●特集T● 研究所独自調査
補足レポート:多忙化の現実
学校規模の縮小にともなう業務の変化について、
ある学校の状況を見る


 今回の調査でも2003年の調査でも教員の多忙感は強い。 「教材研究をする時間が足りない」 「生徒と接する時間が足りない」 「忙しすぎてゆとりがなさ過ぎる」、 こうした問に対して 「いつも感じる」 「時々感じる」 という答は、 どの年齢層でも多い。 こうした多忙感の背景を探る参考として、 ある高校の職員数と業務に関する変化を見てみたい。
 表 1 はある高校の学級数の移り変わりと職員数の変化を1988年から 6 年おきに見たものである。 この学校は全日制、 普通科であり、 高校受検時のランク上はいわゆる中堅校に位置している。 表の最上段の1988年は、 神奈川県全体で中学卒業生が最多数になった年である。 この学校でもクラス数は 1 学年12クラス規模、 しかも 1 クラスあたり47人の定員であった。 それがもっとも生徒数が減少した時期には 6 クラスへと半減、 その後ややクラス増があり、 現在は7クラス規模になっている (その中の 1 クラスが専門コースになっている)。 生徒総数は40人学級になったこともあり、 最大の時期のおよそ半分以下に減っている。 その間に常勤の教科教員数は66人から46人へと 3 割ほど減少しただけである。 これを見る限りでは、 全体として仕事は軽減されていておかしくないはずである。 しかし実感ではそうはなっていない。
 次の表 2 を見ていただきたい。 これは部活動の数を1988年と2012年で比較したものである。 スポーツ系の部活動の数は20である。 2 つ減って 2 つ増加と変わらない。 文化系部活動は、 7 減 5 増と結果としては、 16から14へと 2 つ減っている。 しかし増えた中の軽音楽部は70人近い部員を抱える大きな部活であり、 新設のダンス部、 合唱部なども活発に活動している。 これに放送委員会などの委員会活動なども加わる。 つまりクラス数でみても生徒数でみても学校の規模は大幅に縮小されたにもかかわらず、 活動している部活動の数は減っていないのである。 休日等の練習、 試合への引率、 練習中の安全確保等を考えると、 各部活動には 2 人から 3 人、 場合によってはもっと多数の顧問が必要になる。 当然現在の専任教員の数では足りなくなる。 この学校ではひとりで 2 つ以上の部活の顧問を引き受けることにより、 なんとか部活動を成立させているのが現状である。 他の学校もほぼ同じような状況だろう。
 さらに表 3 を見ていただきたい。 科目数の変化を見たものである。 ただし1988年の時点では学年をまたがって履修する科目でも同じ名称で設置することができた。 つまり 2 年次には全員が履修し 3 年次には選択者のみ履修するような科目をおいても特に問題とはされなかったのである。 しかし今はそのような場
合は学校設定科目を申請するなどの手続きをとる必要がある。 かんたんに表に出ている科目数だけで比較するわけにはいかない。 そこで1988年の時点の科目は、 他学年にまたがっている場合は別科目と見なす必要がある。 括弧内の数字がそれである。 こうして比較してみても科目数はかなり増加している。 これに新設教科の情報が加わり、 さらに専門科目も設置されている。 その上この学校では英語の授業の一部を一クラス二展開にするような取り組みも行っている。 ひとりの教員が受け持たなければならない科目数は確実に増えている。 しかもこれに総合的な学習の時間も加わるのである。
 教科や部活動以外にもさまざまな校務分掌の仕事がある。 とはいえ1988年の時点と現在とでは校内組織そのものが変わってしまったので比較は困難である。 しかし、 たとえば学年費などの会計の仕事をとってみても、 金額は減っているが、 費目等はほとんど変わっていない。 各種の行事についても仕事の中身が変わったわけではない。 たしかに生徒数の減少とともに配布する印刷物の量は減ることになるが、 作成し配布しなければならない文書の種類が減るわけではない。 その上この10年ぐらいの間に、 学校説明会やホームページの作成、 学校訪問への対応などの対外的な業務を中心とした、 かつてはなかった仕事も大幅に増えている。 客観的に比較することはできないが、 一人の教員が引き受けなければならない仕事量はかなり増えていると見なければならない。
 1970年代から80年代にかけての中学卒業生の急増期には、 一学年12クラス、 全体では36学級規模の高校が次々につくられた。 さらに1988年の生徒数のピーク時には47人の学級もつくらなければならなかった。 そのころは生徒数が多いこと、 学級数が多すぎることにより、 施設に余裕がない、 目が行き届かないなどの多くの問題があった。 その後生徒数の減少とともに、 規模が大きすぎることによる問題はなくなっていく。 しかし同時に常勤教員数もクラス減に合わせて減っていった。 これにより様々な教育活動の場面での教員一人あたりの負担が大きくなっていった。 しかも表 1 から分かるように、 事務職員も実習教員も半減し、 技能職員も 3 人から 1 人に減っているのである。 もちろん技能職員については、 その分を民間に委託したと言うかもしれない。 しかし、 毎日学校にいて、 ストーブが点かない、 スイッチが壊れた、 トイレが詰まった、 といった様々な作業を即座に引き受けてくれる人がいなくなったのである。 あるいは事務的な業務については事務センターをつくったと言うかもしれない。 しかし、 センターの主な仕事は職員の給与や手当に関する業務であり、 教育活動にかかわるものではない。 つまり教育活動を様々な面で支えている体制が大幅に縮小してしまったのである。
 教員の多忙感の背景、 具体的には超過勤務の増加の背景には、 こうした学校規模の縮小があることを忘れてはならない。 もちろん学校の規模を大きくしなければならないと言っているわけではない。 規模が過大であることによる問題は大きかった。 必要なことは学校規模の縮小にあわせた対応が必要だったと言うことである。 そして生徒の減少が始まると同時にさまざまな教育施策の導入、 いわゆる教育改革もはじまった。 教員一人ひとりの負担が増えていく状況を考慮することなく、 新しい制度が導入されたところに、 大きな問題があったと言わざるを得ない。 この視点、 学校規模の縮小に伴う教育条件の変化という視点から、 これまで進められた様々な施策をもう一度見直す必要もあると思う。

  (教育研究所)
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