特集U 道徳教育とシチズンシップ教育
「家庭科教育の中のシチズンシップ教育」
 
中内 博子

 私は日々県立高校で家庭科の授業を行っています。今回は家庭科教育の観点からシチズンシップ教育を考えるという内容で原稿依頼をいただいたのですが、私自身が授業で特にシチズンシップ教育に特化した特別な授業を行ってきたというわけではありません。
 タイトルにあるように「家庭科教育の中のシチズンシップ教育」、家庭科教育の学習項目や方法に内在しているシチズンシップ教育として捉えられる部分を取り上げ、紹介しながら家庭科教育とシチズンシップ教育の関わりについて考えを述べていきたいと思います。

教研家庭科小委員会の活動より
 私はこれまで、神奈川県高等学校教職員組合の教育研究・家庭科小委員会での活動を続けてきました。教研活動の中では、「現代を生きる高校生に学ばせたい家庭科」というテーマのもと、各校の生徒の実態に合わせた授業を組み立てていこうと、継続的にカリキュラムの自主編成を念頭におき研究活動を行っています。
家庭科小委員会の活動の中から、シチズンシップ教育に関連する記述を紹介します。家庭科教育の視点から「シチズンシップ教育」をどう捉えるのかという記述とも読めるもので、一昨年前、家庭科小委員である、県立旭高等学校の橋元祐子教諭がレポートに記述したものです。
 「今、高校現場に必要なのは、新カリ編成にあたり“育てたい生徒像”を“民主社会の主権者”を基本に据えつつ、さらに、具体的な≪市民≫の姿としてイメージすることではないか。例えば10年後20代半ばで“親から独立し、ひとりあるいは他者と協力し合って、<ある程度継続的な仕事>によって得た収入の範囲でやりくりし、納税しつつ生活〜衣食住の基本的な営みを、環境と健康に配慮しながら整えつつ〜している。生活のための、さらに趣味、友人との交流、地域活動等への参加の時間も確保できている。また、新聞を読み、急激な社会の変化への関心を持ち、自分ができること・・自助、地域参加・・共助、政治に期待すること・・公助の3つの側面から主体的に考え行動できる、というような。”さらに、少子・高齢化による労働者の減少は、“1時間当たりの生産性”の高い労働力を必要とする。急激に進むグローバル化の波の真っ只中では、“次世代の日本経済を支える質の高い労働力の育成”という使命も“組合にはなじまない”からと無視することはもうできない。夢や適性を重視した従来のキャリア教育から脱却し、“現実付け”にすること、社会への関心を高めることによって、今だけではなく10年後、20年後にも必要とされる職業とは何か、そのためにつけるべき専門性は何かを自ら探す力を生徒自身の中に培う事が必要である。」

家庭科の中のシチズンシップ教育実践
 自分自身の日々の授業実践の中で、特にシチズンシップ教育に繋がる部分について、学習活動の中から一つを紹介します。
 学習単元は保育分野で家庭の保育環境等に関する内容です。昨今、ニュースなどで頻繁に見聞きする「児童虐待」を切り口に、現在の子育てに関する問題、少子化現象の背景などを考えていきます。
 虐待に関する資料は教科書にも副教材にも件数の年次推移や内容等の資料が掲載されています。それらを見ながら虐待の現状や原因などを考えてみるのですが、多くの生徒には具体的にイメージしにくい内容です。また虐待事件などのニュースは限られた特殊な事例と捉えられがちなこともあります。
 どのようなアプローチが良いかと考えていた中、私は毎日新聞、2008年2月の特集「未来育て」の記事を目にし、その記事の一部を授業に活用してみました。
 特集記事の第2部「専業主婦と少子化」では、子育てに悩む都内の専業主婦の切実な声がドキュメント形式で記述されています。記述の中では、育児に携わる専業主婦の孤立する姿、職業労働に従事する夫の長時間労働の実態などが明らかになっていきます。まとまった文章量ですが、読み始めると生徒は集中して内容を読み取っていきます。そして自分のすぐ近くにも暮らしていそうな人が自分の子どもに対して「虐待をしてしまいそうだ」と追い詰められていることに心を寄せていきます。
 記事の読み取りを基に、児童虐待の実態やその背景、そして児童虐待を未然に防ぐための対応策などを、個人またはグループでの話し合いなどを通して考えていきます。資料により生徒は視野を広げて、より多様な対応策を考えていきます。児童虐待問題を個人や家庭内だけの問題として捉えるのではなく、社会状況、国や自治体の子育て政策、労働環境、経済状況等と深い関わりがあることを考えていきます。
 そして生徒は自ら、自分を取り巻く社会がどのような社会であって欲しいかという視点で、解決策を考えていくようになります。自分たちが子育てをしていくかもしれない未来の社会を望ましい形にするには、どのように働きかけていけばよいかと考えを繋げていくようにアドバイスを加えていきます。また、子育てを私的な事柄としてのみ捉えず、その子どもや親を包括する社会の事柄としても捉えることが大事であること、従って、自身が子どもの親となるかならないかは、子育ての問題を考えていく際には関係がない、ということを明確にしておくことも必要です。
 最終的にまとめとして、父母ともに十分な子育てを実現できるような労働環境を求めていくことの重要性や、親に対する精神的、経済的支援、保育サポートシステムなど多様な社会的支援を国や自治体に対して求めていくこと、そのために社会をよく知り、政治に関心を持ち、投票などの行動を実行することの意義を確認していきます。
 この部分が特にシチズンシップ教育とも重なりますし、一連の授業の中でも最も重要な部分であると考えています。そして、このようなことを生活上の問題として自分自身に引き付けて考えていくことができるのは、家庭科としての取り組みならではのことだと自負している部分です。
 ここで紹介した保育分野以外にも、家庭科の教員は日々どの分野においても、生活と社会の関わりを意識しながら学習項目を組み立てていることと思います。例えば住生活においては、住宅政策と日本国憲法に謳われる「国民の生存権、国の社会的使命」を意識しながら生活の器である住まい、人々の命を守る住まい、基本的人権を確立するための住まいという観点を重視して、具体的な住環境を考えていく授業を組み立てていきます。衣生活においては、裁縫技術を学びながら、制作活動に取り組むことにより、既製品販売価格と製品の原材料費等を照らし合わせて、生産、流通過程における人件費や消費エネルギーについて考えるということをします。
 このように生活と社会の関わりを意識する項目は枚挙に暇がありません。それだけ、現代の生活には個人レベルでは解決できない社会的問題が山積しているともいえますし、家庭生活の社会化がどの分野においてもそれだけ深く進行しているともいえます。

シチズンシップ教育が県立高校に導入されて
 ここで一般的な県への計画・報告文書の形式を確認しますと、シチズンシップ教育の指導項目として「政治参加教育」「司法参加教育」「道徳教育」に並び「消費者教育」が挙げられています。「消費者教育」についての具体的な教育活動の位置づけとして、『家庭科・必履修科目の中で、消費生活の現状と課題等を考えながら、実生活に密着した消費生活についいて学習を行う』ことがモデルになっています。さらに、「政治・経済」においては、『金融のしくみと働き、租税の意義と役割について学ぶ』、「現代社会」においては、『社会保障の現状や課題、租税の意義と役割等について学習を行う』ことがモデル化されています。
 しかし、実際に日々家庭科の授業を実施していますと、「消費者教育」のなおかつ「消費生活についての学習」のみが家庭科の授業で学習すると位置づけられるモデルには実際の授業内容との相違を感じています。実際は消費者教育全体の項目を担っているのが家庭科教育であり、またそれは「政治参加教育」へも繋がっているものだと捉えています。
 モデル形式にあるように、「政治・経済」や「現代社会」においてシチズンシップ教育がなされることに全く異論はありませんが、家庭科教育においても、シチズンシップ教育の大部分を担っていると言えるのではないかと考えています。この部分が強調されないことは神奈川県でキャリア教育の中の取り組みが推進され、その中でシチズンシップ教育がクローズアップされてきた中で、家庭科の立場からは疑問に感じてきたことです。
 私の場合、言葉として「シチズンシップ教育」を意識しはじめたのは、神奈川県がシチズンシップ教育を推進し始めてからです。
 シチズンシップ教育では特別に新たな取り組みに着手することばかりではなく、既存の教科における取り組みを重視されていますが、シチズンシップ教育そのものとも言える家庭科教育をもっと重要視し、単位数、授業時間数を確保しようとするべきではないかと考えています。ガイドではシチズンシップを発揮するために必要な能力や態度として、知識や意識だけではなく、スキルもまた重視され、またそのスキルの要素は問題解決のステップという位置づけになっています。家庭科には問題解決学習を念頭に置いた学習内容や方法に十分な教育実践の蓄積があります。また、家庭科における取り組みは生活実感に即したもので、社会科学、自然科学の理論に基づいた知識・理解の習得とともに実践的な活動が重視されていることは言うまでもないことです。
 今回改めて県のシチズンシップ教育に関する考え方についてしっかり確認してみることによって、様々な面から家庭科の学習内容とその取り組みがシチズンシップ教育に合致するものであると理解できました。

 一方、家庭科の男女共修が本格実施されてから18年が経過した現在においても、家庭科教育に対する見方が一面的なものとなっていることもある部分においては事実かと思います。旧態依然とした家庭科教育という捉えられ方からは、家庭科教育がシチズンシップ教育そのものという主張は繋がりが見えずに理解を得られないのかもしれません。

神奈川の県立高等学校家庭科教育の現状
 総合的な学習の時間、キャリア教育、食育、シチズンシップ教育、さまざまな取り組みが高校教育にも有無を言わさず導入される昨今、その垂直型の導入には問題を感じるものの、私たちが取り組んでいかなければならない教育課題がそこにあることには異論がないこととも考えています。
 一方、それらの内容と随所で関わりを持ち、高校生の実態を把握し実践的に学習項目として取り扱う家庭科の学習が、高校教育の中で軽視されていくこの矛盾に大いに疑問を感じています。神奈川の県立高校における家庭科の必履修科目の設置状況から考えると、各校での家庭科の授業時間数が県の示すような教育を推進しているといえるような状況ではないと感じていますし、それは多くの家庭科の教員の本意ではありません。
 この原稿を執筆している2012年3月現在、各校での2013年度カリキュラム作成も佳境に入り、各校の家庭科教員が家庭科の減単に抵抗し、孤軍奮闘している様子も耳に入ってきます。
 ゆとりから学力重視へシフトとの掛け声のもと、受験科目に偏重したカリキュラム作成に進もうとする流れに疑問を投げかけ、真の学力、生きる力とは何かを常に問いながら日々の授業実践に取り組む毎日です。



  (なかうちひろこ 瀬谷高等学校教員)

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