●特集 T● 「神奈川の高校教育の未来を考える」
現場教職員の視点から
 馬鳥 敦
  1. はじめに
     2013年 8 月、 県の緊急財政対策に基づき設置された神奈川の教育を考える調査会は、 「経費の削減」 と 「教育の質の確保」 を両立させ、 「メリハリある新たな教育施策」 を推進することとし、 「最終まとめ」 を黒岩知事に手交した。 これをうけて、 県教委は2014年 1 月、 県立高校改革推進検討協議会を設置した。 神奈川県高等学校教職員組合は、 「教育の質を確保」 する視点から、 現場教職員の意見反映をはかるため、 執行委員長が協議会に参加することとなった。 協議会は、 2 回の現地調査と 6 回の検討協議などを実施し、 6 月 3 日に 「県立高校の将来像について」 (報告) (以下、 「報告」 と記載) を桐谷教育長に手交した。 この間の議事録は神奈川県のHPにすべて公開されている。

  2. 学校の適正規模をめぐって
     調査会 「最終まとめ」 では、 県立高校の改革の方向性の 1 つとして 「県立高校全体の規模と配置の検証と生徒減少を踏まえた再編・統合」 が示された。 「県立高校改革推進計画」 のような大規模な再編・統合が実施されるのではないかという懸念も少なからぬ教職員から表明されている。
      「高校改革推進計画」 は、 ピーク時 (1988年 3 月) には12万人超であった公立中学校卒業者数が急減し、 2005年には約 6 万人になるといった急激な変化を前提に、 県立高校の適正規模を維持するため、 2000年から2009年までの前期・後期の10年間にわたって166校あった県立高校を143校に再編・統合するというプロジェクトであった。
     現在、 公立中学校卒業者数は、 7 万人超となり再ピーク (2014年 3 月) を迎え、 2017年まで 6 万 9 千人台で推移し、 その後2028年 3 月に 6 万 3 千人のボトムを迎えることが想定されている。 公立中学校卒業者数の減少は緩やかで 7 千人程度と想定される。 また、 県立高校における改革の方向性の 1 つとして、 「公私協調による全日制進学率の向上」 が示されていることから、 全国最低レベルの全日制進学率を拡大していくため、 全日制公立枠を引上げていくことは不可欠となっている。 2012年度までの60.0%から現在61.5%まで引き上げられ、 今後も全日制公立枠は徐々に拡大していく方向である。
     2013年度における 1 校当たりの平均学級数は、 7.0 クラスとなっている。 「県立高校改革推進計画」 で策定された適正規模は 1 学年 6 〜 8 クラスを前提とすると、 2028年にボトムを迎える緩やかな減少期に再編・統合を実施することは困難であると考える。
     このような状況から、 県教委は 「高校改革推進計画」 策定にあたって、 県立高校の適正規模を 1 学年 6 〜 8 クラスから 1 学年 8 〜10クラスという引上げることが、 「教育の質の確保」 のみではなく 「経費の削減」 の視点からも施策をすすめなければならないとする協議会の事務局である県教委の至上命題であったのではないかと考える。
     私は、 1 学年12クラスという過大規模校の経験や現在 1 学年 9・10クラスとなっている学校の現状をふまえ、 インクルーシブ教育・支援教育を推進していく視点から、 例外はあるとしても 1 学年 6 〜 8 クラスを標準とすべきであることを繰り返し主張した。 しかし、 事務局の意を受けた数人の構成員は、 小規模校の問題点を繰り返し主張した。 その結果、 「報告」 には、 「 1 学年 8 〜10クラスを標準とすることが望ましい」 「ただし、 課程・学科の特性によっては 1 学年 6 学級以下の学級規模とすることも考えられる」 「今後、 1 学年 8 学級から 1 学年10学級を標準とする学校規模にむけた整備を進める学校については、 施設・設備の改修や増改築を行うことが望ましい」 という文言が 「報告」 に盛り込まれた。
     障害をはじめとする困難な課題をかかえる生徒を支援する視点から、 「実施計画」 には例外があったとしても、 多くの学校が 1 学年 6 〜 8 クラスとなるようとりくみをすすめる必要がある。

  3. 共通テスト・新たな学習状況調査をめぐって
     協議会のテーブルで議論のなかったすべての県立高校における科目ごとの共通テストの実施や全県統一の 5 教科の必履修科目の学習状況をはかる調査の 「工夫」 が、 「報告」 に盛り込まれた。 私は、 「報告」 を教育長に手交した最終の協議会で、 このことを批判し、 以下の通りに意見表明を行った。

    共通テストは、 英語や数学などの教科では多くの学校で実施されているが、 国語や社会などでは教科の性格上、 担当教員が個々に作成している。 共通テストは、 個々の教員の専門性を生かしたボトムアップによる授業改善が不可欠であり、 トップダウンによる共通テストの実施は本末転倒である。
    全県統一的な新たな学習状況調査の導入には反対である。 県立高校でインクルーシブ教育を推進するという本協議会の方向性からも違和感がある。 国による達成度テスト (基礎レベル) の導入についても議論百出の状況である。 現在実施している学習状況調査の検証をふまえた慎重な検討が必要である。

     私は、 協議会のテーブルで、 現場教職員の声をふまえ、 県教委が推進するトップダウンによる組織的授業改善 (学習状況調査・生徒による授業評価・観点別評価) の見直しを繰り返し求め、 文書で補足意見も提出した。 これに対して、 高校校長会の構成員からは、 「組織的授業改善に生徒による授業評価と学習状況調査は最も有効なものであり、 すべての県立高校の校長が高い信頼性を寄せていると認識している」 との補足意見が文書で提出されるなど、 事務局である県教委の施策を維持しようとする並々ならぬ姿勢が示された。 これらの施策については、 高校現場の視点から徹底的に検証を行い、 抜本的な見直しを求めていく必要がある。
     最終の協議会で、 私は 「学校現場の視点からも無駄な事業や制度の見直しを提起し、 メリハリのある教育施策の実施を求めていきたい」 との意見を表明した。 教育の質の向上を実現するための予算を確保するためには、 教職員が生徒と向き合う時間を奪い、 効果の乏しい教育施策は廃止する必要があると考える。 新たな学習状況調査の拙速的導入は、 限られた教育予算の浪費になるということは現場の教職員の実感である。

  4. むすび
     以上、 6 月 3 日に教育長に手交された 「報告」 の問題点について論述してきたが、 神奈川県の緊急財政対策の一環として設置された協議会が、 「報告」 に 「生徒の安全にかかわる予算や、 時代や社会の変化に応じた高校教育の充実に向けた予算などは、 まさに未来への先行投資である」 として、 県立高校の施設・設備の抜本的改善を基調としたことは高く評価できる。
     また、 私が構成員として、 分代などでの協議をふまえて主張した、 労働法教育の実施、 学校図書館の充実、 専門学科高校の施設・設備の改善、 教職員の一人 1 台パソコンの早急な支給、 教職員が学校運営への関与と参画の意識を高めるための学校運営の改善、 養護教諭の複数配置、 様々な課題をもつ生徒が在籍する学校における30人学級の実施、 夜間定時制の小規模・散在化、 などが 「報告」 に書き込まれた。 この記載を根拠として、 これらの施策の実施を県教委に強く求めていく必要がある。
     公開研究会において、 神奈川県高等学校教職員組合の代表が県の緊急財政対策の一環として設置された協議会に構成員として参加することに対する疑念を表明する意見が出された。 しかし、 教育委員会が事務局を務めるといえども第三者機関である協議会に、 現場教職員の代表が構成員として意見反映を行うことは、 必要と考える。
     この協議会の 「報告」 を受けた県教委は、 今年度中に 「基本計画」、 来年度中に 「実施計画」 を策定するとしている。 この過程においても引き続き、 現場教職員の視点から 「教育の質の確保」 を実現するため、 不断のとりくみを行っていく必要がある。
 (ばとり あつし
     神奈川県高等学校教職員組合執行委員長)

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