●特集U●
補足リポート (資料)

校務情報管理システムの広がり
 −全国状況と広島市の管理システムから−
教育研究所 

  1. 校務支援システムの全国的整備状況
     表を見て分かるとおり、 生徒の成績や出欠席などの様々な校務情報をコンピュータで管理するシステムはすでに一般的なものになりつつある。 2012年の時点で、 全国の学校の四分の三以上が、 何らかのかたちで校務支援システムを使っている。 高校にいたっては、 すでに九割以上の学校が校務支援システムを導入している。 教育委員会単位の導入となると、 義務制の方がやや割合が高くなっている。 いずれにせよ、 もはや手作業で成績等を処理している時代ではなくなってきていることだけはたしかである。
     こうした情報システムの構築、 管理が専門的知識と時間、 労力を要する事業であることは言うまでもない。 学校単位でのシステムの構築と管理も容易ではないが、 都道府県や市単位の導入の場合には、 行政の力でシステムをつくり運用することは困難である。 そのため、 校務運営のシステムの構築と管理には、 民間の情報関連企業の力をかりことが必要になってくる。 そうした民間企業が参入して政令指定都市単位の大きなシステムを構築した例として広島市の状況をここで紹介したい。

  2. 広島市の校務情報管理システムについて
     2012年、 ある大手電気会社が広島市における自社の取り組みをインターネット上で紹介していた。 その見出しは、 「政令指定都市で初めて、 校務支援も含めたクラウドサービスを適用」 というものであった。 それによると、 広島では各学校に設置されていた206台の情報管理サーバーは廃止され、 広島市の教職員7000人が利用する、 巨大なネットワークシステムが構築されることになった。 もともと政府がすすめる学校ICT環境整備事業を受け、 教職員への一人一台の端末整備が広まる中、 広島市においても紙で記録・管理していた文書の電子化が急速に進められてきていた。 これによって個別のデータ管理などが教職員の負担となり、 また情報セキュリティ上の問題も指摘されるようになってきていた。 そこで、 学校現場の負担を軽減し、 高度なセキュリティ環境を用意するために一元的なネットワークシステムの構築が必要になった。 これが広島市では民間企業の手により巨大なシステムがつくられるようになった経緯と説明されている。 これにより運用コストの削減もすすめられ、 教職員が児童・生徒と接する時間の確保も期待できると宣伝されている。
     では現実はどうなっているのか。 広島市の状況についていくつかの質問項目を用意し、 地区の教職員団体にまとめて答えていただくかたちをとった。 現場の状況をよく分からないまま送った不完全な質問に、 貴重な時間を割き、 ていねいにお答えいただいたことに感謝したい。

    (1) システム全体への評価について
     現在、 広島における校務支援システム (「C4th」 という名称) は市立の全小中学校をカバーしている。 各学校内で対象となる文書は、 指導要録からはじまり通知票へと順次適用範囲を拡大してきた。 2013年度からはほぼ全ての校務情報がこのシステムで扱われるようになっている。
     システム全体についての評価をうかがった。 とはいえ、 このシステムは導入して間もないので、 評価することはむずかしいだろう。 それを承知で、 現段階でのとりあえずの評価をお聞きしてみた。
      「システムに慣れれば以前より楽になったと感じる」 というのがプラスの評価である。 ただし、 「個人の技能に関わるので評価は二分される」 という言葉が付け加えられている。 他方、 マイナスの評価は、 「システムに対する 慣れ が形成されるまでは、 ストレスが多い。」 というところである。 この場合でも、 「特にICTの活用に慣れている者にとっては楽なシステムになり得るが、 そうでない者にとっては苦痛かもしれない。」 という言葉が付け足されている。 プラスと評価しようが、 マイナスと評価しようが、 けっきょくはICT技能への習熟度が問題になるということであろう。 ということは、 いずれ慣れれば問題はある程度は解消していくのかもしれない。 ただしそれには相当の時間がかかる。 また、 技能の習熟、 得手不得手の差は今後も完全に解消することはないだろう。
     また、 マイナスの評価として、 「担当者には, 労働過重になっている」 ということがあげられていた。 導入したばかりのこの時期では、 不明な点や不備な点などは、 担当者が問い合わせて何とか対処しているようである。 しかし、 かりにICT技能についての全体的向上があり、 システム導入段階の様々な問題がなくなったとしても、 担当者の仕事は楽にはならないのではないだろうか。 個人情報の集中管理という細心の注意を払わなければならない業務であるだけに、 慣れたからと言って担当者の責任が軽くはなるとは思えない。 負担を技術的な問題だけに単純化することはできないからである。

    (2) システム導入の段階の問題
     次に導入にあたり現場で対応を迫られたことについて、 現場の状況を聞いてみた。 とくに通知票は各校別に工夫してきたものであるだけに、 その書式をどうするかは面倒な問題になるはずである。 それについては、 「今までの通知票の書式を反映したものになりました」 という答であった。 この問題については導入にあたりかなり神経を使ったようである。 他方、 要録は通知票とは違って全ての学校で統一する方式になったため、 その点での各現場の対応が必要になった。
     また、 職員室内のLAN配線は現場の教職員で行わなければならず、 これは負担が大きかったようである。 さらに、 導入の際に懸念された問題については、 「セキュリティが一番の課題」 という答が返ってきたが、 これは現場ではどうすることもできない問題とも言える。
     また特別支援学級の児童については他とは違った問題があった。 交流学級との二重の在籍になるため、 注意しないとミスが起こる可能性があった。 これ以外でも個別の多様な事例になるといろいろな問題が生じてくるのかもしれない。

    (3) このシステムで管理される情報について
     このシステムが必要な範囲をカバーしているか、 あるいはどんな問題があるか、 現時点での状況をお聞きした。 答は、 「サーバーの一括管理なので、 いつも不安。 要録・成績表・出席簿のすべての情報を管理されている」 というものであった。 先のセキュリティへの不安と同じであるが、 やはりこの点が一番の問題なのだろう。

    (4) 運用上の問題について
     具体的な運用、 とくに小学校から中学校への情報の伝え方について聞いてみた。 いまのところは校種間の情報交換に電子ファイルは使っていないという答であった。 小学校で抄本をプリントアウトして、 ペーパーで中学校に送る方式をとっているようである。
     運用上生じたトラブル等についてもうかがった。 事前に、 年度当初に機能しなかったという話も聞いていたが、 じっさい年度末・年度初めに更新処理のため 3 日間くらいシステムが使えなかったようである。 一番忙しい時期に使えなくなるのでは、 現場は困ったでは済まないだろう。 また、 「年度当初の転出入の処理が混乱し時間がかかった」、 「ヘルプデスクへの連絡が集中しなかなか対応してもらえない」 という声があった。 ヘルプデスクは混み合っているだけではなく、 17時30分には終了してしまう。 現場の切実な状況と民間企業の対応にズレが生じているようである。
     また卒業生の要録 (様式 2 ) について、 それも 「外部記憶媒体に保存しなさい」 という通知がきたそうである。

    (5) 今後、 懸念される問題について
     この質問については、 「システムが導入される前段から数年間は、 担当者は、 過重労働になるのは間違いない」 という答であった。 PCや周辺機器LANの設置、 システムの周知などについては、 業者が入ってきて助かっているが、 それでも担当する教職員の負担は非常に大きい。 ただでさえ多忙な職場に新たな仕事が割り込んだかたちになっている。

    (6) その他、 全体にわたり感じること
     この質問については、 システムに慣れるまで時間がかかるので、 そのサポートが必要だという答であった。 広島市では、 3 年間ぐらいの間、 週数時間ではあるが、 民間会社から担当者が派遣され、 作業をしたり、 教えてくれたりしてくれた。 これがかなり有効に働いたようである。 また、 要録の手書きからは解放されたが、 必ず学年末は成績処理の時間を入れることが必要だという指摘もあった。

  3. 広島の状況を聞いて
     なぜ市単位の巨大なシステムをつくらなければならないのか、 広島の状況を聞いてもその理由は分からなかった。
     要録等の資料をコンピュータで作成することにより作業が楽になることはたしかである。 所見欄が手書きでなくなるだけでも助かるだろう。 しかし、 理由がそれだけであるならば、 各学校単位でシステムをつくればすむことである。 ただ、 個々の学校の対応では、 システムの不具合が起こることも、 情報管理がルーズになるおそれもある、 だから県全体で管理することが必要だと言われるかもしれない。 しかし、 巨大なシステムになっても事故の危険性は残る。 しかも事故が起こった場合の被害は、 学校単位の場合とは比較にならないほど巨大なものになる。 広島でもセキュリティの不安を訴える声がくり返されている。 事故の拡大を避けるという視点から考えるならば、 市や県全体をカバーするような巨大システムよりも、 むしろ学校単位の小規模なシステムの方がまだ安全と言えるのではないだろうか。
     ただし、 学校単位でシステムをつくり運用する場合は、 担当する教員の負担はとてつもなく重くなる。 とはいえ、 市単位、 県単位の大きなシステムをつくっても、 担当者の負担が大きいという問題はあまり変わらない。 広島でも担当者の負担が大きくなりすぎているという問題が指摘されている。 広島ばかりではなく全国どこでも、 各学校内のIC技能に多少長けている教員が情報管理の仕事を引き受けるということになっているだろう。 授業やその他の教員としての通常の仕事の合間に情報管理の仕事をこなさなければならない。 先の表に見るように校務管理システムがここまで広がっている以上、 各学校に専門的な知識、 技能を持つ職員を配置することが、 どんなシステムをつくろうとも必要になっているのではないだろうか。 おそらく、 各学校に専門の職員を配置し、 学校単位のシステムをつ くった方が、 より実態にあった小回りのきく処理体制ができると思う。
     広島でも現場の教員がもっとも懸念していることは、 セキュリティの問題である。 安全を考えるならば、 最終的なデータ保存はペーパーで行うべきであろう。 具体的に言えば、 電子情報は要録が完成した時点で速やかに消去し、 後はペーパーだけを保存する方が安全である。 その意味では、 卒業生の要録をわざわざ 「外部の記憶媒体に保存」 しなければならないとする、 広島市教委の通知には疑問を感じざるを得ない。
                 


(きょういくけんきゅうじょ)
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