学校から・学校へ (W)

小 川 智 紀
■ 芸術文化の分野で働く人たち
 画家や歌手といったアーティストはともかく、 芸術文化の分野で働いている人の存在は知られていないし、 何をしているのか分かりにくい。 私自身も、 確定申告や国勢調査のたび場当たり的に職業名を記入している。
 実際のところ、 文化施設や芸術団体には、 受付や経理担当者以外に、 イベントの企画や運営に携わる人が多くいる。 美術分野では 「学芸員」 「キュレーター」、 音楽や演劇・ダンスなどの分野では 「制作」 「プロデューサー」 などと呼ばれることが多い。 私もそういった中の一人だ。
 最近の芸術文化の世界では、 公立の文化施設を中心として、 地域にねざした取組みを真剣に模索する動きが強まっている。 ここには、 芸術文化業界が、 その愛好者向けに閉じてしまうことへの危機感がある。 スポーツの世界などで普通に行われている子どもたちに対する活動の重要性は、 ようやく仲間うちでも頻繁に話題にされるようになった。

■ 芸術と教育の現場をつなぐ人材
 それでは子どもたちが日常を過ごす場・学校と、 文化施設の連携はどうなっているのだろうか。 学校の子どもたちと一緒に取組みをしたいと考えるアーティストは、 案外多い。 また、 学校側の潜在的なニーズも高い。
 しかし 「地域の文化財、 文化施設、 社会教育施設等の活用を図ったりするよう配慮するものとする (高等学校学習指導要領・美術)」 と国にいわれていても、 学校側・芸術文化側双方のノウハウが足りないため、 具体的な取組みに繋がりにくいのも事実である。 予算やスケジュールの調整はもちろん、 具体的な取組み内容に対する知識を持った人材が必要なのだ。 私はそんな問題意識から仕事に取り組んでいる。
 私が事務局を担当している横浜市芸術文化教育プラットフォーム (以下、 PF) は、 文化施設や芸術団体がコーディネーターとなり、 学校の先生とアーティストが協働して子どもたちへの取組みを行うための仕組みとして立ちあがった。
 横浜を中心とした文化施設・芸術団体あわせて30団体が、 学校と芸術の現場を繋ぐコーディネーターとして、 学校での活動を支えている。 平成16年度の試行段階から数えると、 この 7 年でのべ315校、 4 万 5 千人の子どもたちと出会った。 今年も横浜市内の公立の小・中学校、 特別支援学校など77校で活動を展開する。

■ 学校が求める子どもの能力
 学校に出かける芸術家は、 音楽、 美術、 演劇、 ダンス、 伝統芸能を専門とするアーティストと、 コーディネーター役の文化施設や芸術団体の企画スタッフたち。 鑑賞を軸にした一日のプログラムと、 体験を重視する 3 日程度のワークショップ型の活動に分かれる。 PFでは、 従来学校で取組みにくかった後者に力点を置いている。
 プログラムの詳細はウェブサイトなどを参照してもらうとして、 ここでは現場の先生に聞いた 「学校が求める子どもたちの能力」 の分析結果を紹介したい。 大ざっぱながら、
表現力・コミュニケーション能力・創造力・想像力・感受性・協調性・共感力・言語力の分類の中で、 芸術文化にどの力を求めるのかを聞いてみた。
 音楽のプログラムでは、 他分野よりもコミュニケーション能力・協調性への関心が強い。 ジャズや声楽、 打楽器、 弦楽器などの芸術家が取組みをしているが、 その一人にこの結果を話したら 「いいミュージシャンで、 協調性の強い人にこれまで会ったことがない」 と笑っていたのはおかしかった。
 絵画や造形、 写真や映像のアーティストが出かけていく美術のプログラムでは、 表現力・創造力を先生たちは重視する傾向がある。 私はこの結果に異存はないが、 作品を作りあげることに焦点が行き過ぎ、 想像力など目に見えにくい能力が脇に置かれがちである点が少し不安だ。
 演劇では、 コミュニケーション能力の育成というポイントに先生の関心が集まっている。 演劇創作ワークショップを授業で行うと 「学級経営全般に役立ちます」 と先生に感謝されることが多いのも特徴といえるかもしれない。
 ダンスへは、 協調性を育てる取組みを求める声が高い。 これは 「ダンスといえば、 みんなでいっしょに踊ること」 という無意識の理解が先生方にあるのだろうか。 PFでは、 個人の身体感覚を基盤にしたコンテンポラリーダンスの取組みが多いのだけれど…。
 想像力や感受性に期待する声が強いのは、 伝統芸能だ。 三味線や箏、 狂言や民俗芸能などのパフォーマンスを見て、 取組み自体よりも、 日本文化など 「背景」 を学びたい、 という先生の思いが強いようだ。
 芸術文化の視点と、 学校が求めるものは違う。 違うから面白いし、 考えもする。 アーティストと先生が相互に影響を与えあう、 理想的なコミュニケーションができている現場も多い。

■ 課題とこれから
 ようやく 8 年目に入ったPFの試みだが、 まだまだ課題が山積している。
 一つは学校のシステムに関する問題。 公的な学校教育では、 特定の先生が抱え込む属人的な活動を嫌う。 PFではデータベースの整備を進めて経験の共有化をはかることで対応していくつもりだが、 本当は、 一つの取組みを属人的な先生のキャリアの一環として、 しっかり認めていく方法ができればいい。
 二つ目に、 評価をめぐる問題がある。 教育と芸術文化に共通しているのは、 評価や効果の測定がしにくいこと。 大勢の人が関わる活動スタイルだからこそ考えられ得る、 芸術文化と教育の枠組みを超えた、 新たな方向性を見出したい。
 また、 地域性についても考えるべき課題だ。 これまで私は、 学校での取組みを通して、 それぞれの地域が持つ課題が鮮明に見えてくるものと考えていたが、 それはやや甘かった。 現在の学校は、 地域の拠点というよりも、 学校教育施設として純化される力が強くみられる気がする。 この局面では、 芸術文化・教育の両者は、 地域に向けたまなざしをともに作りあげていく仲間同士だと考えたい。
 学校の先生と芸術文化に関わる人びとが協働して取組む事業は、 全国的に見てもまだ事例が少ない。 PFも長期的な取り組みに繋げていき、 芸術文化の世界で生活している人びとが、 アウトサイダーではなく、 社会を創造的なものに変革していく可能性を持っていることを示し続けていきたい。

 (おがわ とものり   横浜市芸術文化教育 プラットフォーム事務局長)
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