寄稿 

学校教育において学校図書館の果たす役割とは

高橋 恵美子

はじめに
 2010年 3 月に定年退職後 (退職時は上溝高校勤務 学校司書)、 2011年 4 月から東京大学大学院教育学研究科修士課程に入学、 修士論文 「1950年から2000年にかけての公立高校学校司書の図書館実践  教科との連携と 「図書館の自由」 の視点から  」 を仕上げた。 2013年 4 月からは博士課程に進む。 修士論文は、 ウェブ上からダウンロードできるよう東大大学院リポジトリに収めた。 (リンク先 http : //hdl. handle. net/2261/53608) 学校司書は法制度にその根拠がないにもかかわらず、 実質的に学校図書館を担う存在であり、 学校図書館専門職員としての職の構築を果たしてきた。 その学校司書の実践や役割についてのきちんとした文献がないのは問題だと考えてきた。 また文部科学省や全国学校図書館協議会等が考える学校図書館像と、 学校司書が実践の蓄積のなかで考えてきた学校図書館像とは、 大きく異なってきている。
 本稿が、 学校図書館や学校司書の役割について理解していただくことにつながれば幸いである。  

  1. 学校図書館は図書館である
     学校教育における学校図書館の役割とは、 第一に学校図書館が図書館であることに起因する教育的役割と、 第二に他の館種の図書館と異なる学校図書館が固有に持つ教育的役割の二つに大別される。
     第一の学校図書館が図書館であるとは、 学校図書館の場合特に小中学校で図書館職員不在の学校が多かったため、 軽視されてきた概念といっていい。 学校図書館法の第 2 条では、 学校図書館は次のように定義されている。
     第 2 条 (定義)  この法律において 「学校図書館」 とは、 小学校 (特別支援学校の小学部を含む)、 中学校 (中等教育学校の前期課程及び特別支援学校の中学部を含む)、 及び高等学校 (中等教育学校の後期課程及び特別支援学校の高等部を含む) (以下 「学校」 という) において、 図書、 視覚聴覚教育の資料その他学校教育に必要な資料 (以下 「図書館資料」 という) を収集し、 整理し、 及び保存し、 これを児童又は生徒及び教員の利用に供することによって、 学校の教育課程の展開に寄与するとともに、 児童又は生徒の健全な教養を育成することを目的として設けられる学校の設備をいう。
     この条文をとりあげるとき、 通常は 「学校の教育課程の展開に寄与する」 の部分と 「児童又は生徒の健全な教養を育成する」 の部分だけがとりあげられることが多い。 その前の文章、 「小学校、 中学校、 高等学校 (以下 「学校」 という) において、 図書、 視覚聴覚教育の資料その他学校教育に必要な資料 (以下 「図書館資料」 という) を収集し、 整理し、 及び保存し、 これを児童又は生徒及び教員の利用に供する」 とあるこの部分が、 第一の 「学校図書館が図書館である」 に関わる部分である。 図書館法第二条の図書館の定義では 「この法律において 「図書館」 とは、 図書、 記録その他必要な資料を収集し、 整理し、 保存して、 一般公衆の利用に供し、 その教養、 調査研究、 レクリエーション等に資することを目的とする施設 (以下省略)」 となっており、 学校図書館はまず図書館なのだということができる。
      「学校図書館が図書館である」 に関して、 学校図書館のグローバルな基準であるユネスコ学校図書館宣言 (1999) やアメリカの学校図書館基準 (1998インフォメーション・パワー 2007 21世紀の学習者のための基準) をみると、 共通して、 民主主義社会を支える市民の育成や知的自由の原則の尊重が入っており、 図書館と民主主義の結びつき、 日本でいうところの 「図書館の自由」 の尊重が謳われている。 日本ではなぜか学校図書館の考え方にこのことが入っていないために、 学校図書館研究者でさえ、 「学校図書館に、 図書館の自由は該当しない」 という人がいるくらいである。
     1989年ある私立の中高一貫女子校で、 学校図書館にコバルト文庫が入ることを問題とする生徒たちが署名運動を起こしたという出来事があった。 中心となった生徒は風紀部長だったという。 この顛末は 『教育を変える学校図書館の可能性』 (学校図書館問題研究会 教育史料出版会 1998) に収録されている。 2012年、 日本図書館協会学校図書館部会夏季研究集会で、参加者から似たような出来事が報告された。 こちらも私立の中高一貫女子校でのことである。 この学校では高校部の生徒図書委員会が学校図書館からライトノベルを排除したいと言い出した、とのことだった。 自分が好まない本を排除しようと考える (本人たちは正しいことをしていると考えている)、 そういう生徒をつくること自体が実は大きな問題ではないだろうか。 個々人の 「読みたい」 「知りたい」 を尊重する図書館の姿勢を示すこと、 図書館とはそうしたものと伝えることは、 学校図書館に固有の、 学校図書館がまずは図書館であることによって果たすことのできる教育的役割である。


  2. 生徒主体の学びを実現する
     第二に他館種の図書館と異なる学校図書館が固有に持つ教育的役割は、 「学校の教育課程の展開に寄与する」 ことである。 1990年、 神奈川県の県立高校教諭と学校司書によってつくられ、 授業で学校図書館が活用された事例を集めた本 『図書館よ、 ひらけ!』 (神奈川県高等学校教職員組合図書館教育小委員会 公人社 1990) は、 まさに教育課程の展開に寄与する学校図書館の姿を示すものだった。 その後、 高校で2003年本格実施となった学習指導要領により 「総合的な学習の時間」 が入ることとなり、 また小中学校が2008年、 高校が2009年公示された学習指導要領では、 「探究的な学習」 「協同的」 の語が多用されている。 さらに学習指導要領解説、 総合的な学習の時間編では、 探究の過程が図示され、 探究過程の4つの段階とこの過程がスパイラル構造であることが示された。 (41pの図)
     この図は、 アメリカ、 カナダ等の探究学習のプロセス図と比べると、 評価の段階が欠けている。 とはいっても、 このように探究のプロセスを文科省が具体的に示したことは画期的といっていい。 こうした学習は現在、 小学校、 あるいは一部の私立中高校で積極的に取り入れられているが、 公立の中学校、 高校ではそれほど広がっていない。 その原因とされるのは、 中学校の場合は高校受験、 高校の場合は大学受験であると言われる。 しかし一部では大学受験のあり方そのものを見直す動きもあるとのことである。 探究学習が一般的になっていけば、 特に課題の設定や情報の収集において、 学校図書館が活用される機会が増えることになる。 それに伴って百科事典、 新聞・雑誌記事、 図書館の使い方など、 情報を扱うためのスキル指導も必要になる。
     また探究学習で最も難しいのは 「課題の設定」 の段階である。 漠然としたテーマで始めるのでなく、 何を調べるかをしぼり込んでいくためには、 「問いをつくる」 こと、 調べようと思うテーマについて大まかにでも調べる作業が必要であり、 さらに問いを深めていくために、 個々の生徒との応答・フォローアップが重要になってくる。 この 「課題の設定」 について、 神奈川県立高校司書松田ユリ子が主要執筆メンバーである 『問いをつくるスパイラル』 (日本図書館協会図書館利用教育委員会 図書館利用教育ハンドブック学校図書館 (高等学校) 版作業部会 日本図書館協会 2011) は、 その方法を示している。
     学校図書館が学校教育そのものと関わることは、 他館種の図書館にない学校図書館の特徴である。 学校図書館が機能していなければ学校教育そのものが成り立たないという意味で、 学校図書館は学校の心臓 (ハート) であるという言い方がある。 これまで心臓 (ハート) どころか、 あればかっこいい程度のアクセサリー的存在でしかなかった学校図書館が、 少しでも心臓 (ハート) になっていくことができれば、 と思う。

(たかはし えみこ 
法政大学、 東京学芸大学  司書教諭資格科目非常勤講師。
日本図書館協会学校図書館部会部会長)


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