特集 : 高校再編と新学習指導要領
 

 
「県立高校改革推進計画」の行方を考える

本間 正吾 

 
1.「姿消す14校」て

 八月十五日、「県立高校改革推進計画(案)(新聞報道上の言葉では「県立高校再編案」となっていた。以後「改革計画」と略す))」なるものが、新聞紙上(朝日)に報じられた。当の神奈川県教委による正式発表は、翌日になった。手順には、混乱が見えたが、「改革計画」の発表は、すでに時間の問題となっており、県教委も八月末と予告していたものが早まっただけである。だから、発表そのものについては、とくに驚くほどのことではない。しかし、この記事を読んだ人は、そこでつかわれている言葉に驚いたのではないだろうか。
 この記事には、「姿消す14校」というセンセーショナルな見出しがつけられていた。さらに、記事は、「改革計画」の対象となる学校を分けて、「存続校」と「削減校」という言葉をつかっていた。これに似た表現は、他の新聞でもつかわれていた。「施設存続校」と「施設廃止校」(毎日)、あるいは「削減候補」(日経)、「施設利用校」と「削減校」(産経)。これまでの県の公式的説明では、「改革計画」はあくまで2校の「統合」をすすめるものであり、一方的に「姿消す」学校、「削減」や「廃止」される学校が出るものではなかったはずである。もちろん、これは新聞記事の中でつかわれた言葉であり、県教委が公表した文書の中には、「削減校」などという言葉を見つけることはできなかった。だが、これを言葉の行き違いだけですますわけにはいかない。行き違いというには、あまりにも「改革計画」の本質に触れる重い言葉だからである。また、たまたま今回に限って間違ってつかわれた言葉、と片づけてしまうわけにもいかない。「改革計画」に対する「(学校が)姿消す」というイメージは、突然できあがったものではなく、県教委がこれまでおこなってきた発表をとおして、しかるべく形成されてきたものと言わざるを得ないからである。
 「改革計画」作成の作業がはじめられてから、県教委は、具体的学校名を除いた計画の中身を、議会答弁、記者発表等をとおして、小出しに発表してきた。たとえば、六月の県議会における教育長の答弁は、こんな見出しをつけて報じられていた。「県立高『25−30校』削減へ(朝日6/23)」。幅をもたせながらも、「統合」の規模は、すでにあきらかされていた。しかも、この段階ですでに「削減」という言葉がつかわれていた。「県立高校が削減される」「県立高校の削減数」という言い方は、他の新聞にも見ることができた(同日の神奈川新聞等)。さらに、対象となる学校名が公表されていない段階では、どこが跡地になるか、分からないはずである。ところが、統合後の跡地の利用方法についてまで、県教委の説明は触れていた。「県政全般の視点で活用することが大事。土地の売却も含めて、今後調整することになる(朝日6/24)」。そして、廃校の跡地を利用して、川崎北部と横浜南部に県立養護学校を新設するための調査、検討に入っていることまで、同じ記事で紹介されていた。7月末には、財政的効用にまで話はすすんでいった。「統廃合校の土地、建物が売却可能な県有資産となるため、財政難にあえぐ県にとっては『魅力的な効果』も出てくる(読売 8/1)」。学校名をあきらかにしていない段階で、跡地の売却額まで、すでに試算が進んでいたのだろうか。
 「改革計画」は、県立高校全体のこれからのあり方を考えた「教育上のプラン」だったはずである。しかし、このように計画が小出しに発表されていく中で、取らぬ狸の皮算用的な期待だけがふくらみ、いつのまにかマスコミを通じて報じられる「改革計画」は、学校数の削減、跡地利用を目的とする、県立高校のいわば「リストラ計画」へとイメージが変わっていった。この間、計画のイメージが歪んでいくにもかかわらず、県教委は、それを明確に訂正することもなく、情報を提供し続けた。そして、具体的学校名を入れて、「改革計画」の全体案が新聞を通じて報じられたとき、「統合」対象校は「削減校」「存続校」という名を与えられてしまった。歪んだイメージを訂正しようとしてもできなかったのか、それともマスコミにより作り上げられたイメージが、もともと正しいのか。
 

2.「統合」の過程を考える。

 さて、どのような言葉がつかわれようが、ともかくこれで「改革計画」の前期分は、あきらかにされた。対象となった学校現場が、困難な課題に取り組んで行かなければならないのは、これからである。学校の「統合」のプロセスについて、行政は真剣に考えているのだろうか。もともと、行政にいる人間も、現場にいる教職員も、学校「統合」の経験など持ち合わせてはいない。実際にはどうなるのか、またどんな問題がおこるのか。その辺りを、いま(99年8月末)分かる範囲で考えてみたい。
 県教委は、「専門学科などの例外を除き、基本的に統合が進められる二年間は、経過的に対象二校の新入生の学級数を減らすことで対応し、募集停止の措置はとらない」としてきた(7月5日の文教常任委員会における教育長の回答)。今回発表された「改革計画」において、対象となる学校の大半は、移転する学校、移転を受け入れる学校いずれであっても、募集クラス数を減らしながら、段階的に規模を縮小、「統合」へと向かうことになる模様である。ただし、「募集停止」方式で姿を消す学校も存在することが、この7月時点ですでにあきらかにされていたのである。
 発表された「改革計画」において、「募集停止」をする学校とされたのは、大船工技、平塚西工技、相模原工技のいわゆる三つの工業技術高校と普通科の小田原城内高校の4校である。これらの学校は、「募集停止」により、しだいに学年がなくなり、最後の3年生が卒業するとともに、学校は姿を消すことになる。もちろん、「改革計画」では、これら4校のケースであっても、「統合」という言葉をつかっている。だが、いったい何が「統合」されるのか、何をもって「統合」というのか。姿を消す学校の教育内容の一部が、新校で生きていく、と言うのだろうか。あるいは、姿を消す学校の「記念コーナー」が作られる、と言うのだろうか。おとなの立場では、そんな説明ですむかもしれない。だが、これからその学校に入学する子どもたちにとっては、自分の後の学年がなくなっていくのである。なぜ、「募集停止」措置をとらなければならなかったのか、彼らに納得のいく説明ができるだろうか。
 この「募集停止」校の問題は、数が少ないからといって無視することはできない。しかし、ここではとりあえず対象校の大半をしめている、「募集クラス数」縮小によって「統合」する学校について、かんたんなモデルつくって考えてみたい。
 次の図は、現在6クラス規模の普通科高校2校が統合されて、同じく6クラス規模の新しい学校になると想定し、モデルをつくってみた。図の中の第T期は、「統合」への作業着手以前の段階である。第U期から「統合」への具体的動き、「移行期間(県の説明では2カ年が予定されている。)」が始まる。移転する学校も移転先の学校も、現在の校名と校舎を残したまま、募集クラス数を削減していく。そして、第W期になって、移転先の学校の校地、校舎に「統合」し、そこで「新しいタイプの高校」の新入生を迎える。この第W期は、そのままであれば新校も含め、3校が同居することになるはずである。しかし、小規模な学校が3校も同居する状況は、だれが考えても混乱を生ずること必至である。だから、「改革計画」でも、この段階で3校を「統合」し、名前の上ではひとつの学校にすることを考えているようである。したがって、入学時と卒業時で学校名が異なる生徒が出ることにもなる。
 この「統合」過程で様々な問題が発生することは、県教委も一応は予想しているようである。「改革計画」の中にも、「統合前の移行期間には、教育活動を中心に緊密な連携を図ることとする」という一文が注のかたちで付け足してある(P.41)。しかし、あるのはこの文ひとつだけである。「緊密な連携を図ることとする」といってすむようなことなのだろうか。「統合」過程で対応を迫られると予想される問題を整理してみる。

第1期(着手以前)
A校 B校
3年生6クラス 3年生6クラス
2年生6クラス 2年生6クラス
1年生6クラス 1年生6クラス
第2期(統合 着手1年目)
A校 B校
3年生6クラス 3年生6クラス
2年生6クラス 2年生6クラス
1年生3クラス 1年生3クラス
第4期(新校の開校)

C校

旧A校 旧B校
3年生3クラス 3年生3クラス
2年生3クラス 2年生3クラス
新校1年生6クラス
新校
第3期(統合 着手2年目)
A校 B校
3年生6クラス 3年生6クラス
2年生3クラス 2年生3クラス
1年生3クラス 1年生3クラス

(1)カリキュラムの問題
 第W期には、2年生・3年生のカリキュラムは、原則としては「統合」されていなければならない。少なくとも、卒業・進級に必要な単位数は、「統合」対象の2校の間で揃えておかなければ、後で困難な問題を抱え込むことになるだろう。そして、そのカリキュラムは、入学時点でしめしておかなければならない。もちろん学年進行途中で若干の変更はあり得るだろう。だが、「統合」があきらかになっているところで、ただでさえ不安を抱えている生徒、保護者に、「これからカリキュラムを変更します」では説明がつかない。だから、この作業は、「統合」への移行開始以前におこなわれなければならない。
 しかし、各学校のカリキュラムは、それぞれの学校が置かれた状況のもとで、何度も作り直しながら現在にいたったものである。改定のたびに、選択幅がしだいに広がる傾向がすすむことにより、各学校のカリキュラムには、かなり大きな違いも生じてきている。ひとつの学校の中でも、カリキュラムの手直しは大変な作業である。校舎も離れている時期に、「統合」へ向けたカリキュラムの調整をすることは、物理的にもかなり難しい作業になるであろう。しかも、ちょうど新学習指導要領への移行期、週5日制への移行期が、この「統合」の時期に重なっている。そして、ここで調整しつくっているカリキュラムは、「統合」後の2年生・3年生の2年間に限ったカリキュラムである。これから立ち上がる「新しい学校」のカリキュラムをつくる作業は、また別にすすめられなければならないのである。

(2)教務上の問題
 試験についても、学校ごとに時期はずれている。さらに始業の時間、終業の時間、休み時間の取り方等、日課にも、さまざまな違いがある。施設利用、時間割の調整が必要になるばかりではなく、細かい点にいたるまで、調整作業が必要になる。
 また、「改革計画」では、再編の結果できる学校の学期を、一部を除いて、2学期制としている。3学期制をとってきた学校は、この点での調整も必要になるだろう。
 そして、単位認定、進級・卒業の判定にかかわる教務上の様々な基準は、各学校が抱えてきた様々な問題に対処する中でつくられてきたものである。ひとつの学校に「統合」される以上、様々な基準の調整が必要になるだろう。

(3)進路保障上の問題
 企業からの求人は、学校単位でおこなわれ、内容には学校間で大きな違いがある。企業が求人にあたり、特定の学校を指定するやり方を、ここで肯定しているわけではない。しかし、生徒の就職が、学校からの推薦というかたちをとり、これまでの企業と学校のつながりに大きく左右されていることも、否定できない事実である。また、大学・短大・専門学校の推薦も、当然のことながら学校が単位になっている。「統合」したからといって、新しい学校に、これまで単独の学校として存在してきた旧A校、B校の求人、推薦枠などを、無事引き継ぐことができるだろうか。
 また、学校からの推薦数には、多くの場合は限度が定められている。いままでは、各学校ごとに推薦枠を考え、調整していた。1校に「統合」したときに、どうなるのか。もちろん、例外的措置を企業、あるいは大学短大等に要請する必要はあるだろう。しかし、ことなった学校ですごしてきた生徒を、不公平がないように推薦枠内に調整することは、なかなか難しい問題になるだろう。
 さらに、就職指導の仕方、進学指導の仕方についても、そのルール、進め方等には、学校ごとに様々な違いがある。とくに「統合」時の3年生は、別々の学校の生徒として2年間を過ごしてきた生徒である。その生徒たちが、「統合」後の新学期にただちに就職への動きを始めることになるのである。

(4)生徒指導上の問題
 様々な問題を含み、改善すべき点を残しながらも、生徒指導の体制は、それぞれの学校が置かれた現実の中でつくられてきた。問題行動に対する対応、生徒の具体的指導のあり方は、学校により違っている。あるいは、服装や頭髪についても、これまでの様々な経緯をふまえ、その指導方法、基準は、各学校がつくりあげてきたものである。第W期には、同じ校舎の中に、三種類の制服が同居する可能性とともに、場合によっては、三種類の生徒指導の基準がならんでしまう可能性もある。

(5)行事に関する問題
 年間の行事予定の組み方は、各学校が置かれてきた状況のもとで、様々な工夫を加えてながらできあがってきたものである。行事の日程を動かすことは、それこそパズルを解くようなものである。ひとつの学校になる以上、この調整も難しい課題になるだろう。
 行事内容も、学校ごとに大きく違っている。それぞれの学校では、体育祭や文化祭等の学校行事について、それぞれ様々な工夫をしてきた。その結果、各学校ごとに、同じ行事であっても、大きな違いが生まれてきている。その調整も、教員、さらに生徒にとって難しい課題になるだろう。
 また、修学旅行、社会見学なども、それぞれの学校で、生徒をできるだけ参加させ、意義あるものにするため、様々な工夫を重ねてきたものである。第W期の修学旅行にいたっては、「統合」前に決定し、「統合」後に実施することになるのである。

(6)部活動の問題
 部活動もそれぞれの学校の伝統を受け継ぎ、さらに各学校の卒業生との結びつきももっている。そして、大会への参加、選手登録等は、学校単位でやってきた。過去、別々の学校の部として活動してきたものを、「統合」後はひとつの部にしなければならない。しかし、生徒の意識もかかわった問題である以上、学校の「統合」ほどには、かんたんには「統合」できない事態もおこるかもしれない。

(7)財政上の問題
 県費部分については、もちろん行政の責任であり、「統合」過程においては配慮が当然あると期待する。しかし、神奈川の県立高校では私費も大きな役割をはたしている。そして、私費は、学校ごとに徴収金額も異なり、使い方にも違いがある。「統合」へ向けて、私費の徴収額、支出方法等の調整が必要になる。もし、調整をしておかなければ、同じ学校でありながら、保護者の私費負担が違うというという説明しがたい事態も生まれてしまうだろう。

(8)学校運営上の問題
 分掌、委員会等の学校運営上必要な組織は、当然のことながら各学校単位につくられてきた。同じ名称の分掌、委員会であっても、仕事内容等には様々な違いがある。2校の「統合」に際しては、学校運営に必要な各組織の調整、あるいは新設が必要になってくるだろう。さらに新しい体制で出発する新校との関係もある。
 そして、何よりも職員の意志一致を図る機関、職員会議のあり方が、むずかしい問題になるだろう。別々の学校の職員会議が、「統合」後のことを別々に話し合い、意志一致を作り上げることは難しい。合同職員会議というものも、考えていかなければならないだろう。たとえ運営上難しい問題があるとしても、いまその学校で仕事をしている教職員が、学校の将来について発言できないような事態をつくってはならない。

 「統合」される2校は、県立高校再編の大きな理由とされた「小規模化」が、もっとも進む学校である。「改革計画」の中で、「適正な学校規模」については、「学校全体で18学級から24学級(1学年6から8学級)、生徒数では720 から960 を標準(算定基準は1学級40人)とします」とされている。先のモデルでは、第V期には、12学級しかない状態になってしまう。教職員は「小規模化」による教育条件低下に対応するだけでも、多大のエネルギーを要求されるだろう。その中で、ここに縷々あげた問題を解決していかなければならないのである。日常業務はこれまで以上に多忙、そして新しい課題が百出するという状況になる。「統合」過程で、教職員にかかる負担の大きさには、想像を絶するものがあるだろう。
 しかし、これらの問題が発生している時期、「統合」へと向かう時期にも、生徒は、その学校でまなび、生活しているのである。「立派な学校ができるのだから、多少の不都合はがまんしてくれ」と言われて、納得できることではない。2つの学校が「統合」へと移行する時期が、彼らにとっての高校時代なのである。「統合」への移行期おける、生徒の教育条件は十分に保障されなければならない。また、移行期の教育活動に不公平や不合理な事態が生ずることも許されない。その意味で、「統合」過程の2校の現場にいる教職員の責任は大きい。だが、現場の条件を整える、行政の責任はもっと大きい。
 これまで発表された文書等を見ても、「改革計画」の中で進められるものは、あくまでも「統合」であって、廃校でも新設でもなかった。今回発表された「改革計画」においても、この原則は変わっていない。「統合」とは、旧2校が積み上げてきたものを受け継いで、新しい学校ができるということを意味するはずである。しかし、ここにあげたような移行期における様々な問題に対処しなければならないことを考えると、現場の教職員が新しい学校をつくる作業に関わることは、かなり難しいと言わざるをえない。もし、このまま「統合」作業が進むならば、2校を廃校し、新しい学校をその跡地につくった、という結果に終わるだろう。現場の教職員が、移行期の困難な事態に適切に対処しながらも、同時に「学校づくり」に参加できるような条件を整備することは、「統合」計画をつくった行政が負わなければならない当然の責任である。

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