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「やりたいこと至上主義」について

坂本 和啓

 私は勤務する高校で昨年からキャリア支援グループに所属して就職指導を担当するとともに、 2 年続けて 3 年生の担任をして進路指導に関わっている。 そうした中で一番悩んでいることは、 「やりたいこと」 が分からないという子どもたちが多く、 そういう時にどういう支援ができるのか、 しばしば分からなるくなることである。 何を勉強したいのか、 どういう仕事をしたいのか分からない。 そういう子どもたちに対して 「やりたいことは何?」 と質問することは、 時に彼らを追いつめ、 かえって進路実現から遠ざけてしまうこともある。
 このような状況を打開したいと思い、 様々なキャリア教育の研究会に参加したり、 キャリア・カウンセラー (GCDF-Japan) の資格を取ることに挑戦したりしてきた。 ここでは、 そうした中で学んだことや考えたことを少しばかりまとめてみたい。
 児美川孝一郎法政大学キャリアデザイン学部教授によれば、 キャリア教育の取り組みでは、 ほぼ順次的・段階的に想定されている 3 つのジャンル (「自己理解」 系、 「職業理解」 系、 「キャリアプラン」 系) があるという。 つまり、 「自己理解」 を深めた結果 「職業理解」 に向かい、 「職業理解」 を深めた結果、 その職業に就くために必要な進路計画を立てるというわけである。 この取り組みのなかで重視されているのが 「やりたいこと」 である。 しかし、 仕事や職業についてよく知らない子どもたちが、 キャリア教育に促されて 「やりたいこと」 を見つけようとすれば、 イメージ先行型の憧れに近いものになるか、 出合い頭に近い選択になってしまうことが危惧される。 高校で進路指導主事をしていたこともある新井立夫文教大学情報学部准教授も、 現状の進路指導は将来の職業から逆算して進路を決めるような手法が主流となっていて、 選択に迷った生徒に進路を決めた同級生に対する劣等感を抱かせてしまう可能性を指摘している。
 私自身も振り返ってみると、 多かれ少なかれ無意識に 「やりたいこと至上主義」 の指導をしてしまっていたように感じている。 そういった指導は、 場当たり的な進路選択につながるだけでなく、 先に述べたように子どもたちに重圧を与え、 進路選択と向き合うことを諦めさせてしまうおそれもある。 どうすれば、 このような落し穴にはまらずに子どもたちを支援していけるのだろうか。
 手がかりになりそうなのが、 キャリア・カウンセラーのトレーニングプログラムの中で学んだ、 アメリカの心理学者クランボルツの 「計画された偶発性 (ハプスタンス・アプローチ)」 という考え方である。 慎重に立てた計画よりも、 想定外の出来事や偶然の出来事が、 キャリアに影響を与えている。 したがって、 結果がわからないときでも行動を起こして新しいチャンスを切り開くこと、 偶然の出来事を活用すること、 選択肢をオープンにしておくこと、 人生に起きることを最大限に活用することが重要であるという。
 どうすれば子どもたちは偶然の出来事を大事にし、 チャンスにしながら、 多様な選択肢を創りだすことができるのだろうか。 どのようにしたら 「やりたいこと」 を見つけることを強要せずに、 それを子どもたちの日々の出来事から一緒に創りだしていけるのだろうか。 今そのような問題に関心をもっている。

[参考文献]
児美川孝一郎、 『キャリア教育のウソ』、 筑摩書房、 2013
新井立夫・石渡嶺司、 『バカ学生に誰がした? 進路指導教員のぶっちゃけ話』、 中央公論新社、 2013
J. D. クランボルツ・A. S. レヴィン、 花田光世・大木紀子・宮地夕紀子訳、 『その幸運は偶然ではないんです!』、 ダイヤモンド社、 2005

 (さかもと かずひろ 茅ケ崎西浜高等学校)


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