海外の教育事情 (20) 
アメリカ・イギリスの新聞記事を読む
 
  記事紹介:山梨 彰     論評:佐々木 賢
 
記事紹介 山梨 彰

貧困層生徒の人気校入学を阻む「ガラスの床」 (Guardian 2015.7.3)より
 毎年6月に何百人もの少年が、競争率約6倍のアダムズグラマースクールの入学試験を受ける。ゲーリー・ヒッキー校長は親の行動に毎年頭を悩ます。よくあるのは、10歳のわが子をなんとか合格させようと後ろに家庭教師を乗せた大きな車を校門に横付けする姿だ。詰め込み教育の甲斐なく、この人気校に入れなかった親は泣きながら校長に電話する。ある母親が、不合格の子どもを叱る手紙を校長に書いてくれと頼んだこともあった。
 学校を尋ねると、人懐っこく意見をはっきり言う子どもたちが静かに目的を持って勉強している。これを見れば、入学競争が激しくなるのは当然だ。しかし校長の新方法が始まれば、志願者の毛色は変わるだろう。
 校長はキャリアの大半を総合制中等学校で教えた経験から、優秀な生徒でも不利な境遇にあれば入学できないと確信している。校長は郊外からの生徒より地元の子を優先するように、入学基準を大きく変えた。現在、地元の生徒は入学者の1/4を超え、郊外からの生徒は親の職業が医者や弁護士などで遠くからの通学を厭わない。この生徒たちの合格ラインは高くなるだろう。親がこれをどう受け止めたかが問題である。
 強い不満が最初に来た。地元の中等学校からは、良い生徒が引き抜かれるのではという穏やかな懸念が示された。住所をごまかして、本当は住んでいない住所で志願する親も出てきた。見破られても恥ずかしがるというより苛立たしげだった。校長の方針は、「ガラスの床」【1】に衝突した。これは成功した専門職の親が、自分の子どもが優秀でないのに自分の成績レベル以下の学校に入るのを強く拒否することだ。
 アメリカのブルッキングズ研究所によると、子どもも高所得層になった高所得層家族の集団が確認された。しかしこの人々の10代の試験の得点を見ると、43%は明らかに平均的な成績であり、下降しても不思議はなかった。それを救った大きな理由は大学進学だった。これはイギリスのサットン財団の研究とも符合している。専門職の子どもがエリート大学にいく割合は労働者階級の子どもの3倍であり、この不均衡のうちの27%は学業成績では説明がつかないという。大学や中等学校の話だと、富裕層の子は家庭教師がつき、詰め込まれ、他の面でも水準以上になるように仕立て上げられるが、入学すると輝きを失うという。しかし、やっとの事で入学しても目的への足がかりが与えられる。目的は履歴書上の「申し分のない」名前や一生涯の社会的ネットワークだ。
 男性エリートが企んだ女性を排除する目に見えない障壁は「ガラスの天井」だが、「ガラスの床」は自分の子を才能以上に押し上げようとし、意図せずに他の子を排除する行動をいう。豊かでも成績の悪い子が本来の水準のままでなければ、貧しくとも優秀な子は自分の本来の水準にいくことは難しくなるだろう。貧困層を上昇させず、富裕層が下降を嫌がれば何がおこるだろうか。
 グラマースクールの増加が社会的流動性を高めるかと思われたが、そうでもないようだ。ヒッキー校長の変革は影響力がないかもしれないが、この真剣な取り組みがうまくいくと良い。公立校の中には入学試験をクジ引き制にしたところもある。しかし、貧困層の子どもを人気校に入学させるにはクジ引き制だけではうまくいかない。競争を緩和する他の方法は優れた学校をもっと作ることだ。ロンドンでは良いアカデミーができ良好な結果をもたらしたが、それが他でもできるかどうかは疑問だ。
【1】2015年7月26日に政府系機関「社会的流動性と子どもの貧困委員会」が「イギリス社会での『ガラスの床』が露わに」という研究報告書を発表した。https://www.gov.uk/government/news/newresearch-exposes-the-glass-floor-in-british-societyを参照。

就業者家族での子どもの貧困がウナギ登り (Guardian 2015.7.16)より
 シンクタンクの財政研究所(IFS)の報告書によると、イギリスの貧困層の子どもの2/3は就労家庭である。つまり仕事をすれば貧困から抜け出せるという政府の主張は根拠がないことになる。
 IFSは、労働者家庭での貧しい子どもの割合が2009~10年の54%から2013~14年の63%に増えたという。保守党の政策で子どもの貧困と不平等はさらに増えるかもしれない。政府による税金と補助金の削減が進めば、現在改善している所得不平等が元に戻り、いまは安定状態の子どもの貧困率が上昇するだろう。
 政府は失業手当を申請する家庭の子どもの数が2008年からの統計で最低になり、2010年から約45万人まで減ったという。さらに「就労すれば貧困から抜け出せるし、確実に賃金を得て、できるだけ高所得になるようにしたい。だから新しい国民生活給を導入し、課税最低限を上昇させた。イギリスは低賃金、高い税、高福祉の経済から、高賃金、低い税、低福祉の社会へと移行するだろう」と述べた。
 しかしIFSによると、この政策の効果は低賃金に減殺された。「2009~10年以来、失業家庭の数が減れば貧困が減るように思えた。しかし就労者の貧困の実質的増大により相殺された。雇用は堅調だが所得は伸びないという不景気以来の労働市場の特質が、より強くなったためだ」とIFSの経済学者はのべた。
 IFSは、最低賃金額の上昇は低所得者には朗報だが、補助金や税額控除額の削減によって相殺され、絶対的貧困者の押し上げに作用するだろうという。報告書によると「最近の不平等な格差の減少は一時的なようだ。所得の大幅な上昇と保守党の所得税減額案は高所得層には大きな所得増をもたらすが、補助金削減は低所得家庭(就労中でも失業中でも)には厳しい打撃になる」。
 IFSは政府統計を分析して、生活水準、不平等、貧困の主な傾向を調べた。その結果、所得の不均衡は社会階層間でほとんど変化がないのに、家計収入に占める上層1%の層の割合が1990年の5.7%から2007~08年の8.4%、2013~14年の8.3%へと上昇した。
 年金生活者の所得と比べると、1990年には中位の年金生活者は中位の非年金生活者よりも約1/3ほど貧しかったが、今日では年金生活者の占める支出額は相対的に大きい。
 しかし、障害者、一人親、ソーシャルハウジング【1】住宅に住む人などのような社会層は、生活必需品が不足するようになっているようだ。他の社会層に比べ生活必需品やサービスへの支払いが難しくなっている。自治体による税補助の廃止と寝室税【2】という政策の影響は、負債と未払金を急騰させていると報告書はいう。IFSは補助金減額で2013~14年に子どもの貧困が増加するとした。
 絶対的貧困は2014~15年はインフレが落ち着いていたので補助金の価値減額が1%までであり、あまり変わらないだろうが、補助金削減は低所得の労働者家庭を直撃し、貧困率も上昇するとIFSはいう。「強い経済と雇用の堅調さにより、就労者の貧困の拡大が隠されてきた。インフレの下での賃金上昇は所得を犠牲にした。最低賃金の上昇は助けになるが、多くの低所得労働者家庭は税額控除額の改定で暮らし向きが悪くなるだろう。」
【1】住宅建設組合や地方自治体が低価格で賃貸・売却する住宅供給システム。
【2】bedroom‥tax:住宅組合や地方自治体所有の住宅に住み、一部屋以上の空き部屋があると住宅手当が減らされる。例えば一部屋だと14%、二部屋だと25%の減少となる。

若者は「稼ぐか学ぶか」、貧困層学生向けの奨学金も廃止へ (Guardian 2015.7.9)より
 財務大臣は予算演説で、給付金や学生奨学金の受給資格を制限すると述べ、若者に「稼ぐか学ぶか」と促した。標的が若者なのは不公平だという不満が高まっている。
 大臣の厳しい政策は、全般的給付【1】を受ける18歳から21歳の受給者の就労支援を強化する2017年4月からの「若者の義務」政策である。また大臣は住宅手当をこの年齢層には自動的に支給しないという。
 「経済が完全雇用に向かっているとき、学校をやめて給付金に頼る生活をするのは容認できない。だからこの政策を導入する。若者は稼ぐか学ぶかのどちらかだ」と大臣は述べた。
 新たな生活賃金(最低賃金)は財務大臣の目玉政策の一つで、2016年に時間給7.2ポンド(約1400円)、2020年には9ポンド(約1600円)に上げるというが、25歳以下には適用されないようだ。
 慈善団体のYMCAの会長は、「若者の義務政策を実現する手段の具体案がない。職業再訓練に予算をつけるというが若者の支援にはなるまい。多くは25歳以上への就業援助プランの方にいくだろう」という。別の慈善団体も「住宅手当の削減は破滅そのものだ。ホームレスが増えるだけだ」という。
 財務大臣は現在の奨学金制度を廃止するという。そうなると低所得層出身の若者が高等教育から排除されるだろう。現在は、家計収入が年間25,000ポンド(約490万円)以下の大学生は、生活扶助のための奨学金を年間3,387ポンド(約69万円)受けられる。その上限の収入は42,620ポンド(約830万円)だ。
 「高授業料と補助金削減に反対する全国運動【2】」は反対運動を計画中だ。ある学生は「来年大学で芸術を学びたい。低所得の母親だけとの生活なので生活扶助奨学金を受けたかった。がっかりだ。背負う負債の大きさは大変だが、それでも進学したい」とのべた。奨学金は2016~17年にローンに置き換えられる予定だ。卒業して年間21,000ポンド(約410万円)以上の収入があれば、現在の授業料ローンと同時期に返済義務が生じる。ローンの最高額は8,200ポンド(約160万円)に増え、全額の返済義務がある。全国学生組合の委員長は、「『豆だけで生きている』など学生の貧困の話はジョークのタネだ。でもジョークどころでなく国の危機だ」という。サットン財団は「教育による社会的流動性の改善どころか、奨学金をローンに換えると、家計の収支が狂い多くの低所得・中所得階層の学生の大学進学を妨げる」と述べた。
【1】Universal‥Creditが原語。就業中か失業中かを問わず18歳以上の労働年齢にある人に資産に応じて給付される。教育機関にいる人は対象外。支給された人は、その状況に応じて就業活動をするなどの一定の義務がある。
【2】2010年にロンドンで創設された学生と教育労働者のネットワークで、「自由で民主的な教育、富裕層課税による奨学金の全員支給の実現を目的としている。実際、授業料高騰、教育予算削減、公共サービス削減などへの反対の直接行動を組織。2011年と2014年にはそれぞれ1万人が参加するデモを行った。略称NCAFC

18歳以上にオンライン上の情報の消去権を (Times 2015.7.28)より
 若い頃にフェイスブックやトゥィターに載った嫌な自分の写真を消せるのは、大人としての権利であり、若者が我慢すべき負担ではないというのが、政府や諸政党や企業や慈善団体が支援する「アイライトiRight・キャンペーン」の趣旨である。誤った判断や嫌な体験や未熟な行為がインターネット上にずっと残ることへの懸念が拡大している。政府は、18歳以上になれば若い時のデジタルコンテンツのすべてを編集し削除できる権利を技術会社に認めさせたいという。
 実際、若い時に投稿したメッセージから被害をうけるという経験が多い。ひどいケースはイギリスで初めて17歳で若者治安犯罪委員に指名された少女が、14歳の時に送信したメッセージのため1週間で辞任した件だ。あるツイッターが、この少女の性生活や薬物経験や飲酒のことを書きたて、タブロイド紙が再掲載した。
 アイライト・キャンペーンは、大人になれば自分の「デジタル上の足跡」を簡単に消去できるべきだという。「法廷を頼らなくとも諍いを解決し、子どもや若者にも誤った情報を簡単に修正できるようすることが重要だ。ウェブ会社が収集したデータがどう使われるかを子どもも知らされるべきだ。」と言う。 関係閣僚は、「子どもも若者もヴァーチャル世界を含む安全な環境で育つ権利を持っている。この運動を支援し、技術会社を説得する」と述べた。
 アイライトは、データを消せるというウェブサイトやアプリケーションには抜け道があるし、オンライン・ゲームやソーシャルネットワークは「人をとりこ」にし、デジタル中毒化して、子どもたちの時間を不健康な域まで支配すると警告している。「イギリス子ども委員会」は、若者のデジタル生活を改善する専門調査グループを立ち上げる。「これからの子どもがデジタル環境で育っていくならば、生活を楽しめるように自分を守る権利を新しいデジタル環境の中に定着させなければならない」と委員は述べた。

ファンタジーの世界を現実のビジネスに (Times 2015.7.29)より
 ファフマウス大学は10月にゲームアカデミーを開校する。学生が学習をビジネス化できる最初の試みだという。学生は芸術、アニメ、オーディオ、デザイン、文書、プログラミングという6チームに分かれる。プロのゲームデザイン会社と協働する予定である。今年、盲目の少女が家を脱出するという超自然的なホラーゲームを試作した。日本製ゲームに影響されたパズルゲームで3Dへも変換できる。チームは消費者を推測して市場調査から始めた。どのくらい資金が必要で、ターゲットとする市場にどのようにゲームを提供できるかを考えた。卒業までに完成品を作り、消費者が使えるようにする。イギリスのゲーム産業の売上は昨年39億ポンド(7300億円)以上だったが、そのプログラムツールを備えている。
 ゲームアカデミーの構想者は「プロのように仕事すると学生は大きく飛躍する。会社から見れば、本校以外のゲーム科の卒業生は仕事の流れや方法論などの基礎ができていない。本校の学生は始めから複雑なソフトウェアを管理する作業方法を使っている」という。
 この大学は創立以来特別な流れを作ってきた。卒業生の1/4が起業したという。ゲーム産業が始まったばかりの1980年代に皆自分の会社を始めた。「現在でも大ゲーム会社がいくつかあるが、多くは残っていない。社員20~30人の中規模な所は苦闘しているが、携帯電話やフェイスブック向けのゲームを作る小規模な独立プロには大きな可能性がある」とも述べた。
 昨年6月に大学は、ローンチパッドという小規模会社のための新規事業支援センターを始め、そこでは他大学の卒業生も含めて学生が会社の責任者になり、企業家としての活動を学ぶ。ローンチパッドの仕事は、ソニーや日立やBBCなどのパートナー企業と密接に関わり、さまざまな領域の問題を議論する。学生は会社を立ち上げ、投資を呼び込み、投資者が50%の株を所有する。学生監督者の株の持分は25%で、残りの25%が大学である。 副学長は「なかなかいいモデルだ。会社の評価は100万ポンド近辺の法人というあたりだ。ローンチパッド会社の一つは、確実に投資対象となっている」という。
 ある教授はこの試みが学生に与える利点を「学生は会社の責任者になって約14,000ポンド(250万円)の報酬を得られ投資家になる機会もある。修士号もとれる」と述べた
 ローンチパッドの試験的な6社のうち、アロー社はソニーと共同して人工知能を使ったサバイバルゲームを開発し、ディメンション社はテレビ局向けの教育ゲームを作っている。ローンチパッドの目的は2020年までに70以上のハイテク会社を作ることだ。教授はこれで地域からの頭脳流出も防げると期待する。

アメリカ自由人権協会が児童への手錠を告訴 (NewYorkTimes 2015.8.4)より
 アメリカ自由人権協会【1】は、学校で感情的に行動した生徒を抑えるために手錠を使うことを警告しているが、ある学校教師が障害を持つ8歳の男子と9歳の女子を他の子に「苦痛と恐怖と感情的なトラウマを与えた」として拘束した件で、ケンタッキー州の連邦地裁に学校関係者を告訴した。
 ACLUは、担当教師が泣いている体重24kgの男子に後手錠をかけている「驚くべきビデオ」を公開した。ビデオで教師は「あんな風に殴るのはダメだ」と言っている。
 訴訟の中で男子はADHD(注意欠陥多動性障害)で、少女は「他の特別なニーズ」があるとされた。障害児はアメリカ障害者法【2】によって守られているが、この教師は2014年にも男子を1度、女子を2度拘束し、障害者法も憲法も侵害していると申し立てられた。
 「少なくとも数万人の子どもが毎年拘禁されているだろう。何千人もが手錠をかけられ、その圧倒的大多数は障害のある子だ。専門家は約75%に上ると考えている」とACLUはいう。
 専門家の意見によるとマイノリティーの子どもの場合、手錠で拘束する具体的データはないが、稀ではない。今回の事件が異例なのはビデオがあったことだ。ビデオは学校職員が撮り、親が手に入れた。
 地域の子ども法律センターの責任者によると、学校教師が「障害のある子やトラウマを持つ子に対して手錠で拘束すること」が過去にも多発していたという。
 連邦教育省は昨年、障害のある生徒は公立学校の生徒の12%をしめ、在学中に身体的な拘束を受ける生徒の75%にのぼるという報告書を出した。2009年に教育相は各州に身体的な拘束に関する方針を再調査するよう求めた。ケンタッキー州には、公立学校で罰や躾のための身体的拘束を禁ずるという規則がある。多くの州は同様な規則を持つが、守られていないと学校教師への研修を行う全国NGOの所長は次のように言う。「手錠の使用を法廷は支持しがちだ。ニューメキシコ州の最近の事件では、連邦判事は7歳の自閉症児に手錠をかけても許されると判定した。教育省は、最小限度の拘束や力の行使は可能であるが、特別なニーズのある子どもを特に配慮すべきという。両者の見解は一致していない」。
【1】基本的人権の保障を目的に1920年に創立されたアメリカ合衆国で最も影響力のあるNGO。会員は50万人を越えるという。公権力により人権を侵害された個人や団体に弁護士や専門家の支援を提供する。どの政党にも所属しない。正式名称:American Civil Liberties Union(ACLU)
【2】「障害を持つアメリカ人法」(Americans with Disabilities Act)ともいい、障害による差別を禁止する公民権法の一部。雇用や公共サービスなどでの様々な差別を禁止している。

通知表の校正係を雇う学校 (Times 2015.8.1)より
教師は昔は子どものノートを赤ペンでチェックしたが、今は自分の仕事を恥ずかしい間違いがないように校正係に見てもらっている。あるフリースクールは、学年末の生徒の通知表を徹底的に調べるために校正係を雇った。このため通知表の親への配布が遅れることもある。
 校長によると、若手の教師の多くはきちんと教育されていないので綴りや文法の間違いがよくあるということだ。典型的な間違いとして教師がおかすのは、名詞のpracticeと動詞のpractiseを混同することだ。教師が書いた通知表には平均して6箇所の間違いがあった。
 校長は職員の能力を批判しているのではないと強調する。「通知表によく間違いがあるのは教師が非常に忙しいのが理由の一つだ。通知表を書くとき教師は土壇場になって非常に早く書く。同僚が通知表をチェックするのが解決策とは思わない。そうすると教師の仕事が増えるからだ」と言う。
 ある親は「校正係を雇う必要はない。なぜ先生は自分でできないのか。正しい綴りを知らないのか」と述べた。



論評 佐々木 賢

1.「ガラスの床」
 「ガラスの床」と呼ばれる現象がある。上層の親がわが子を公立の進学校に行かせ、結果として下層の成績の高い子を排除してしまうことを指す。低辺校と進学校の双方を経験した校長がこの現象を避けようと努力してしたが無駄だった。
 調査によると、上層の子の半数近くが平均点程度の成績だが、実態は上層の子は下層の子の3倍も入学した。入試によって階層移動はできない。籤引きや優秀校を増やす案が出されたが、現実には不可能だった。新階級社会になっているからだ。紹介記事②によると、労働者家庭の3分の2が貧困に陥っている。
 貧困家庭は2009年から2010年まで労働者階層の54%だったが、2013年から2014年には63%に増えた。上層1%の家計収入の全体に占める割合は1990年に5.7%だったが、2013年から2014年には8.3%となった。税金が重くなり、社会保障費が削減されたからだ。最低賃金が上ったが、補助金が減り、税控除額が減らされたから相殺され、障害者や一人親や公営住宅に住む貧困層は生活が苦しくなった。上層が豊かになり下層の貧困化が更に進んだ。これは世界的傾向で、日本でも同じ状況にあると見た方がいい。
 国の指導者は「雇用が増え、生産性が向上すれば低辺層が貧困から脱出できる」というトリクルダウンを説くが、嘘である。最近では、トマ・ピケティが200年間のデータを分析し、資本収益率rが経済成長率gを上回るっていると証明している。

2.奨学金のローン化
 イギリス政府は18から21歳の若者に「働くか学ぶかを選ばせる」政策をとる。奨学金の受給資格を制限し、住宅手当の自動的支給を廃止し、最低賃金を上げるが25歳以下の者には適用しない。 
 慈善団体や市民運動体が反対している。紹介記事にあるように、奨学金は給付制からローン制に切り替えられると、160万円程の借金を抱えて大学を卒業し、年収400万円以下の貧困層には返済が困難になる。住宅手当を削減されるとホームレスが増える。年間授業料が175万円に値上げになる。この数値をあげ、授業料高騰や教育予算削減や公共サービス削減に反対する1万人のデモがあった。サットン財団がいうように、社会的流動性が不可能となり、低所得家庭の若者の大学進学が困難になるからだ。
 日本も同じ様な状況にある。学生支援機構の滞納者は2004年に18万だったが 2013年 には33万人に増えた。大学授業料は国立と私立で、1981年に18万円と38万円だったが、2014年には54万円と86万円に、それぞれ倍近く上がった。
 貯蓄ゼロという世帯は1998年に10.8%だったが、2014年31.0%になった。OECDの調査によると、高等教育を受ける者は50%と他の各国の最高だが、高卒資格で就職し難いからだ。従って奨学金を受けて進学しようとすると、ローン制になっているから生涯が借金奴隷のようになる。卒業時の借金は平均300万円、大学院なら400万円にもなる。
 在学中にアルバイトをしようにも、ブラックバイトが待っている。重い責任を担わされ、超勤や連勤があり、文句を言うと解雇される。やっと卒業しても、非正規雇用の職にしか就けなかったりする。自衛官にでもなれば、返済免除奨学金年65万円が医師系や理工系に与えられ、初任給が21万円だから魅力的だ。これを経済的徴兵制という。

3.iRight
 フェイスブックやツィッターやオンラインゲームに書き込んだデジタル痕跡を18歳過ぎたら消すことができる。未成年の頃に、犯罪や性や薬物や飲酒等での失敗した体験をネットに書き込み、成人後にその記載が証拠となって、不利益を被るのを防ぐ権利であるという。若気の至りのつぶやきやふざけは許されるのだ。
 注意を要するのは、若者がゲームに夢中になり、無駄な時間を浪費し、不健全な生活をし、デジタル中毒になっている場合、サイトの抜け道があり、デジタル痕跡を悪用されることになる。これは自業自得であり、周囲の人々は助けようもないと警告している。
 日本でも同じ動きがある。2014年に東京地裁は「忘れられる権利」を認めた判決を下した。ただ、デジタル上のリテラシーについての判断基準が未だに無いので、緊急に整備されなければならないとしている。EU圏内でも、この問題が100万件ほどあるが、客観性や中立性の問題整理が不十分であり、専門家が検討中であるという。アメリカでは2015年にカリフォルニア州で「消しゴム法」が制定された。ドイツではナチ政権時期のユダヤ人殺害の情報拡散防止の絡みで、問題が複雑になっている。目下、データ保護・プライバシーコミッショナー国際会議が検討中である(朝日2015.8.28)という。
 なにはともあれ、学校関係者は「iRight」の存在とデジタル中毒の2点について、子どもや若者に知らせておく必要がある。

4.大学のゲームビジネス
 イギリスのゲーム産業の収益は最近数年間、10%から20%上昇している。2014年に、ある企業は製品発売後の3日間で約2000億円を売り、消費者のゲーム購入費は約7300億円となり、携帯型ゲームだけでも1年で1100億円を売り上げている。大学敷地内に工房を設け、市場調査をし、学生の試作品を直接販売し、他企業と連携し、投資家を呼び込み、持ち株割合も決めている。教育の民営化が叫ばれて久しいが、ここでは大学そのものが企業となった。ひところは産学協同と言われたが、今は産学一体となった。
 日本でも2009年に国公大学が法人化された。法人化というと、内容がよく分からないが、企業化と言う方が実態に合う。大学運営交付金が減額となり、研究費の調達に自助努力が求められ、法人長と大学長が同格になり、予算や会計は効率化係数が適用され、大学教職員の常勤が減り非常勤が増え、理工系が増え人文・社会系が減り、利益順に大学カリキュラムが編成され、評価制度が導入されたから、経済的利益に基づいて人事が行われ、大学理事に文部科学省出向の職員がなったりしている。学問や教育の世界に経済優先の原理が支配するようになったといえる。

5.子どもに手錠
 アメリカで障害児童虐待事件があった。数万人が拘禁され何千人が手錠をかけられた。専門家はADHD等の障害をもつ児童の75%が施設で虐待を受けていると証言している。提訴した場合、連邦判事が手錠は許されるという判決を出した事例がある。一般には拘禁や手錠を容認し難いという風潮だが、警察が介入することが困難で、裁判所も認めたりすると、虐待は延々と続くことになる。
 日本も同じだ。滋賀県で女性保育士が知的障害を持つ女児髪の毛を引っ張るなどの虐待が4件あった(朝日14.10.3)。同記事には、2013年に虐待事件が全国で7万3千件発生していたと報じている。
 「憲法違反だ」とか、「非人間的だ」と批判することは容易だが、事態が一向に改善されない。顕著なのは、学校や施設の現場に近い、直接関係をした人々が虐待を容認し、現場を離れた外部の報道機関や一般の人々が虐待を非難していることだ。施設に子どもを預けた家族も「丁寧にやってくれない」と施設や学校を非難する。現場の保育士や教職員の仕事がどれほど大変かがあまりよく知られていない。職員の給与が幾らか、勤務時間はどうか、休暇は取れているか、職員一人が何人の生徒児童を受け持っているか、常勤非常勤の割合はどうなっているか、等の労働条件が報道されることが少ない。
 もし自分が教職員なら障害児童に思いやりの心を持ち、人権を尊重しながら責任を果たせるか、という当事者性の意識が欠けている。つまり、一方的にサービスを受け、仕事を他者に任せる消費心性が働いている。実の親の虐待もある時勢だから、互いに当事者性を保つように努力する社会にならないと、問題解決にならないであろう。

6.職員の誤字
 ロンドンの学校で教師の期末テストの採点ミスを正すために校正係を雇っている。若手の教師は業務に不慣れで、文法やスペルや名詞や動詞の使い方、それにリポート添削について、1答案に平均6個の間違いがあるという。校正係といってもproof-readerとあるので、教師のような者だ。教師の教師が必要な時代に入ったわけだ。 
 親は「そんなのおかしい。学校の教師が自分でやれないのか。教師の学力が低下し、無能化した」と文句をいう。だが校長は「教師が多忙で過労状態にある。時間に追われ時間ぎりぎりに採点している」と釈明している。
 多忙化は他人事ではない。OECDの国際教員調査(2013年34カ国)によれば、勤務時間が平均週38.3時間なのに日本は53.9 時間で、世界で最も長時間勤務をしている。背景に日本の労働者全体の過労がある。OECD労働時間調査(2014年)で、週50時間以上働いている割合は、オランダが0.7%、ノルウェー2.8%、仏9.0%、米11.1%、英12.1%であるのに、日本は31.7%であるからだ。

7.世界の状況
 今回紹介した英米の記事を大別すると、格差(1.2.3)と消費(4.5)と労働(6.7)の3課題が浮かび上がる。格差について、NGOオックスファム2014年報告によると、上位1%の資産は下位71憶人分に、上位85人の資産は110兆$(1京1000兆円)で下位35憶人分に匹敵する。是正には富裕層課税が必要だが、1970年以降上位者課税は減少し、21兆$約2100兆円がタックスヘイブンに流れ、ほぼ無税になっている。
 世界の庶民の過半数は生活苦を抱えているが、先進国の庶民は消費心性に浸っている。サービスや便利な商品を求め、他者に依存する生活に馴染んでいる。子どもたちも、自ら学ぼうとするより、他者に教えてもらう心性が支配している。
 労働現場では組合の力が衰え、失業や不安定雇用が常態化し、低賃金で長時間労働を強いられている。
 この閉塞状況を打開するには、官僚制と消費社会に無批判であった我々の反省が必要なのではないか。官僚制が職場に不必要な仕事を増やし、消費社会は生活に不必要なサービスを増やしてきたからだ。両者が庶民の生活を追い詰め、格差を拡大させた。これを自覚しつつ、誰かにお願いするのではなく、学校現場の多忙化も、自らの意志でどの仕事が不必要かを選び直し、ネグレクトするしかない。弱い立場の我々にも、不服従と非協力と面従腹背を旨とする実力行使が残されている。これが出来ないと国際社会の恥となる。


      (やまなし あきら 元県立特別支援学校))
   (ささき けん 研究所共同研究員))

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