の学区を事例にして−

鳥 塚 義 和

はじめに
 10年ほど前、 高校中退問題をとりあげた二本の論文が発表された。 一つは大学の研究者が書いた 「高校中退問題の動態と変容」 1 、 もう一つは埼玉県の現職の高校教員の手になる 「高校中退の背後にみえる階層分化」 である 2 。 いずれも、 高校中退率と学力・偏差値との強い相関関係を指摘し、 文部科学省が高校中退を進路変更の 「積極的な行為」 として 「評価」 することに対し、 批判を加えた点で共通している。
 しかし、 高校中退の要因についての分析はまったく異なっていた。 前者が 「高校教育において普遍的に発生する現象になりつつある」 点に着目し、 「一般的な問題として把握されるべきもの」 と理解して原因の特定を留保したのに対し、 後者では、 現場で日々生徒と接している体験に基づいて、 授業料の減免率のデータを用いて、 「教育困難校」 における退学率の高さの背後に階層分化の進行と家庭の貧困問題があることを指摘していた。
  「貧困と格差」 の問題が社会問題化した現在からふり返ってみると、 どちらの論考が時代の動向と社会の変容をより深いところで的確にとらえていたかは明らかである。 近年でも、 埼玉県や神奈川県で、 現場の教員・職員が中心になって調査・研究を行い、 貧困の問題が高校生の学力や生活に深刻な影響を及ぼしており、 特に受験偏差値で輪切りにされた高校序列のなかで底辺に位置づけられる 「教育困難校」 で顕著に現れていることを明らかにしている 3 。
 私自身、 高校の現場に身をおきながらも、 「困難校」 に勤務するようになって、 はじめて 「貧困と格差」 問題の深刻さに直面した 4 。 本稿では先行研究に学びながら、 客観的なデータに基づいて、 受験学力と家庭の経済力との関係や 「貧困と格差」 の問題について、 あまり調査研究が行われていない千葉県をフィールドにとりあげて分析してみたい 5 。
 主なデータは情報公開制度を利用して入手した公文書と県教委の発行した報告書、 そして市販されている高校受験のガイドブックである。 対象とするのは、 千葉県の県立高校であり、 第一学区 (千葉市周辺)、 第二学区 (船橋・松戸周辺)、 第三学区 (柏市周辺) の都市部の高校に限定する。

  1. エアコン導入は格差の象徴
     環境問題の視点からの普通教室へのエアコン導入の是非はひとまず置いて、 経済的な格差問題の視点から分析してみたい。 千葉県教育委員会が自ら県費でエアコンを県立高校の普通教室に入れるのではなく、 保護者が経費を負担するならば学校裁量でエアコンを導入してもよいと認めたことにより、 親の経済力の格差がはっきり目に見える形であらわれた。 エアコンの入っている高校と入っていない高校との学校間格差の問題である。
     千葉県教育委員会のデータによると 6 、 2009年10月 1 日現在、 県立高校129校中エアコンが設置されているのは55校であり、 このうち空港や基地の防音対策のため公費で設置されている 5 校を除いた50校が保護者負担によって導入されたものである。 第一・二・三学区では、 73校中半数近くの31校に設置されている。
     世間では、 偏差値の高い 「進学校」 から導入が始まったと受けとめられているが、 データはそれを裏付けている。 学習塾の偏差値データにより、 第一・二・三学区の73校を便宜的に次の 8 つの群に分ける 7 。 A群 (偏差値61以上) 9 校、 B群 (60−55) 11校、 C群 (54−50) 11校、 D群 (49−45) 10校、 E群 (44−40) 9 校、 F群 (39以下) 17校、 G群 (職業高校) 6 校、 そしてH群 (定時制) である。 それぞれのエアコン設置校数を示すと、 A群は 9/9、 B群は10/11、 C群は 8/11、 D群は 2/10、 E群は 0/9 、 F群は 2/17 (この 2 校は公費)、 G群は 0/6 である。
     つまり、 偏差値50以上の学校にはほとんど導入済みであり、 D群の設置 2 校も偏差値49で群のトップに位置する高校であるから、 偏差値49ラインが導入の限界となっている。 偏差値がそれ以下で、 保護者負担によってエアコンを導入した高校はひとつもない。
     エアコンの入らない高校は小規模校であることも原因のひとつであるが、 根本的には保護者の経済力の格差が反映されていると言えよう。 エアコンのリース代・電気代などの経費として、 千葉県のある高校では年間で一人当たり9,000円の冷房費を徴収している。 これくらいの金額を保護者が負担できるかどうかが導入の可否の分岐点となっている。 偏差値トップクラスに位置するT高校のセミナーハウスの一室には、 「祝冷房導入」 の額がPTAによって掲げられているが、 これを苦々しい思いで仰ぎ見る人がいることを想像する力が必要だと思う。 「貧困」 は見えないのだろうか。
  2. 授業料減免率
     千葉県の県立高校の授業料は、 現在全日制では年11万8,800円 (月9,900円)、 定時制では年1,740円である。 保護者の経済力を表す指標として、 授業料の減免を受けている者がどれくらいの割合であるかを示す数値、 減免率をとりあげる。 なお、 減免を受けられるのは、 母子家庭の場合、 年収210万円程度が基準になっている。 図表 1 は、 2007年 3 月時点のデータである 8 。
     多くの教員は、 偏差値の高い高校ほど生徒の家庭が裕福であり、 「困難校」 ではひとり親の家庭、 特に母子家庭が多いことを体験的に感じているが、 データはそれを裏付けている。 授業料減免を受けた者が4,389人いるが、 そのうちの 4 割以上は定時制のH群と偏差値39以下のF群の高校 (いわゆる 「困難校」) とに集中している。 H群では 4 人に 1 人、 F群では 5 人に 1 人が減免を受けている。
     一方、 A群やB群の 「進学校」 では、 きわめて少なく、 1 クラスに 1 人いるかいないかという割合である。 F群からA群へと偏差値が高くなるほど授業料減免を受けている生徒の割合は少なくなっている。 エアコンが設置された高校のほとんどは減免率 6 %以下の学校であり、 10%を超える高校で設置された例はない。
     また、 授業料減免には、 1 号 (災害)、 2 号 (生活保護)、 3 号 (ひとり親など)、 4 号 (低所得) などの事由別の分類があるが、 F群に近づくほど生活保護の家庭、 ひとり親の家庭の割合が高くなっている。 全子どもの中で生活保護を受けている子どもの割合は約 1 %、 母子家庭の子どもの割合は約 6 %であることを考えると、 F群にはこうした家庭の子が集中していることがわかる。 つまり、 高校に入る段階で、 すでに家庭の経済力によって受験学力に大きな格差が生まれているのである。
    次のグラフは、 第 3 学区 (柏・流山・我孫子・野田・鎌ヶ谷) の19校 (2007年時点) の偏差値と授業料減免率を示したものである。 印は保護者負担によってエアコンが設置されている高校である。
     偏差値の最も低い高校が授業料減免率は
    32.0%で最も高く、 偏差値が上位の学校ほど減免率は低くなっていき、 偏差値の最も高い高校の減免率は 1.1 %で最も低くなっている。 また、 第 3 学区では、 偏差値50以上の高校にはすべてエアコンが入っている。 家庭の経済力と受験学力との相関関係は明らかである。
  3. 部活動・長欠・退学
     家庭の経済力の格差は、 生徒の学校生活全般にどのような影響を与えているのだろうか。 学力や学習意欲、 部活動、 健康状態、 欠席や退学、 進路などいろいろな観点から検討していく必要があるが、 ここでは部活動の加入率、 年間欠席日数30日以上の長期欠席、 中途退学、 進路の問題にしぼって検証していく。
     部活動や長欠、 中退の問題も家庭の経済力と深くかかわっていることは、 多くの教員が体験的に感じていることである。 今回、 こうした事柄も、 データによって裏づけられることがわかった。 次の図表 3 は、 2006年度 ( 5 月 1 日) の在籍数、 部活動加入者数、 長欠者数、 退学者数とそれぞれの比率を偏差値区分による群ごとに示したものである 9 。
     部活動加入率では、 A群がとびぬけて高く、 充実した高校生活を送っている。 また、 A群は文化系の部活の加入率も高い (34.8%)。 B、 C群も加入率は70%を超え、 特にC群では体育系の加入率が50.7%と高く、 B群の43.5%を上回っている。 E群でも半数以上が加入しているのに対し、 F群の低さが際立っている。
     その原因は、 部活動を行うために必要な基礎条件である費用と時間が確保できないことにある。 ユニフォームや用具代、 練習試合に行く交通費、 部費など部活動を続けるには多額の費用が必要になる。 また、 部活動は放課後や土曜・日曜に行われるので、 アルバイトと部活動の両立は難しい。 アルバイトをしている生徒の状況をあらわすデータはないが、
    部活動加入率とは反比例して、 F群の高校では学費を稼ぐためにアルバイトをしている生徒がかなりの割合に上ると考えられる。
     長欠率、 退学率とも、 A群が最も低く、 B、 C、 D、 Eと順次高くなり、 F群が際立って高率になっている。 E群とF群の間に大きな差があり、 F群の生徒の置かれている厳しい状況が読みとれる。 特に在籍生徒数では15%に過ぎないF群に、 退学者の55%が集中していることは深刻な事態を物語る。 「困難校」 と言われるゆえんである。
     職業高校のG群はE群に近い数値を示しており、 かつて 「普商工農」 と呼ばれた序列とは異なり、 都市部の地域では、 現在最も 「困難」 な状況に置かれているのは、 偏差値で最底辺に位置づけられているF群の普通科高校であることがわかる。
  4. 中途退学の実態
     高校中退の問題を掘り下げて検証していく。
     実は、 県教委が集計した各高校の 「退学者数」 と 「退学率」 の数値が 「中途退学」 の実態を正確に表しているかというと、 疑問が残る。
     まず、 「転学」 した生徒数がこの 「退学者」 に含まれていないことである。 一家転住などによる本来の 「転学」 以外に、 実際には欠席時数がオーバーしたり、 単位が取れなかったりしてその高校を続けることができなくなり、 公立の定時制や私立の単位制通信制サポート校に 「転学」 するケースは事実上の 「中途退学」 であるにも関わらず、 カウントされていないのである。
     また、 青砥恭が 『ドキュメント高校中退』 で指摘しているように 10 、 教委のまとめた数値は、 あくまでもその学校の 1 年間の 「退学者」 の割合を示しているだけであって、 入学した生徒が卒業できたかを示す数値ではない、 ということである。 「中途退学」 の実数をつかむためには、 3 年間を通しての生徒の動向を調べる必要がある。
     そこで、 青砥と同じように、 特定のある年度の入学者が 3 年後にその高校をどれだけ卒業したかを調べることにした。 各種の高校受験ガイドに掲載されている数値をもとに、 2005年入学生について算出したデータを次の図表 4 に示す 11 。
     原級留置・転入・休学・死亡などの人数は大勢に影響がないと考えられるので、 2008年 3 月の卒業生の数から2005年 4 月の入学者の数を引いた数をその学年の 「中途転退学者数」 とみなすことができる。 2 年進級時、 3 年進級時、 卒業生の数をみると、 一般的に転退学者は 1 年時に最も多く、 3 年に進級すると急減することがわかる。
     高校に入学した者が 3 年後にその高校をどれだけ卒業できたかを示す数値を 「卒業率」 とよぶ。 偏差値による群ごとに見ると、 A群が最も卒業率が高くて98.7%、 ついでB群の97.9%であり、 これらの高校では退学する生徒は 1 クラスに 1 名いるかどうかである。 C群以下順次下がって行き、 C群とD群の間に大きな差があり、 D群になると95%を割り込んでいる。
     しかし、 より大きな差があるのはE群とF群の間である。 E群まではそれでも90%ラインを維持しているが、 F群はそれを大きく割り込んで74.7%である。 つまり、 F群ではほぼ 4 人に 1 人が中途転退学したことになり、 入学時の40人クラスが卒業時には30人に減っているのである。 F群では、 最も卒業率が高かった高校でも92.6%、 他の高校はすべて90%を下回っている。 中でも卒業率が70%を下回る高校が 8 校あり、 最も卒業率の低かった高校は50.0%であり、 半数が学校を去ったことになる。 「困難校」 の深刻な状況をここに見ることができる。
     次の図表 5 は、 第 3 学区の19校について、

    高校を去った生徒の割合を示したものである。
     偏差値の高い学校ほど転退学率が低く、 偏差値の低い学校ほど転退学率が高いということが読みとれる。 先に示した授業料減免率のグラフ (図表 2 ) と比較してみると、 両者はまったく同じグラフかと見まがうばかりである。 家庭の貧困の度合いと高校を続けることの困難さとが連動していることが、 この二つのグラフから浮き彫りになっている。
     卒業後の進路では、 大学進学率が偏差値の高いA群ほど高く、 F群へと順に低下している。 このデータは 「現役」 での進学率なので、 「浪人」 を含めるとA群・B群の数値はさらに高くなり、 以下の群との間にもっと大きな差があることは、 周知の事実であろう。
    F群の大学進学率が低いのは、 学力の問題だけではなく、 学費を用意できないという経済力の問題も大きく影響している。 年間授業料だけでも国立大で50万円以上、 私立大文系学部で70万円以上であり、 入学金を含めると初年度の納入金はそれぞれ80万、 100万円を超える。 これは貧困層にとって進学を阻む高い壁となっている。 専門学校への進学も同様に難しい。
     また就職活動に際しても、 試験会場の下見に行く交通費がない、 自動車免許を取るために教習所に通う金がないなど、 家庭の貧困が不利に働き、 フリーターを生み出す原因となっている。
     こうして、 貧困が進路を大きく制約し、 高校の格差が、 「高校中退」 「高校卒」 「専門学校卒」 「大学卒」 という学歴格差へと繋がっていく。
  5. 通信制サポート校への転学
     では、 実際にはどれくらいの数の生徒が高校を去り、 そのうち定時制や通信制単位制サポート校などへ転学した者はどれくらいいるのだろうか。
     1 年間に全日制普通高校の各校を去った生徒の実数を知るために、 次の方法をとった。 4 月当初の在籍数 ( 1 年・2 年・3 年の合計) から翌年 3 月の卒業生と翌年 4 月当初の 2 , 3 年の在籍数を引いて減少数を算出する。 そして、 減少数から退学者数を引いたものを転学者数とみなす。 もとにしたデータは、 高校受験ガイドに掲載されている学年ごとの在籍数である 12 。 図表 6 は、 県教委調査の退学者数・退学率と、 この方法で算出した在籍減少数を比較したものである。
     在籍減少数は退学者数を大きく上回っており、 県教委調査の 「退学者数」 の約 1.5 倍の生徒が実際には入学した高校から去っていることが確認できる。 その中で、 通信制単位制サポート校や定時制高校に転学した者は、 約 3 分の 1 である。
     群ごとに見ると、 B、 C群の高校では、 転退学者の中で転学者の占める割合が高いことがわかる。 これらの高校を不登校その他の理由で続けられなくなった者は、 通信制サポート校などで勉学を続け、 高校卒業の資格を取っていくと考えられる。
     通信制サポート校は、 「いろいろあっても大丈夫」 「きみの居場所がここにある」 「年間約20日で卒業」 などをうたい文句にして、 不登校生徒の受け皿として一定の役割を果たしているが、 一部には単位を金で買うような実態もあり、 教育の市場化・ビジネス化の視点から検証する必要があるだろう。
     一方、 F群では転学者よりも退学者の方がかなり多く、 高校中退の学歴のままフリーターになっていると考えられる。 たとえサポート校への転学を希望したとしても、 学費が用意できないケースが多いだろう。 通信制単位制サポート校の学費は、 1 単位あたりの履修登録費だけでも、 7,000円〜 1 万円であり、 1 年分30単位をとるとすると30万円近くかかる。 県立高校の授業料に比べると格段に高額であり、 貧困家庭にはとうてい負担できるものではない。
     そして最大の問題は、 退学した生徒は行政も高校もその後追跡せず、 放置されていることである。
  6. 「高校中退」 は減っているか
     1975年、 千葉県の全日制高校の退学者数は667人、 在籍数に対する割合は、 わずか0.84%であった。 1970年代後半以降、 高校増設期に入るとともに中退率も上昇し、 1977年には1.03%と 1 %を超え、 1980年には 1.48%になった 13 。 その後も中退率は上昇し、 1998年には 2.8%に達した。
     上の図表 7 は、 千葉県教委が毎年発行している 『教育要覧』 『学校教育実態調査報告書』 に載せられている1981年度以降の中途退学者数・中退率をまとめたものである。
      『教育要覧』 の平成15年度版 (2004年 7 月 1 日発行) では、 「高等学校における中途退学者数は、 平成 9 ・10年度をピークとしてそれ以降減少傾向にあり」 と総括している。
     2000年代には退学率は減少し、 マスコミも大々的にとりあげた。 『千葉日報』 は、 「不本意入学が改善傾向 公立高中退者13%減」 (2000年 9 月 7 日付)、 「高校中退者も大幅減少」 (2003年 8 月24日付) と大きな見出しを一面に載せ、 後者では 「県教委ではスクールカウンセラーの配置や特色ある学校づくりが改善効果に結びついた、 と分析している」 と報じた。
     確かに中退率の数値は減少しているが、 この数値をもって本当に学校を去る者の数は減ってきていると結論付けていいのだろうか。 そこで、 中退率がピークに至る時期の1995年入学・98年 3 月卒業の学年と2005年入学・08年 3 月卒業の二つの学年を二つの方法で比較し、 「中退は減っていない」 ことを立証したい。
     第一の方法は、 県教委の学校教育実態調査のデータによる比較である 14 。 それによると、 全県の全日制公立高校の1995年 5 月 1 日現在の 1 学年在籍数は46,491人、 1998年 3 月の卒業者は42,805人であり、 卒業率は92.1%である。 一方、 2005年 5 月 1 日現在の 1 学年の在籍数は34,363人、 08年 3 月の卒業者は31,543人であり、 卒業率は91.8%である。 つまり、 2005年入学生の方が1995年入学生よりも学校を去った者の割合が高いのである。
     第二の方法は、 市販の受験ガイドブックのデータによる比較である。 第一・二・三学区の1995年入学の学年について、 先に示した2005年入学の学年と同じ方法で卒業率を算出する。 入学数は23,432人、 卒業数は21,643人であり、 卒業率は92.4%であり、 2005年と同じである 15 。
     つまり、 県教委発表の 「中退率減少」 は、 見せかけの数値であり、 実際に高校を転退学で去る生徒の割合は減っていないのである。 1995年入学生と2005年入学生の減少率、 つまり学校を去った者の割合は 7.6%で同じであるが、 前者の減少分の大多数が退学であったのに対し、 後者では転学が増加していると考えられる。 実際、 2000年頃から私立の通信制サポート校が次々に設立され、 比較的裕福な家庭の子がこうしたサポート校へ転学するケースが増えていった。
  7. 階層分化・貧困化と 「困難校」 の形成
     1980年代以降の高校格差の変動を分析する。 図表 8 は、 1985年、 1995年、 2005年の各年度の入学生のそれぞれの卒業率を偏差値の学校群ごとに示したものである 16 。
     1985年は、 高校増設もほぼ終わった時期であり、 高校数は70校に達していたが、 偏差値ランクで39以下に位置づけられる全日制普通科高校はまだ一つもなかった。 公立志向が強く、 私立を 「すべりどめ」 にしていた。 したがって、 卒業率も全体としてまだ95%以上あった。 しかし、 新設高校の中には中退者の多い高校が現れ始め、 E群の中の 5 校は80%を割り込んでいた。
     1995年までの10年間に偏差値による輪切りと序列化が進み、 C・D群の高校数・生徒数が減り、 上下に両極への分化が進んだ。 A・B群の校数・生徒数が増える一方、 偏差値39以下のF群の高校が急増した。 これらの高校は定員割れと二次募集を繰り返した結果、 不本意入学者・遠距離通学者も多く、 中退者が急増した。 1995年入学生では、 E群の 4 校、 F群の10校が卒業率80%を割りこみ、 70%を切る高校も 3 校現れ、 「困難度」 はいっそう増した。
     この時期の授業料減免のデータが得られないので貧困との関連を証明できないが、 社会学の研究は1980年代を 「格差拡大の始まり」 として、 1990年代に 「日本社会の再編成」 がすすんだことを証明しており 17 、 高校の両極分化は階層分化の反映と考えられる。
     2005年度になると、 ほとんどの県立高校の偏差値が下がり、 全体的に公立高校の 「地盤沈下」 が進んだことが指摘できる。 A・B群の生徒数と全体に占める割合が激減し、 富裕層が私立の進学校へシフトしたことをうかがわせる。
     一方、 F群の学校数と生徒数はむしろ増加し、 全体に占める割合もさらに増えている。 1995年のF群11校のうち10校は2005年時点でもF群であり、 「困難校」 は固定化された。 高校を去った者の中でF群の占める割合は、 39.9%から56.3%へと増えている。 貧困層の子どもは、 学費の問題から私立高校への進学をあきらめ、 公立高校のF群に集まっていったと考えられ、 退学者もそこに集中するようになった。
     この時期、 労働市場では非正規労働者が増加し、 社会保障が削減され、 貧困層が増大したが、 「困難校」 が形成され、 固定化された過程に、 階層分化と貧困化の同時進行のようすがくっきりと刻まれている。
  8. 格差はひろがっている
     新自由主義的な経済改革と世界的な不況の深刻化の影響は、 生徒の家庭を直撃している。 授業料減免に関して、 今回の公文書公開請求で入手できたのは過去 4 年間のデータであるが 18 、 この 4 年間だけでも第一・二・三学区で減免をうけた者の数は、 2006年 7 月4,195人→07年 7 月4,526人→08年 7 月4,815人→09年 7 月5,270人と急増している。 在籍生徒に占める割合も、 全日・定時制を合わせて、 06年 7 月7.6%→07年 7 月8.2%→08年 7 月8.7%→09年 7 月9.5%と上昇している。
     減免の手続きは年度当初に行う場合が多く、 7 月時点では必要とする生徒のほとんどが手続きを終えているが、 その後もあらたに手続きをする者が若干でるので、 2009年度末には5,500人を超えるものと予想される。 10人に 1 人が減免をうけるという事態である。
     では、 不況の影響を最も強く受けるのはどういう人たちであろうか。 次の図表 9 は、 受験偏差値で区分したA〜F群と職業高校のG群、 定時制のH群に分けて、 減免率がどう変化したかを表したものである。
      「進学校」 のA群・B群でも増加しており、 すべての群で増加している。 中でも、 この 4 年間で最も増加の幅が大きいのは、 6 ポイント上昇した定時制であり、 ついで 4.3ポイント上昇したF群である。 もともとひとり親の家庭が多く、 非正規労働者やブルーカラーの階層が多い定時制とF群の生徒が不況の影響を最も強くうけていることがうかがえる。 こうしてさらに格差は拡大していく。
  9. スクールカウンセラーの配置問題 
     今回、 各学校の保健室利用状況 (年間の利用人数、 利用事由など) も知りたいと思い、 公文書開示請求を行った。 「困難校」 では、 ケガや発熱などで保健室を訪れる以外に、 心身の不調や悩み事の相談で養護教諭の世話になる生徒がかなりの数に上るので、 そうした実態を把握したいと考えたのである。
     しかし、 学校安全保健課の回答は 「不存在」 というものであった。 各学校で養護教諭が自主的にこうしたデータをまとめることはあっても、 それを教育庁が集約して施策に生かすということは行われていなかった。 こうした基礎的なデータを持っていないで、 どのようにして現場の実態を把握し、 スクールカウンセラーの配置をしているのか、 疑問が残る。
     千葉県教育委員会のホームページを開くと、 「千葉の教育施策」 に 「不登校対策」 という項目があり、 その一つとして 「スクールカウンセラーの配置」 があり、 「学校における教育相談体制の充実を図るために配置します」 と記されている。
     高校については、 2009年度にカウンセラーが配置されている67校の名が上げられている。 第一・二・三学区では40校に配置されている。 たしかに不登校の多い高校が数多く含まれているが、 どうしてこの学校に必要なのか、 と疑問を抱かざるを得ないものもある。 これまでの分析に使ってきた群ごとに見ると、 配置されているのは、 A群 5/9 、 B群 6/11、 C群 2/11、 D群 4/11、 E群 5/9 、 F群14/17、 G群 3/6 、 通信制 1/1 となっている。
     2008年度のデータによると 19 、 配置されているA群・B群の11校 ( 2 校は定時制併置) のうち、 不登校の生徒が 0 という高校が 3 校あり、 一番多い高校でも18人である。 また長欠者が最も多い高校でも29人 (全生徒に対する割合は3.4%) にとどまっている。 これに対し、 長欠者の割合が10%を超えている10校 (うち 9 校はF群) にはさすがにすべてカウンセラーが配置されているが、 長欠者の割合が 8 %を超え、 不登校が35人もいるのに配置されていないF群の高校もある。 本来、 すべての高校にカウンセラーを配置すべきであるが、 できないのならばせめて現場の状況を正確に把握して、 緊急度の高いところから優先的に配置すべきであろう。

おわりに
 個々の教員がこれまで体験したり、 今現場で直面したりしている問題が、 全体のしくみの中でどのような位置にあるものなのかを確認したいと思い、 今回の調査を行った。 多くの教員が体験的に感じとっていることを、 データで裏づけることができたと思う。
 こうした現状分析は、 本来教育行政が実態を把握し、 今後の政策立案のためにとりくむべき課題である。 青砥恭は 「子どもに豊かな学力をつけようというのならば、 子どもを貧困から解放することだ。 学力問題は教室の外の貧困問題だったのである」 と述べているが 20 、 現場での体験に照らして首肯できる。 貧困問題の解決にはさまざまな社会政策が必要であるが、 教育行政に限ってもとりくむべき課題は多い。 高校授業料の無償化や学級規模の縮小の動きは、 問題解決への第一歩として評価することができる。
 一方、 千葉県では、 昨年知事の肝いりで 「千葉県の教育を元気にする有識者会議」 が発足し、 「心の教育」 や 「道徳教育」 を推進しようとする動きが始まっている。 また、 2010年 2 月には、 「千葉県教育振興基本計画」 の素案が発表されたが、 「千葉県の教育をめぐる現状」 の分析の中に、 「貧困」 「格差」 という言葉は一度も出てこない。
 教育行政がとりくむべきことは教育条件の整備を置いて他にないはずである。 「有識者」 は自己のうけた教育体験や限られた見聞で教育を論ずるのではなく、 まず現場の教員や生徒の声に耳を傾け、 正確なデータに基づいて現状をきちんと把握することから始めるべきである。 本稿がそうした現場の実態を伝える一助になれば幸いである。
  「困難校」 問題を解決する方策としては、 学区制の見直しなどの大きなテーマもあるが、 すぐにもできることは、 担任のできる正規教員を加配し、 一クラス30人以下の少人数クラス編成を認めることに尽きると思う。


1 清田夏代・黒崎勲 「高校中退問題の動態と変容−明るい中退論批判」 (世織書房編 『教育学年報 8 』 2001年)
2 江澤信一・関口竜一 「高校中退の背後にみえる階層分化」 (『教育』 2000年11月号、 国土社)。 なお、 同じ埼玉県の高校教員青砥恭も 「深まる階層化社会の中の高校改革」 (日本教育法学会編 『講座現代教育法 2 』 三省堂、 2001年) の中で、 貧困・階層分化との関連を指摘している。
3 青砥恭 『ドキュメント高校中退−いま、 貧困がうまれる場所』 (ちくま新書、 2009年)、 白鳥勲 「学びと希望を奪う貧困−中退激増、 高校の現場から」 (『経済』 2009年12月号、 新日本出版社) は、 主に埼玉県の事例を取りあげ、 神奈川県高等学校教育会館教育研究所2007年度独自調査プロジェクトチーム 「学校間格差と階層差」 (『ねざす』 40号、 2007年11月) は神奈川県の事例を取りあげている。
4 鳥塚義和 「高校社会科教育の現状と課題−高校の授業と大学の講義をつなぐ−」 (『教職課程研究年報』 第23号、 武蔵大学教職課程、 2009年)
5 千葉県高等学校教職員組合では、 1989年に 「困難校」 対策委員会がつくられ、 パンフ 「先生あきらめないで」 (第 1 集、 1990年) を第 3 集まで発行し、 高校中退に関するデータなどを分析し、 学校格差、 学区、 少人数学級、 授業料滞納等の問題をとりあげてきた。
6 教育庁財務課作成の 「普通教室への冷房装置の設置状況」 による。
7 『高校受験ガイド』 2008年入試用 (市進出版) の 「県標準偏差値」 (合格可能性80%) による。 普通科とそれ以外の学科 (英語科、 家政科、 体育科、 理数科、 看護科など) を持つ高校の場合、 学科により偏差値が異なるが、 普通科の偏差値でその高校を代表させた。
8 減免者数は、 各高校から教育委員会宛に提出された 「授業料減免報告書 (平成19年 3 月分)」 から算出した。 2007年 3 月の在籍者数は、 指導課作成の 「平成18年度中途退学者数・退学率 (通年)」 に記載されている 5 月 1 日現在の在籍数から退学者数を減じて算出した。 この中途退学者数には 「転学者数」 を含まないため、 3 月現在の在籍数の実数は、 算出した数値を若干下回ると考えられる。
9 教育庁指導課作成の 「平成18年度部活動加入状況」 「平成18年度中途退学者数・退学率 (通年)」 により算出した。 部活動参加人数は、 高等学校体育連盟 (高体連)、 高等学校文化連盟 (高文連) に加入している人数であり、 一人で複数の部活動を兼部している者は考慮せず、 のべ人数で算出している。
10 前掲 『ドキュメント高校中退−いま、 貧困がうまれる場所』 187頁〜190頁。
11 『高校受験ガイド』 2006年、 07年、 08年、 09年入試用 (市進出版)、 『高校受験案内』 2006年、 2009年入試用 (旺文社) による。 入学者数は、 入試の合格者数。 2005年時点で別々の高校が2008年 3 月時点で統合された場合、 入学者数は校舎を存続した高校の数値として算入している (校数は2008年 3 月時点のもの)。
12 『高校受験ガイド』 2007年、 08年入試用による。 統合や再編中で 3 学年分のデータがそろわない高校を除いた。
13 「学校教育実態調査報告書 (昭和56年 5 月 1 日現在)」 千葉県教育委員会、 8 頁による。
14 各年度の 「学校教育実態調査報告書」 千葉県教育委員会による。 なお、 1996年入学生以後2005年入学生までの各学年の卒業率は、 90.9%〜92.0%の間で推移しており、 大きな変動はない。
15 入学者数は 『高校受験ガイド』 1996年入試用、 『高校受験案内』 1996年入試用記載の合格数を用いた。 卒業者数は 『高校受験ガイド』 99年入試用による。
16 A〜Fの偏差値による区分は、 1985年入学生は 『高校受験ガイド』 1986年入試用、 1995年度入学生は1996年入試用による。 1987年 3 月の卒業者数は、 『高校受験ガイド』 1989年入試用により、 記載のない高校については各校の 『周年記念誌』 などにより補った。
17 橋本健二 『「格差」 の戦後史 階級社会日本の履歴書』 (河出書房、 2009年)
18 「授業料減免報告書」 の2006年 7 月分、 2007年 7 月分、 2008年 7 月分、 2009年 7 月分による。
19 指導課作成の 「平成20年度長期欠席者数&全生徒に対する割合」 による。
20 青砥恭 「学力低下につながる貧困」 (朝日新聞、 2010.1.10)

*本稿は 『武蔵大学教職課程研究年報』 第24号 (2010年5 月) 所収の論文を転載したものです。

   

(とりづか よしかず  千葉県立高校教員)
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