特集 : シンポジウム「減るの?変わるの?どうなるの?」
 

「改革計画」の行方は?

―シンポジウムをふりかえって―    

樋浦 敬子

 
 はじめに―少なかった参加者

 8月に発表された「県立高校改革推進計画」は、該当校はもちろんのこと、該当校以外でも高い関心を呼んだ。将来構想検の答申以来、再編があることは周知のことになっており、一体どこに白羽の矢が立つのか、全ての現場で、場合によっては自分たちが当事者になると考えていたはずである。特に積極的に学校改革に取り組んできた現場では、自分たちが進めてきた「学校作り」が「推進計画」の中でどのように位置づけられるのか注目していたことと思われる。
 実際の発表は新聞報道が先行し、内容は該当校にすら校長も含めて知らされてはいなかった。しかし正式発表後も、ごく一部の学校の地域や同窓会が「反対」の議論をしていることが報道された程度で、大きな混乱はなかったようである。また発表された「県立高校改革推進計画」は、再編問題だけでなく全ての県立高校に「改革」を求める文書であったが、その点については注目を集めることはなかった。
 シンポジウム開催の11月まで、該当校の多くでは“事態”を受け止め、校内の体制づくりを行おうとしていたようだが、どうして“うち”がという戸惑いから抜け出ることができず、校内の職員間での本格的な議論ができずにいた該当浩もあったようである。神高教では「再編問題対策会議」「再編該当校会議」を開催し、情報高官に務めていたが、該当校以外には殆ど情報が伝わっていなかった。したがってパネラーが再編該当校の当事者であるというこのシンポジウムには、情報を求めて、また議論を交わすために、多くの参加者があるだろうと予想された。
 しかし参加者は、全体で94名、内当事者である現場の教員が59名という寂しさだった。シンポジウムが開かれたのが、大きなイベントが目白押しの11月の第3土曜日だったということにも影響されたかもしれない。また再編該当校の多くが、「課題集中校」といわれる学校現場であり、その日常の猛烈な仕事量をこなしつつ、県教委だけでなく相手校と調整を図りながら計画を具体化しなければならない、となると参加の意志はあっても、参加するゆとりがなかったのかもしれない。いや会場発言から浮かび上がってきたのは、多くの教員にとって今回の動きは、県教委主導のふってわいたような「改革」であり、また再編計画の実施が前期計画でも数年先であることから当事者意識を持てずにいるという状況であった。そういった実態を反映していたのが参加数だったのではないか。かつての百校計画(百の新設校の「学校づくり」)の経験とも異なる、新しい経験を前にしての、このような当事者意識の欠如が何をもたらすのか。

 

 シンポジウムのねらい

 当日パネラーとしても参加した教育研究所の所員の本間さんは『ねざす』第24号(1999.11)で、今回の再編計画の問題点・今後の課題を次のように整理している。
 まず問題点としてあげたのが次の3点である。

  • 「削減」=リストラ計画になってしまう懸念

  • 移行期の大きな問題

  • 県のイメージする学校づくりの問題

その上で今後何が必要かについて次の5項目をあげている。

  1.  情報の公開と教職員の意思一致の優先

  2.  「統合」対象校への支援

  3.  「計画」を押しつけない

  4.  「統合」のペアとなる学校の間の総合選抜

  5.  「再編によりつくられた学校」の学区への位置づけ

     シンポジウムでは最初に司会の中野渡さんが、本間さんの整理、研究所での議論も踏まえて今回のシンポジウムのねらいを次のようにまとめた。

 

  1. 今回の計画がさまざまな高校課題について応えうるものなのか。
    現場での考えてきた改革の方向と一致しているのか、乖離しているのか。

  2. 現場ではどのようにとらえているのか。

  3. これからどういう方向でどういう学校を作り上げていくべきか。

     当日の論議はそれらの提起に応えるものとなったか、以下整理してみたい。
     

 推進計画の問題点

 パネラーや会場参加者の「改革計画」に対する問題点の指摘や懸念は次のように多岐にわたるものであった。

将来展望も教育思想というものもない県の姿勢に対してきちんと講義していかなくてはならない
本来教育改革は、生徒の実態を知り、改革に取り組んできた現場の今までの取り組みの上に積み重ねられるべきであるのに、今回の計画は現場の声なくして県教委主導で一方的に出され、基本的なコンセプトや想定される生徒像まで示されているのは大きな問題
「推進計画」は第7章に校長のリーダーシップ強化がうたわれ、「改革」はそれとセットになっていることをしっかり認識すべき
基本的に新タイプの高校の学区が全県に拡大されることは問題
何故新しいタイプの高校が必要なのか、普通科の枠組みでは無理なのか、十分な議論が行われているとは言い難い
高卒の就職が大変なこの時期に「総合学科」が中学生が「行きたい高校」なのか疑問
様々な生徒を受け入れてそのどの生徒にも居場所のある学校など果たしてつくることができるのか
新タイプの高校が多くの中学生が「行きたい高校」になることで、現在きている生徒(学力不振であったり、日本語を母語としないニューカマーの生徒であったり)を排除するのではないか。それらの生徒達と向き合うことで「改革」に取り組み、学校を変えてきた多くの課題集中校がある!
今の「課題集中校」の役割を再編後はどこが担うのか、等々。

 確かに今回の「改革計画」は県境主導の机上のプランであり、上記のような問題を立案以前に論議する場は基本的には設けられなかった。シンポジウムでは、参加者から貴重な発言が相次いだが、時間不足もあり、お互いが議論を深めるという展開にはならずに終わってしまった。全体で何を考え、県に何を求め、該当校にどのような支援をしていくことができるか、今からでも論議を深め、しっかりとした取り組みを行うことが求められている。ちなみに研究所では、現場での改革の取り組みを支援するべく、情報交換・討論の場を提供したいと考えている。また後の検証に資するために各校での取り組みに関する資料収集も行う予定である。
 

 再編該当校では―移行期も大きな問題

 シンポジウム参加者には再編該当校の当事者が多く、「もっと現場の声を聞いてほしかった」「現場を見て欲しかった」等々、県が立案の前に現場の実態を十分に把握していないことへの不満が述べられた。だが「改革」そのものの方向については、積極的に評価する発言も多かった。例えば総合学科への再編の場合、今まで自分たちが取り組んできた「改革」が、総合学科に近いのでそのまま継続して考えることができる。フレキシブルスクールの場合は、自分に合わせられる学校の創設という意味で評価できる。また再編該当校になったことで予算がつき実際に改革が進む等である。またいろいろ問題はあるが、「改革」が上からの押し付けにならないよう、「こちら側」が頑張らねばと、現場での取り組みの重要性を指摘する発言もあった。
 しかし一方で述べたように再編該当校でも当事者意識が希薄で、移動の問題もあり逃げ腰の姿勢の目立つ人も多いという指摘や、今の県立高校の多くの職場がかつて新設高校づくりに情熱を注いだ時代とは構成メンバーが異なり、高齢化しており、改革に向けて意欲やエネルギーを持ち続けることが可能なのか疑問であるという発言もあった。膨大なエネルギーを求められる「改革」が上からおろされてしまったことに対する戸惑いや厳しい現状が語られていた。
 さらに私たちが実現してきた「民主的な職場」、つまりしっかりした職場討議が行われることを前提に特定の人に負担をかけずにみんなで担うという体制で、時間の限られた「改革」に対応できるという疑問も提示された。改革を進めるに当たって、いかに「改革」を担う効率的で継続性のある「運動体」をつくり出すか(中野和巳「カリキュラム改革は高校を変化できるか」『ねざす』第24号参照)という大きな課題に該当校が直面しているということだろう。
 こういった中で進められている「改革」に対する不安・問題点の指摘が噴出したのは当然のことだろう。「今から現場でどこまで決めることができるのか」「現場での修正をどこまで認めるのか」、「予算が本当に付くのか」、「正式なタイムテーブルが明らかにされていない」という不安、「現場主導でやるには時間がなさすぎるので、結局数を減らしただけに終わってしまう」のではないかという懸念等々である。
 また何よりも多くの現場教員が不安に思っているのが移行期の問題であるということも明らかになった。新校発足前にクラス減で募集する時期の生徒に「どういうきちんとした教育が保障できるか」、新校発足以降「生徒指導・就職・指定校推薦」「生徒の意識・教員の意識」をどう調整するのか、当日示された課題だけでもこの問題の深刻さが浮き彫りになった形だ。(前掲『ねざす』第24号本間論文参照)
 現在該当校では新校設置に剥けての取り組みが始まっている。その取り組み如何では生徒の実態に即した、今までの実践や研究成果を生かした「学校づくり」も可能であることもシンポジウムの論議から浮かび上がってきた。そのためには、県教委のスケジュールをこなすだけでなく、何が問題で、解決に向けてどのような取り組みが可能なのか等々、各現場でしっかりした論議を重ねてほしいものである。大師での実践についで会場から次のような発言があった。
 「教員自身が伝えたいことをきちんと論議して、共通理解を持って、それを現場からきちんと県の方に突き上げていく(聞いてくれないと諦めるのではなく)姿勢を持ち続けなければ、上から言われたままの学校づくりになるのではないかと思います。大師で一番大切にしてきたことは、職員の中で時間をかけて徹底的に議論をするということと、細かいことを含めて県の方に上げていったということで、それが自前の学校づくりができた大きな原因ではないかと思います」(大師高校の実践については『ねざす』第24号及び本号の寄稿「県立大師高校の3年間」参照)。地域に根ざした、何よりも今いる生徒を見失わない具体的な議論を期待したいい。

 

 全体の改革論議へ

 既に述べたように8月に発表された
「県立高校改革推進計画」は県立高校全体の改革をうたい、第3章は「多様な教育の提供」、第4章は「柔軟な学びのシステムの実現」、第5章は「地域や社会に開かれた高校づくりの推進」となっている。この「県立高校改革推進計画」に基づき、再編該当校を除く全県立高校は「特色ある高校づくり推進計画書」を年末までに作成するよう求められていた。
 この課程で、推進計画書の一部である2000年度における「具体的な取り組み」の記載例として件が示した資料は、現場の取り組みを越えた「意欲的」なものであった。例えば「卒業単位を74単位に近づけ、弾力化を図り、新学習指導要領への円滑な以降を図る」、「2年生から選択科目の導入をはかり、進路希望に対応する」、「授業時間の確保や半期毎の単位認定設置科目等を目的に二学期製の検証と新学習指導要領との関連について研究する」、「進級認定の弾力化を図る(一部単位制の活用)と共に3年の自由選択科目の中に1・2年生の必修科目を置き、再履修の道を開く」等々。
 しかし実際の現場での取り組みは、今までの各校の「特色」を書式に従って書き直して提出する程度に止まっていたところが多かったようで、シンポジウムでも再編該当校以外での教育改革に対する当事者意識の欠如を嘆く声が上がった。
 その中で大師高校で総合学科への改編を担った南さんの発言は、再編該当校以外でも議論を深め、再編該当校への「追い風」にもしていこうという示唆に富むものであった。南さんは新課程を「限りなく総合学科に近い」と位置づける。そしてその編成は、どこの学校でも、今差し迫った課題となっている。だからこそ「基礎基本の学習とは何なのか、その上に立つ積み上げの学習は何なのか、ということをきちんと議論したうえで、総合的な学習をどう位置づけるのかという、かなり本格的な議論」をやらなくてはいけないと、今回の再編該当校での議論を全体で共有していく意義を指摘した。
 シンポジウムでは残念ながら議論を深めるまでには至らなかったが、その他の方からも「多様な選択科目を並べれば問題は解決するのではない。必修科目についての議論が大切」、「単位制の一層の活用を」等々の指摘もあり、卒業に必要な単位も減り、「総合的な学習の時間」や「情報」が導入される新課程の編成の中で、再編該当校以外でも数あわせに終わらせることなく、生徒の実態はどうなのか、生徒・保護者は高校教育に何を求めているのか、そして教員地震は何を伝えていきたいのか、再編該当校での議論に学びつつ、その議論に連動しながら、しっかりした議論を積み重ねていくことが必要なのであろう。

 

 おわりに

限られた時間の中でのシンポジウムではあったが、パネラーや会場から今回の再編を通した高校改革の可能性が語られた。また「改革」を通じて自らの学校観、授業観、学力観等が問われ、変えさせられ、その取り組みが自らの成長につながったという大師高校の「しんどいけど楽しい」経験も語られた。
 一方再編の実施で母校がなくなってしまうさびしさ・戸惑いを対象校の生徒や自分の出身校も子供の学校も再編対象になった保護者は語った。また今の高校に閉塞感を抱いている高校生がいること、だからこそ高校が変わることへの期待を述べた保護者もいた。
 確かに今まで自前の改革に取り組んでこなかった多くの学校にとっては、今回の再編は唐突な一方的に押し付けられた「仕事」として負担感の大きいものなのであろう。また若い教員がいない、しかもじっくり一つの学校で学校づくりに取り組もうとする教員が減ってきているという現状も改革を阻む大きな要因になっている。
 しかし今、目の前の生徒と向き合い、現場からの教育改革に取り組まねば、さらに「将来展望も教育思想というものもない」県教委(会場発言)に取り込まれていくだけのことではないか。多くの卒業生や生徒そして保護者の思いを受け止め、今回の計画を単なる「県立高校リストラ計画」に終わらせない現場からの「改革」に今、取り組むことが求められている。

(ひうら たかこ 県立大清水高校教諭 教育研究所所員)

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