「卒業生追跡調査」

 
教育研究所前代表 佐々木 賢

 08年に起こった中国産餃子事件の容疑者が逮捕された。 大洋食品の35歳の臨時工で、 小学生と幼児の父親でもある。 容疑者の義父母の話によると 「長年働いても給料が増えず、 子どもの学費を払うのが困難だった」 という。 中国には、 10年以上勤務した非正規労働者は正規にしなければならないという法律があるが、 大洋食品はそれを守っていなかった。 容疑者とその妻は同じ職場で共稼き、 10年以上勤務していたが、 1日に13時間働いて月給が800元 (約 1 万円) で、 業績が悪い時に賃金をカットされていた (毎日・朝日新聞10年 3 月28日)。
 日本にも、 怨みによる無差別殺傷事件は多い。 98年堺市で19歳の男が 3 人を殺し、 99年池袋で23歳の男が 6 人を殺し、 02年の池田小事件、 宇部で26歳の女が 3 人を殺し、 05年仙台で38歳の男が車で暴走し 3 人を殺し、 07年品川で16歳の少年が 5 人を殺傷し、 なかでも08年には発生件数が目だって多く、 土浦で男24歳が 8 人殺傷、 33歳男が八王子で 1人殺害、 中二少年のバスジャック事件、 それに加えて有名な秋葉原事件がある。 犯人たちはネットで 「負け人生」 「勝ち組死ね」 「正社員が敵」 「幸せそうなヤツが憎い」 と書いていた。
 世界的にも、 この類の事件が多い。 02年ドイツのギムナジウムで退学させられた生徒が教師と生徒17人を射殺、 ボスニアヘルツェゴビナで少年が 2 人の教師を殺し、 04年オランダで17歳の職業訓練生が教頭を射殺、 06年アメリカのウィスコンシン州で15歳が校長を射殺、 ノースカロライナ州で19歳の卒業生が学校で生徒 2 人、 自宅で父親を射殺、 カナダのモントリオールでカレッジの学生25歳が19人を殺傷、 07年アメリカのオハイオ州の工業系技術高校で生徒14歳が銃を乱射、 生徒と教師 4 人が負傷、 フィンランドの高校でも銃乱射事件があり、 08年には同じくフィンランドの職業高校で再び乱射事件が起き、 アメリカのイリノイ州で27歳の大学院生が銃を乱射、 ドイツの職業高校では黒の戦闘服を着た卒業生が生徒 5 人を殺している。 そしてネットでは 「人生は戦争だ、 苦痛だ」 とか 「弱者は淘汰されるべきだ」 などと叫んでいたという。 上記の事件は全て日本の新聞で報道されている。
 09年に発表された日本国内の小中高の校内暴力は過去最多の 6 万件を記録し、 上記のように世界各国の校内暴力件数も上昇傾向にある。 また、 前掲朝日新聞の中国餃子事件報道の下に 「ルポにっぽん」 と題する自殺の記事がある。 東北の高校を卒業した男48歳が自動車工場の期間工として働いたが、 09年に雇止めとなり、 就職活動で履歴書を180社に送り、 面接できたのは10社だが、 全て不採用となった。 面接の際、 年齢と職歴をしつこく聞かれ、 自尊心がズタズタに傷つけられた。 彼は自殺用ロープを持って青木ヶ原樹海を彷徨っている時、 警察に保護された。
 今は底辺層の子どもや若者、 それに中年者にも未来が見えず、 生き難い世の中になっている。 生き難さは就職できないことにある。 厚生労働省の発表した09年の高卒求職は19万1000人だが、 高卒求人は13万5000人だから 5 万6000人が失業する。 今から18年前の1992年の求人は 2 桁違う160万人だったから、 92%の減少である。 これは世界的現象であって、 若年失業は日本・ドイツ・オランダは10%台だが、 イタリア30%、 フランス25%、 スペイン20%、 アメリカとイギリスは15%である。 ITとロボットが発達して人手がいらなくなり、 アジア・アフリカの途上国で人口爆発が起こっている。 だから、 失業者が多く出た18世紀から19世紀の産業革命に似て、 今は世界規模の産業革命の最中にあると考えられる。 世界人口60億の内、 50億人が貧困で、 さらにその内10億人が飢えに苦しんでいる。 この世界格差がテロと無差別殺傷事件に代表される犯罪の背景にある。
 だが問題は、 世界中の上層と中間層が格差と貧困と若年失業の現実を知らないか、 あるいは、 見ようとしないことにある。 履歴書を180社に送り、 10社で面接を受け、 全て不採用となった者の気持ちが分からない。 消費社会の欲望刺激と個人化のために、 他人に対する共感能力や同情心が萎えてしまった。 現実を見るのがイヤで、 敢えて無関心になる。 だから、 人々に現実を知らせる必要がある。 より多くの人が現実を知れば、 改革の糸口も見えてくるに違いない。
 そこで一つ提案がある。 高校と専門学校と各種学校と大学の卒業生の追跡調査である。 文科省と厚労省が中心となって、 独立した調査機関を作り、 卒業生の大規模調査をする。 民間に委託しないで、 国の独立機関が調査し、 情報公開する。 卒業して10年・20年・30年・40年後に定期的に行うから、 いわば国勢調査のようなものである。 電話やアンケート送付による調査は避け、 直接面接の方法がいい。 仮に、 面接者の資格を10年以上の短期雇用経験者にし、 公務員中級職の給与を支給するなどすれば、 雇用対策の一環となるであろう。
 調査内容は労働の実態と卒業生の意識の二つである。 労働実態はまず、 正規か非正規か、 労働内容、 賃金、 有給休暇、 職場の厚生施設等多岐に渡る。 意識の面では、 屈辱体験、 自尊心、 生存を否定されたような体験、 特に女性の場合のセクハラ経験も聞き取り調査する。 さらに、 大学や職業高校や専門学校や各種学校の卒業生には、 学部や学科別によって、 学校で教わった内容が、 その後の卒業生の人生や、 職場での技術や技能にどう役だったかを調べる。 さらに職業資格をも調査する。 現在、 千数百種類の職業資格があるが、 その資格が就転職に有効であったか、 現場の仕事をするにあたって、 役立ったかを調べる。 そして製品JIS規格や商品品質保証のように、 資格有効度の指標を作り、 各資格発行機関の発行する職業資格の有効度を公表する。
 費用は国が負担する。 財源は文科省より教員の初任者研修制度、 校内で週10時間、 年に300時間の費用・校外で年25日の研修費用をカット、 教職員免許更新制の10年毎に30時間の費用もカット、 さらに全国一斉テストの費用の内、 今回の請負業者、 ベネッセへの 3 億9900万円、 同じく内田洋行への 3 億4713万円を委託費用をカットして、 卒業生の追跡調査に当てる。 厚生労働省は労働基準局予算を卒業生追跡調査にまわし、 この調査で分かった労基法違反の企業を公表する。 それに国家公安委員会予算に 「犯罪予防と犯罪の社会的費用削減のための予算」 を計上し、 それを卒業生の追跡調査に当てる。
 また、 防衛省予算の内、 三菱重工業3,140億円、 川崎重工業1,530億円、 三菱電機1,556億円等への発注を制限し、 これを卒業生追跡調査の費用に当てる。 なぜなら、 世界各国でこれを行えば、 テロの激減に向かう糸口が見つかり、 戦争予算の削減につながるからだ。

 さて、 私は今年 3 月当教育研究所の代表を辞することになった。 これまで研究所の所報発行やシンポジウムや独自調査を支えて下さった、 多くの方々に感謝の念を表するとともに、 今後とも、 ご助言やご批判を賜るようお願い申し上げたい。


(ささき けん)
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