【寄稿】

子どもの貧困への視座 「不利の雪だるま」を生み出さないために

湯澤 直美

はじめに
  「子どもの貧困」 というと、 発展途上国における現象であり、 日本で生起していることとは受けとめられないことが多い。 しかし、 いまや先進諸国における貧困問題は、 国際的にも優先課題のひとつに位置づく社会問題である。 政府が2009年にようやく公表した日本の子どもの相対的貧困率をみると、 1985年にすでに10.9%であり、 この当時より約 9 人に 1 人が貧困状態にあったことが判明している (平成22年 「国民生活基礎調査」)【1】。
 その後、 子どもの貧困率は悪化し、 2009年には15.7%に及んでいる。 「親が一人」 であるひとり親世帯等の貧困率は50.8%と半数を超えており、 経済協力開発機構 (0ECD) 加盟国中で最も高い方という異常な数値となっている。 日本における子どもに関する政策では、 少子化対策の必要性が強調される一方で、 貧困解消への政策が置き去りにされてきたが、 貧困率の悪化をなすすべもなく見ているわけにいかない現況である。

  1. 子どもの貧困対策法の成立
     日本における子どもの貧困問題が徐々に可視化されるなか、 2013年 6 月19日に 「子どもの貧困対策の推進に関する法律」 (以下、 子どもの貧困対策法)が国会で成立し、 2014年 1 月17日に施行された。 この法律は、 議員立法として提出され、 衆議院・参議院ともに全会一致で可決されたものである。 親世代から子世代への貧困の連鎖の解消に全政党が一致して取り組むという政治的意志が法律として結実した点は、 一定の意義があるといえるだろう。 しかしながら、 国会への法律案の上程も短期間で行われ、 上程以降の審議期間も短かったことから、 国会内での議論が十分に尽くされたとは言い難い。 また、 「子どもの貧困」 という事象自体がみえにくい側面もあり、 社会問題としての認知が十分に行きわたっていないうえに、 この法律の存在もいまだ知らない人も多い現状である。
     子どもの貧困対策法では、 「国は、 基本理念にのっとり子どもの貧困対策を総合的に策定し、 実施する責務を有する」 (第 3 条) として国の責任を明確化し、 内閣府に 「子どもの貧困対策会議」 を設置して子どもの貧困対策に関する大綱案を作成するとともに、 対策を審議し推進することが規定された。 会議の会長には内閣総理大臣をあて、 文部科学省・厚生労働省・その他関係行政機関が参画する (第15条)。 政府には毎年 1 回、 子どもの貧困の状況と対策の実施状況を公表する義務が課され (第 7 条)、 地方公共団体については都道府県子どもの貧困対策計画を定め、 国・地方公共団体の連携のもと、 教育支援・生活支援・保護者に対する就労支援・経済的支援、 調査研究のための施策を講じる責任を有することが明記された (第 9 条)。 しかしながら、 都道府県子どもの貧困対策計画の策定は努力義務にとどまっているため、 取り組みの姿勢によって地域格差が生じかねないよう、 政府による地方公共団体への積極的な働きかけと支援が求められよう。
     現在、 内閣府・文部科学省・厚生労働省には、 子どもの貧困対策担当者が置かれるようになり、 必要に応じて省庁間の協議がなされているようである。 しかし、 推進体制の基盤を強化するためには、 子どもの貧困対策会議が設置される内閣府に 「子どもの貧困対策室」 を創設し、 組織的な取り組みができるようにすることが必要である。 また、 7 月に子どもの貧困対策大綱が策定される予定であり、 2014年 4 月に第 1 回検討会が始動した。 いかに実効性のある大綱が策定できるか、 まさに正念場である。

  2. 子どもにとっての貧困問題
    1. 子どもの進路選択をめぐる態様
       現代の子どもが置かれている現状、 とりわけ子ども間の格差を考察するために、 本稿では、 中卒後の進路選択をめぐる意識を把握してみよう。 図表 1・2 は、 内閣府が2011年に中学 3 年生及びその保護者を対象に実施した調査結果をもとに作成したものである【2】。 この調査では、 子どもが回答する調査票には 「あなたは、 理想的には将来どの学校まで行きたいと思いますか」 「現実的には、 どの学校まで行くことになると思いますか」 という問いが設けられている。 同じく保護者向け調査票では、 「あなたは、 お子さんに理想的には、 どの段階の学校まで進んでほしいと思いますか」 「現実的には、 どの段階の学校まで進むと思いますか」 という問いがある。
       この回答について、 保護者の所得をもとに 「相対的貧困層」 と 「相対的貧困ではない層」 別に整理したものが図表 1 である。 保護者からみると、 相対的貧困層では子どもの理想学歴を 「大学・大学院まで」 と回答したのは35.5%であるのに対し、 非相対的貧困層では65.0%であり、 29.5ポイントの開きがある。 子ども自身の回答も同様の傾向があり、 相対的貧困層の子どもは35.1 %が 「大学・大学院まで」 を理想と考えているのに対し、 非相対的貧困層の子どもは64.6%に及んでいる。 一方、 「高等学校まで」 を理想とする保護者は、 相対的貧困層では34. 3%と 3 割を超えているのに対し、 非相対的貧困層の保護者は11.8%であり、 22.5ポイントの開きがある。 子ども自身の回答のほうが、 「高等学校まで」 を理想とする比率は保護者より若干高くなり、 相対的貧困層の子どもでは37.6%、 非相対的貧困層の子どもでは15.7%であった。
       では、 現実的な学歴は、 どう想定されているのだろうか。 現実的には 「大学・大学院まで」 進むと思う保護者は、 相対的貧困層では理想学歴より12.2ポイント低減し23.3%、 非相対的貧困層では 9 ポイント低減し56.0%であった。 一方、 現実的には 「高等学校まで」 と思う保護者は、 相対的貧困層では9.4%増加し43.7%、 非相対的貧困層では6.7ポイントの増加で18.5%となっている。 子ども自身の回答をみると、 相 対 的 貧 困層の子どもは約半数 (47.3%) の子どもが 「高等学校まで」 を現実的な進路であると思い、 「大学・大学院」 までは27.7%と 3 割に満たない。
       このような中学 3 年生の子ども自身と保護者における教育達成に関する意識差は、 世帯類型でみても明瞭である。 図表 2 は、 「ひとり親世帯」 と 「実父母からなるふたり親世帯」 の子どもの回答を比較したものである。 「大学・大学院まで」 を現実的な学歴と考える子どもは、 ひとり親世帯では32.0%であるのに対し、 ふたり親世帯では58.9%であり、 26.9ポイントの開きがみられる。 一方、 「高等学校まで」 を現実的な学歴と考える子どもは、 ひとり親世帯では43%と 4 割を超えるのに対し、 ふたり親世帯では22.3%にとどまっている。
       このような現状の背景には、 どのような要因があるのか。 報告書では、 両親のいずれか、 あるいは双方が大学卒であり、 世帯所得が多い家庭の子どものほうが 「大学まで」 を理想とする傾向にあることが指摘されている。 また、 子どもの成績が高い、 勉強の意義を認めている、 学校で褒められた経験がある、 自分に長所があると感じている、 などの諸条件があるほど大学進学を志望しやすいという分析も示されている [平沢:2012]【3】。
       この調査で把握しているのは中学 3 年生時点で想定している学歴達成であるが、 先行研究では理想学歴は実際の学歴に関連しているという知見もある。 学歴社会である日本では、 教育達成がよりよい条件の就業や所得に関連し、 将来の安定した家庭基盤の形成に影響していくことを鑑みると、 このような義務教育段階における子ども間の格差にどう私たちが向き合うのかは、 子どもの貧困問題が提起している重要なテーマのひとつである。
    2. 不利の雪だるま
       子どもの貧困問題に向き合う際には、 いかに不利の連鎖を予防できるか、 あるいは、 くい止めることができるか、 という視点が重要である。 貧困の影響は、 単に経済困窮によって生活資源が不足するということにとどまらず、 貧困によりもたらされる社会的不利が更に不利に連なり、 「不利が不利をよぶ」 という点に特徴がある。 先にみた子どもの教育達成から考えると、 教育機会における不利が就業や家族形成における不利にいかに連なるのか、 という点まで見通した議論が必要とされる。 その際、 より困難な状況に置かれているほど、 あるいは、 より支援が届かない状況に置かれているほど、 自らの力では解決し難いほどに不利が累積していくことに留意が必要である。 筆者は、 このことを 「不利の雪だるま」 と呼んでいる。 雪だるまは、 地面を回転させればどんどん大きくなっていくが、 太陽も照らず誰からも見守られることなく放置されたならば、 やがて泥にまみれた解けない塊となって道端に追いやられてしまう。 このような放置された雪だるまのイメージから考えられることは、 不利の雪だるまを解消するには、 太陽 (フォーマル支援) や人々との関わり (インフォーマル支援) など地域社会の力が必須であるということである。
       たとえば、 ある夜間定時制高校生の例から考えてみよう。 高校再編計画によってこれまで通学していた高校が統廃合となり、 遠方まで通わなければならなくなったAさんは、 これまでの夕方のアルバイトの時間を減らさなければならなくなった。 アルバイト代が減る一方で通学の電車賃も多くかかるようになり、 定期代をまとめて支払うことも難しくなったことから、 割高だが毎日切符を買って通学するようになった。 減少した生活費を稼ぐため、 早朝の新聞配達を始めダブルワークになったAさんは、 次第に授業中に眠くなり授業に追いつかなくなったり、 疲労で学校を休みがちになったりしていく。 生活のための仕事をとるか学校をとるかという状況に追い込まれていくなか、 学校は中退となる。 その頃には心の病気も進行しており、 Aさんは部屋にひきこもる状態となって就労も出来なくなっていった。 このようなAさんのケースは、 不利が雪だるまとなっていく経過の一例である。
       他方、 困難な状況に置かれながらも不利の雪だるまにならなかった一例として、 『ホームレス中学生』 という本が参考になる【4】。 これは、 あるお笑いコンビとして芸能界にデビューした男性Bさんの実話として出版されたものである。 大学 1 年生・高校 3 年生との 3 人兄弟であったBさんは、 父親とマンションに暮らしていたが、 1993年のある日、 父親の負債ゆえにマンションが差し押さえになってしまう。 家族は離散状態となり、 中学 2 年生だったBさんはひとりで公園に寝泊まりを始める事態になる。 暫くすると、 Bさんの状況に気づいた友人が自分の家に誘ってくれ、 その母親の提案によりその友人の家に住めることになる。 更には、 近隣の人たちが兄・姉・弟の 3 人は一緒に住めた方がよいだろうと、 生活保護の手続をしてアパートを借りてくれた。 無事に高校進学出来たBさんは、 退学の危機に直面したものの、 信頼できる高校の先生の存在によって無事卒業することが出来たというストーリーである。 ここには、 「不利の雪だるま」 にさせないような地域社会の力を読み取ることができる。
       また、 Bさんのストーリーからは、 父親自身が 「不利の雪だるま」 に晒されてしまっていたことも読み取れる。 Bさんが小学校 4 年生の時に母親が癌で死亡し、 その後、 父親はひとりで 3 人の子どもを育て、 長男は大学にも進学させている。 しかしながら、 父親自身も癌に罹患してしまい、 入院中に会社をリストラされてしまう。 そこから一気に生活が破綻していき、 差し押さえになった当時にはおそらく父親自身は 「心が折れる」 状態になっていたと推察される。 貧困の極限状態のひとつとして、 「心が折れる」 体験があることを忘れてはならない。
    3. 「子どもの貧困」 いう視角
        「子どもの貧困」 というと、 ともすると貧困問題が 「子ども/大人」 「若者/高齢者」 などに区分けされたものとして受け止められていることがある。 しかしながら、 子どもの貧困と大人の貧困が別途に存在するのではなく、 子ども期から貧困に晒されている状況を放置することがいかに若者期・成人期以降の貧困に連鎖し暮らしを規制していくか、 というライフコースの連なりのなかで 「子どもの貧困」 を捉えていくことが重要である。 また、 「子どもの貧困」 という用法には、 貧困問題を子どもの視座から可視化するという含意がある点も重要であると筆者は考えている。 つまり、 子どもの側にたって貧困がいかに子ども自身に影響を及ぼすのかを解明し、 子どもを主体として解決の方途を導き出す必要性を提起している用法であると言えるだろう【5】。
       更に、 子どもの貧困問題を検討する際には、 子どもの養育に携わる保護者をいかに支えるか、 という視座が重要であることはいうまでもない。 しかしながら、 自己責任論が根強い日本社会では、 貧困を個人や家族の努力不足に起因するものとみなす論調が蔓延している。 そのため、 ともすると深刻な子どもの実状を可視化することが、 保護者への責任追及の強化へと転化される恐れもある。 それゆえ、 子どものみならず保護者についても、 そのライフコースの連なりから現在の生活の困難性を捉え、 個人の問題ではなく社会問題として支援を構築していくことが求められている。
       このように、 子どもの貧困問題では、 子どものライフステージを切れ目なく網羅するとともに、 子ども/保護者を取り巻く社会環境を俯瞰し、 「未然防止」 「早期発見・早期対応」 「支援・再発予防」 の諸段階に適切に対応していくことが求められる。 子どもの貧困対策法では、 教育支援・生活支援・保護者に対する就労支援・経済的支援が掲げられているものの、 ともすると施策ごとに分節化された対応になるおそれもある。 そこで、 保護者の妊娠期や子どもの乳幼児期からの切れ目ない支援とともに、 子どもの発達や家族関係・社会関係、 親子の健康・精神保健・文化的な体験など、 暮らしを俯瞰する施策の体系図を明瞭にしていくことが必要となる。 子どもの貧困への社会的対応には、 あらゆる省庁/所管課において、 あるいは、 あらゆる領域において、 それぞれの立場から貧困を可視化し、 解決への方法を明確化たうえで連携していくことが重要である。

【1】国民生活基礎調査における相対的貧困率は、 等価可処分所得 (世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得) の中央値の半分の額を貧困線として、 それを下回る所得の者の割合をいう。 子どもの貧困率は、 17歳以下の子ども全体に占める、 等価可処分所得が貧困線に満たない子どもの割合をさす。

【2】 内閣府子ども若者・子育て施策総合推進室 『親と子の生活意識に関する調査報告書(概要版)』 2012年。 この調査は、 全国の中学3年生のうち子ども4000人、 保護者4000人を対象として、 子ども票・保護者票の 2 種類の調査票により実施したものである。

【3】平沢和司 「子どもの理想学歴と家庭環境」 (内閣府 『親と子の生活意識に関する調査報告書』 2012年)。
【4】田村裕 『ホームレス中学生』 幻冬舎 、 2010年。

【5】この点については、 松本伊智朗 「子どもの貧困研究の視角」 ( 浅井春夫・松本伊智朗・湯澤直美編 『子どもの貧困』 明石書店、 2008年) を参照のこと。
  
 (ゆざわ なおみ 立教大学)


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